降下

 正央十八年 ■月■日


 展開地点 ■■ダム上空


 作戦名 “ギンヌンガガプ”


 目標 失楽園構成員の殺害 ダム占拠勢力の排除


 副目標 対空網破壊後航空爆撃を実施


 作戦遂行部隊 ■■■■■■■■

        第一空挺団所属『こうのとり』隊







 上空10000m付近。夜間の空を切り裂いて、ナビゲーションライトを消した森林迷彩を纏った輸送機が飛行していた。

 日防軍所属こうのとり隊。ステルスを重視したC-2改が四機ひし形編隊を取り時速1000kmにも迫る速度で飛行していたかと思えば、ぱっと花開くように編隊を横並びアブレストへと切り替えた。一糸乱れぬ動きだった。この高度ともまれば、敵の目を欺くことは出来る。とはいえ、そのままでは対空ミサイルの餌食となる。上空を考えなしに横切ることは出来ないが、空挺とは敵の上空を横切る形でなければならないことは明らかだった。

 SRCTサクト所属ウィザード隊隊長の飯田は、C-2改が急激にバンクしたことに対し眉間に皺を寄せた。


 『無線感度はどうだろうか。すまないが事前の予定に無いF-15が三機接近中との情報が入っている。別機が対応中だ』


 飯田は機体のコンディションをチェックするべく機器を弄りつつ言った。


 『空中散歩は御免だ。せめて落ちるなら部隊を投下してからで頼む』

 『落ちるつもりは無い。友軍機がカバーに入った』


 遥か数百km彼方では、基地を無断で離陸したF-15J三機と、同じく日防軍のF-15Jが相対していた。

 敵は何も外側から来るものではない。内部にも存在するのだ。


 『フギン隊が支援する』


 遥か遠方。低空から高空へアフターバーナーを吹かしつつ上昇する三機編隊がいた。冷戦期に誕生したその機体は、度重なるアビオニクスの改修と時代への対応の為の改造で、もはや原型を留めぬまでに弄くり倒されていた。黒い鴉のエンブレムを抱いた三機が一糸乱れぬ機動を見せる。


 『こちらフギン1。不明機アンノウン3機、敵味方識別装置IFFには応答するが―――……指示なしに離陸している。敵性バンディットと認識。マスターアームオン、マスターアームオン』

 『フギン2、コピー』

 『フギン3、コピー』

 『フギン1よりこうのとり。後は任せろ、アウト』


 飯田は正面のモニタに投影されている時計と自分の腕時計を合わせていた。日本標準時22:59の表示に、自分の時計を合わせなおす。


 『時間だな。02、03、2300、時計を確認しろ』

 『02、チェックしました』

 『03、問題ないですね。空中で狙われる可能性を除けば』


 03こと大和田が言うと飯田は肩を竦めた。


 『友軍を信じろ』

 『しかし隊長。アレアドバンスド・イーグルが離陸したということは飛行計画が漏れていると言うことでは』

 『かもしれないな。あるいは対空レーダーを見て勝手に離陸したのか。スクランブルと言い張って撃墜させにいった基地司令がいるのか。時間だ。降下開始だ』


 2300時。後部ハッチが開くと、緩やかな弧を描く地平線が視界に広がってきた。

 ブザー音と共に三機が一斉に空中に放り出された。自動で直立姿勢を取りたがる機体を、三人はほぼ完全にマニュアルで操っていた。三機が宙でぴんと両足を伸ばし、両腕を角度つけて横に広げる。ムササビスーツとも呼ばれるウィングスーツを見本とした“ウィング・アーマー”が展開すると、三機を自由落下とは異なった角度にて滑空させていく。ウィング・アーマーに設けられたピトー管が測定する対気速度は実に300kmを超えていた。

 ウィング・アーマー。レヴァンテイン空挺降下時のもろさをカバーし、降下範囲をより広げる為の装備。よりによって試作品を押し付けられたウィザード隊の心境たるや、不安と不満の入り混じった複雑なものだった。

 同時に、別働隊の空挺部隊がC-2改から飛び降りていく。彼らは三機とは別の方角に落ちていく。

 飯田がパネルを操作。電子戦装置が目を覚ます。筒状の頭部パーツが花開くとアンテナパーツを晒す。大型望遠レンズが地上を睨んだ。対空ミサイル照準レーダー検知されず。検知されず。検知されず。

 飯田はいぶかしんだ。眉をひそめる。不如帰のシステムが過剰に敵を検知しようと、パッシブモードで走査を続けている。


 「落ち着け。敵なら地上に腐るほどいる」


 機械にものを言ったところで聞くはずが無い。意思など持たぬ機械に声をかけるなどと自分にあきれ返る。

 声を聞く以前にマイクもついていないだろうに、不如帰の捜索モードが沈静化した。


 『風に流されている。右へ旋回。ついてこい』


 不如帰が旋回する。手足の角度を変更すると、緩やかに腹ばい姿勢で横滑りした。

 高度5000mを切った。目標地点αへと、三機が猛禽類のように急速落下する。時速は400kmへ到達しかかっていた。

 高度500m。三機が螺旋を描くように機動を変え、腹ばいし姿勢から足を下方に投げ出す姿勢へと切り替える。機体のフレームが空気抵抗を受けてきしんでいた。


 『パラシュート展開!』


 飯田の合図に合わせ一斉に三機が空中でパラシュートを開く。


 ここに鷲は舞い降りた。







 『機体コンディションチェック実行せよ』

 『02、良好』

 『03良好です。これより高台を目指します。到着まで三分ください』


 三機は降下地点でアーマーを外すと、パラシュートを排除し、装備品を装着しなおしていた。

 不如帰の装備はロケットランチャー発射システムを備えたアサルトライフルに予備の拳銃一丁。フェンサー・ブレードのみ。電子戦装備を重視した故に馬力がないため、コレが限度だった。

 オハンの装備は爆発反応装甲を備えた大型防盾。各種弾薬を運用可能な散弾銃。アサルトライフル。ブリーチングハンマー。EMPグレネード。と多彩であった。装甲及び馬力に余力のあるが故の搭載量だった。

 円月改は大口径のマークスマンカービン及び対戦車ミサイル砲装備を担いできていた。

 三機が並びカメラアイを合わせあった。カービンを担いだ円月改がゴム皮膜加工を受けたレッグ・スライダーを滑らせ滑らかに丘の頂上を目指していく。

 飯田は器用に片膝を付きアサルトライフルで周辺警戒を始めた安部のオハンの肩を叩いた。


 『行くぞ。標的を排除する。第一目標の廃工場を抑えるぞ』

 『了解』


 二機が隊伍を組み進む。対空ミサイルを抱えた陽炎伍型が潜む工場から数百m地点のコンテナの陰に隠れた。

 飯田がパネルを操作。背面部のパーツから円盤型ドローンが無数に発進すると、周囲一体へと広がっていく。不如帰メインモニタに青と緑の波紋が広がり、障害物に隠れた機体をも映し出した。敵数五機。いずれも対空ミサイルを背負っていた。音響により位置を特定し、味方機に位置をリンクする。

 不如帰が伏せ姿勢でアサルトライフルを構えていた。望遠レンズがきりきりとピントを絞る。


 『敵機をマーク。03狙えるか』

 『見えています』


 03の円月改が、丘の稜線の影に隠れカービンを構えていた。草や枝を巻きつけた簡易的な偽装を纏っていた。円月改のカービンライフルが狙う先には、周辺警戒のためアサルトライフルを構え、廃工場の裏手をうろつく二機が見えていた。

 データリンクによって不如帰が得た敵機体位置情報は完全に共有されていた。

 飯田が操縦桿を微調整する。不如帰の照準が、廃工場の屋上で膝を付くスナイパーライフル装備の陽炎の胸元に向けられる。

 安部が操縦桿の位置を調整した。オハンが重厚な腕を動かし、アサルトライフルを別の一機に構えた。


 『初弾、亜音速弾サブソニックで頭部を吹っ飛ばせ。次弾で対R弾で別の一機をやれ』

 『了解』


 大和田が機器を弄り、操縦桿のスイッチを押し込む。円月改がカービンから弾倉を抜き、装填済みの弾丸を手動で排出すると、一発をマニュピレータで装填し、別の弾倉を嵌めなおした。


 『03。大和田、お前のタイミングに合わせる。どうせ連中も無線で通信しているだろう。撃破と同時に強襲する。隠密は終わりだ』

 『02了解。大和田に合わせます』

 『03任されました』


 円月改がカービンを再度構えなおした。距離にすれば700mも離れている。弾速の遅い亜音速弾では弾着に時間が掛かる。弾丸を限界射程まで正確に運ぶことは機械であるレヴァンテインには難しいことではない。弾が威力を失い人体さえ殺傷できない速度に落ちる距離までも、正確に届かせることは容易だった。問題は敵が動いていることだ。どう、次の動きを予測するかが最大の焦点となる。

 円月改のカービンの銃口が光る。低空を舐めるようにして飛翔したHEAT弾が放物線を描き陽炎伍型の頭部に小さい穴を穿っていた。


 『てきしゅ……!?』


 弾着。敵襲を悟ったか、すぐ隣に控えていた陽炎伍型は胸元に飛び込んできたAP弾によって沈黙させられていた。

 全くの同時に正確無比な射撃が殺到し、五機のうち四機が脱落していた。

 ウィザード隊のアサルトライフルはむしろバトルライフルといった趣の強い大口径長銃身銃である。対人、対装甲車を想定した従来のものではなく、レヴァンテインを確実に数発で沈黙させることを要求されたすえに開発されたものだった。反動が大きすぎて連射が利かず、取り回しも利かない欠点があったが、訓練を積んだ彼らが扱うには十分すぎた。


 『敵襲! 敵襲! 敵は大勢! クソッ! 早く増援を!』


 最後の一機は物陰から突如現われたマッシブなオハンに向かって無駄弾を吐き出していた。防盾が攻撃を悉く弾き、到達させない。弾が尽きる。友軍機の支援を求め辺りに視線をめぐらせると、コックピットのみを抜かれ膝を付いた数機が目に入ってきた。

 そして、暗闇で一ツ目の望遠レンズを赤く滾らせ背後に回った不如帰を見た。

 リロード。間に合わない。咄嗟に拳銃とは名ばかりの、人ならばミンチに変えることも容易い短銃身砲を抜く。

 遅かった。三機がほぼ同時に放った射撃が、背面、胸元、頭部を吹き飛ばしていた。陽炎が膝を付く。コックピットがあった場所から滴る血液は、漏れ出したオイルに混じって炎上し始めた。


 『作戦継続』

 『03了解。射角確保の為移動します』

 『02、廃工場内部に突入します』

 

 不如帰がレンズを輝かせていた。オハンがブリーチングハンマーを握ろうとするのをマニュピレータで制する。

 円盤型ドローンが廃工場一帯に拡散していく。人間の耳には捉えることのできない超音波が放たれ、一帯を捜索した。敵影なし。


 『02待て。アクティブ走査開始……一帯制圧、クリア。次地点へ進撃するぞ』

 『02了解しました』


 三機は残りの敵を片付ける為に、背負い式のバッテリーを投げ捨てジェネレータに火を灯した。

 暗闇に複数の赤いカメラが浮かび上がった。

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