不如帰の鳴き声
作戦司令部。などというしゃれた施設などは無い。とある会議室にて。
パネルに情報が展開すると、矢継ぎ早に画像と文章が並んでいく。
各々の兵士が端末装置に目を通していた。
「情報を確認する。標的の名前――コードネームが判明した。謎の多い暁の門もとい
端末装置には男数人の顔写真が並ぶ。報道写真。映像の切り抜き。隠し撮り。若き頃のものも混じっている他、顔写真さえ同一人物のものではない。すなわち、どれかが男のものであることは確かだが、確定できていないということだ。
地図。中東近辺が拡大された。
黒塗りの作戦がちらつく。日本が実行した秘密作戦のいくつかがさも当然のようにスクロールする。
「諜報部からの情報によると男は中東においてテロリスト共と取引をしていた筋金入りらしい。国内のテロリストか、国外のテロリストか。どっちもくそったれだがそれはどうでもいい。今回の作戦ではこの男が甲府のダムを吹き飛ばそうとしているらしい情報が入っている。これを阻止し、捕縛する」
飯田が手を上げた。
「捕縛任務と言うことはレヴァンテインに制圧装備をさせるということでしょうか」
レヴァンテインには、もちろん対人装備が存在する。砲水砲。ネット弾。催涙弾ランチャー。音響兵器。盾。捕縛と言うからには制圧用装備を持ち込むのだろうかという質問だった。
司令官である男が首を振る。
「対戦車装甲車用の重装備だ。対人装備は最小限だ。名目として奴を捕らえるが――」
生死は問わないと司令官は続けた。
パネル上の情報が更新される。
「作戦にはあくまで信頼できる人員を選んでおいた。日防軍の中にも連中の工作員やシンパは多い」
パネル上で、C-2改輸送機がダムがあると思しき作戦空域を超高空から横切る様が映し出される。High Altitude Low Openingの文字が続く。レヴァンテインは人型故に、人と同じような運用も可能であるといわれている。戦術的利点の一つに、肢体を使った高度な姿勢制御能力が上げられる。空中に放り出されても、肢体を受動・能動的に使い直立姿勢を保つことが出来るのだ。能力に制限のかけざるを得ない空挺戦車の新しい形でもあると言われているのだ。
しかし、レヴァンテインで空挺を成功させ、それがしかも実戦となると遂行例は少ない。よりによってHALO降下ともなれば、世界でも稀な作戦となるだろう。
というはずなのに、部隊員の表情に曇りは無かった。これが初めてではないと言わんばかりに頷いているものまでいる。
「上空一万m地点。2300時に降下を開始する。専用の偽装布と外付けバッテリー装置でステルス性を確保。高度500m以下でパラシュート展開。地点αへ展開する。その後強襲し、殲滅する。あたりは工業地帯の名残で廃屋が多いが、自然も多い。確認されている戦力は装甲車を基本とする、対空装備のレヴァンテイン十機前後。一帯は対空ミサイルによる防御網が構築されている。航空支援は期待できないものとする」
レヴァンテインは、いかなる地形においても対空火器を構えることの出来る数少ない兵器である。ビルの上。森林。そういった地形でも、展開できる。市街地における機動戦以外の用途を模索した結果そういった可能性が編み出されたのだ。
司令官の男は、不如帰を駆る飯田の端末装置を指差した。
「今回の作戦では不如帰の発展型の装備を導入する。既に不如帰の戦術リンクシステム及びアーチャーシステムについては諸君知っての通りだが」
円盤型のドローンが画面上に展開した。
戦術受能動両用反響定位探知走査装置なる文面が並ぶ。
「アーチャーシステムの応用によってドローンを駆動させ、一帯に音波による探査を行う。音響作動による探査で検知されぬように受動式能動式を切り替えることが可能だ。市街地における運用を想定されてはいるが―――」
円盤型ドローンが一斉に森林地帯へ解き放たれる様子が映し出される。映像が切り替わると青い映像によって物体の大まかな形状が現われる。画面上にレヴァンテインが一機投影されていた。
「森林地帯のような障害物の多い場面でも有効だ。駆動音パターンを元に対象の位置を特定し、画面上にCG合成する。試作機や意図的にジェネレータを載せ変えたような機体には詳細を判別することはできないだろうが、相手の位置を特定することが可能となる。現在の精度では停止状態の機体を判別することはできない。またドローンはEMPシールドも最低限だ。注意しろ」
司令官は続いて作戦に投入される部隊一覧を示す。
「質問はあるか」
皆が無言だった。ラフに敬礼し荷物をまとめ出て行く。
「隊長、ここにいたのですか」
熊のように体格のよいウィザード02こと安部の言葉に、機体操縦席から伸びるコードをパソコンに繋いでいた飯田が顔を上げた。格納庫。片膝を付いた部隊の機体が並ぶ場所であった。
飯田はむっつりとした表情で端末を弄っていた。エンターをタイプ。不如帰の頭部パーツが花開くと、大型の望遠式カメラアイが起立し、装甲表面が四つに割れて指向性レーダーアンテナを展開した。同時に後頭部のアンテナ装置も起立し、胴体の各所から棘型パーツが生えた。カメラアイが赤く輝く。
飯田がなにやらタイプをする。相変わらず面白くなさそうな表情であった。
不如帰背面部の円柱型の装置がせりあがると、表面の円盤型ドローンを空中に吐き出す。ドローンは低速を維持したまま機体を取り囲んでいた。
「見ろ。これがこいつの視界だ」
「これはたまげたものですね」
メインモニタ、サブモニタ、後方視界を担当するモニタ映像がパソコンの動画として転送されている。各ドローンが吐き出す超音波と、格納庫内部の音による音響定位が映像化されていた。おぼろげな霧の中に、不如帰が跪き、格納庫内部の機体がくっきり映し出されている。
「現在整備中でジェネレータを駆動させているからな。駆動パターンを特定し、画面上に映し出しているらしい」
「音によるものということは発見される可能性があるということでしょうか」
「ああ、そこでパッシブ式にもできる」
飯田がタイプすると、画面が切り替わる。各種ジェネレータや格納庫に響く音が波打ち、青い光の画像として処理されている。しかし、能動式と比べると荒く、見にくい。
「パッシブ式は極端に性能が落ちる。確かに背後を見られる利点もあるだろうが」
「しかし、こんなものを寄越すとは」
「そうだな。実験段階の機体を寄越すとは」
飯田と安部の表情は苦々しいものであった。兵器というものは戦場で実力が証明されているからこそ安心して使えるのであって、試作品を寄越すようでは、よほど苦しいのか、どこかの企業で試作されたものを試さざるを得ないのか。
いずれにせよやれといわれたら嫌でもやらねばならない。飯田は、機体の調整をしていたのだ。
「更に言うと面白い機能までついている」
飯田がパソコンのキーを叩く。途端に格納庫内の機体が一斉に起立し始めた。
どよめく整備員達を尻目に、仰天に目を見開く安部に飯田が口元を引き上げる。
「リンクしていてなおかつ友軍機であれば操れるらしい。もっともレヴァンテインのような複雑な制御が必要な機体の場合は歩かせるのが精一杯。制御も最低限だから火器の使用は無理だな」
「アーチャーシステムの応用ということですか」
「うむ」
飯田は言うとパソコンのキーを叩き、整備員達に手を振って落ち着かせた。ガチャガチャと音を上げて機体が俯く。
「もっとも使い道がわからん。行軍でもさせるのか。行軍させて戦わせるにしても、不如帰のスペックじゃ無理だな。CPUがイカれちまうよ」
「ここにいましたか。おっ、誰が俺の円月ちゃんを動かしたんだ」
格納庫に入ってきたのは、ペットボトル片手の大和田であった。軽薄そうな容姿にそぐう軽い口調で、俯いたままの自分の機体を見つめている。円月SRCT仕様機――通称円月改。ジェネレータ出力の上昇と、各種チューン。使いやすい、状況対応能力を高めた機体。エース機としてチューンされることの多いレヴァンテインの中でも、
まさか機体が勝手に立ち上がったとも知らない大和田は、飲料水で口を潤しつつ二人の元で立ち止まった。
「隊長。何をやってるんで?」
「次の出撃に備えて玩具を弄っていたところだ」
「ははん、あててみましょうか。このアンテナ頭の装備が気に食わないんでしょう」
図星だったが、返事は返さずパソコンを閉じる飯田。
「そんなところだ。次回の出撃に備えろ。自由にしろ」
言うと飯田、軽く敬礼して格納庫から歩き出す。後から二人が続く。
「隊長冷たいじゃないですか。せめて飯くらいは食いましょうや」
「お供します」
飯田はため息を吐くと、嫁の自慢を始める安部をからかう大和田を連れ添って食堂に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます