強襲
正央十八年 ■月■日
展開地点 東京湾
作戦名 “ギャランホルン”
目標 どらうぷにる号の破壊 工作員の殺害
副目標 アンブレラ部隊による強襲後 人質の解放
作戦遂行部隊 ■■■■■■■■
嵐の前触れというものは、いつも静かに進行するものだった。
国内に潜伏している――もとい、ありとあらゆる組織や企業に存在すると言われるテロリスト達は、今まさに日本という国を転覆させようとしていた。それはレヴァンテインという燃える剣によって。破壊活動によって。あるいは、思想によって。
だが、テロリストは思い知ることになるのだ。その正面には若き兵士達の情熱が、その背後には漆黒の闇が迫りつつあることを。
光を覗き見る深淵よ、覚悟せよ。光を覗き見るならば、光もまた深淵を見つめているのだ。
季節は夏。
成田空港奪還作戦終結後の間隙を縫い発生した政府脅迫事件があった。
事件は公にされなかったと言う。
どらうぷにる号が停泊する港湾部。
対空ミサイル車両が辺りには集結しており、コンテナの陰に潜むようにしてテロリスト――かつて暁の門を名乗った一団が搭乗するレヴァンテインがいた。現在、彼らは失楽園を名乗っていた。いずれも円月参式や、陽炎伍型が中核であった。さらに、“日の丸”を肩につけていた。
一機の円月参式に乗る兵士は、港湾部の倉庫に足を踏み入れていた。機体のペダルを踏み込み倉庫の内部へと進んでいく。センサーはいずれも正常稼働中。敵影なし。
「っ!?」
その背後に、複雑怪奇なアンテナ構造を持ったレヴァンテイン一機が迫っていた。倉庫の天井にワイヤ付きアンカーを出して壁面にへばりついていたのだ。兵士――日防軍の離反者が気が付いた時には既に遅かった。フェンサー・ブレードが背面部の搭乗用ハッチから差し込まれるや、腹部から胸元にかけてを引き裂く。
「………!」
口から大量の血液が噴出し、正面モニタを染め上げる。
――かあさん。
声無き悲鳴は、フェンサー・ブレードが頭部を縦に割ったことで停止した。
「
倉庫の物音を聞きつけた一機の陽炎型は見た。
夜間強襲迷彩で身を彩ったレヴァンテインが、するすると倉庫の上に退避していく様を。咄嗟にアサルトライフルを構えようとしたが、突然機体が傾いだ。あっという間も無く、装甲を破り内部に浸透したメタルジェットが兵士の肉体を粉々にしていた。
膝をついた陽炎伍型が倒れ掛かったところへ、別のマッシブなシルエットをした円月参式改“オハン”があらわれて支えた。片膝をついた待機姿勢を取らせ、物陰に隠れた。
「03、チェック。着弾確認」
「01より03。助かった」
「02より3。すまない」
高所に陣取って
大型サプレッサーを備えたスナイパー・ライフルであった。着弾衝撃や発砲音を最小限に抑える為に、亜音速弾を使用し、弾は全てHEATという徹底振りであった。
「急ぐぞ安部」
「了解しました」
飯田は、夜間強襲迷彩を施された
ジェネレータを使用せず、外付けバッテリーによる駆動。夜間強襲迷彩。動作音を悟られぬ為に、機体にゴム・シーリングを施していた。武器はいずれもサプレッサー付きという徹底振りであった。
バッテリー駆動はどうしても出力に劣る上に作動時間に限界があった。ジェネレータ駆動になれば、見慣れぬ波長のレヴァンテイン駆動パターンを検知されてしまうだろう。
「いくぞ。残り5分」
二機が隊伍を組み、前進を開始した。
03こと大和田健太少尉は、独立治安維持軍の戦術衛星からの情報に目を通していた。熱源情報がマーキングされていた。
敵規模、中隊規模。レヴァンテイン及び対空ミサイル群による港湾部閉鎖。
暁の門を名乗る部隊による客船どらうぷにる号の占拠。だがそれは、事実とは異なる。実際には暁の門の
そして、ロキを名乗る謎のレヴァンテイン乗り。
日本政府が下した決断は極めて単純なことだ。
暁の門の内部のいざこざに偽装して、客船ごと、裏切り者を含む敵を殺害すること。
特殊部隊アンブレラによる救助は、あくまで副目標に過ぎなかった。
この国はもう駄目かもしれないなと飯田は思った。
情勢不安を狙ってか、中国とロシアの偵察機がひっきりなしに日本の領空ギリギリを飛んでいるし、潜水艦のきな臭い動きもあると言う。このままでは暁の門の言う国の転覆どころか世界大戦が始まってしまいそうであった。世界中が焼き尽くされてしまったとすれば、世界の変革など望めるはずが無い。あるのは核兵器による応酬か、あるいは……。
逸れる思考を振り払うべく、レヴァンテインを進ませていく。ペダルを踏み、操縦桿を駆って。
「止まれ。距離200。クレーンの上だ」
作業用クレーンの上に兵士が陣取っている。レヴァンテインの装備はいずれも大口径。まともに撃てば人は粉々になってしまう。夜間とはいえ血肉が飛び散っては目立ちすぎた。
「ウィザード隊より
「了解」
クレーンの上に陣取っている兵士の数は五名。全くの同時に、五名が崩れ落ちた。
コンテナの陰に伏せ姿勢を取っている兵士を不如帰のセンサーが捕らえた。覆面を被った兵士達であった。目配せさえせずに、闇に紛れて駆け出していく。
「排除完了。移動する。アンブレラ隊移動中」
「助かった。SRCTウィザード隊前進」
通信。不如帰とオハンが足を止める。オハンがアサルトライフルを片膝立ちで構え、不如帰はアサルトライフルを腰溜めに構えていた。
「アンブレラ隊より各隊。対空戦車に炸薬セット完了。どらうぷにる号にドローン投入完了。罠だ。民間人は乗っていない。排除を最優先。撤退する」
「了解」
飯田はもたらされた情報を元に、自分の任務が当初の予定通りになったことを知った。
すなわち、排除と破壊。いつものことだ。同時に暗澹たる気持ちにもなる。こんなことならば実家の農家を継いでいればよかったのだ。教導隊で未熟な兵士達の尻をたたいていた頃に戻りたくなったのだ。
通信を繋ぎなおす。
「03、通信を聞いていた通りだ。遠慮は要らない。派手にやるぞ」
「03了解。対地ロケット“コメートⅢ”
「01了解。02、アンブレラ隊が対空ミサイルを一斉爆破する。合わせろ」
「02了解」
―――爆発。港湾部でレーダー装置を回転させていた対空戦車が一斉に腹部をもたげて爆発炎上する。側にいた兵士が爆発に巻き込まれ倒れこんだ。敵襲! 叫ぼうと無線を繋ごうとした兵士は、矢継ぎ早に放たれる5.56mm弾に脳天を撃ちぬかれ沈黙していた。
「
アンブレラ隊とS.S.Tが一斉に攻撃を開始した。
一機の円月参式――偽りの日防軍識別用の日の丸を右肩に宿したそれは、暗闇でチカチカ輝く何かを見た。暗闇で赤いカメラアイが輝く。遅れてメインカメラが淡く輝くのを見た。発言するまもなく、自分の下半身が装甲ごとミンチにされているのを見た。暗闇の閃光はマズルフラッシュだったのだ。
暗闇に輪郭が出現した。
「夜間……強襲迷彩……の機体!?」
兵士の口から血液が漏れ出した。メインモニタには、頭部パーツをアンテナ型に変形させたレヴァンテインが、偽装布を脱ぎ捨てファンサー・ブレードを腰溜めに構える場面が映っていた。次の瞬間、操縦席にフェンサー・ブレードが差し込まれる。不如帰が、ブレードをなぎ払い敵を捨てる。闇に、赤いカメラアイの残像が糸を引く。
不如帰がレッグ・スライダーを唸らせ、新しい敵に踊りかかった。コンクリートにスライダーの痕跡が刻まれる。フェンサー・ブレードを腰にマウントすると、勢いをそのままに中腰姿勢に移行。地を滑って兵士数人をひき潰しながら、うろたえる一機にサプレッサーを取り払ったアサルトライフルをフルオートで叩き込む。マグ・チェンジ。
「01、
「02カバーする」
物陰に隠れんと、飯田の機体がコンテナへと滑り込む。チャンスとばかりに日防軍の陽炎伍型がアサルトライフルを撃ちまくる。
02のオハンが間に滑り込むと、機動性を重視した軽量の盾で弾を受け止め、代わりに何かを放り投げた。
「………
対装甲車用大型爆弾。
――爆発。
「“コメートⅢ”発射するぞ」
伏せ姿勢を取っていた03の円月参式改修型が、外付けバッテリー装置を解除する。ジェネレータ起動。偽装布を脱ぎ捨てて片膝立ちになると、傍らからロケットエンジンかくや巨大な対地ロケットランチャーを取り出して肩に担ぐ。
発砲。バックファイアが後方を吹き飛ばす。六連射された大口径ロケットが空中でモーターに点火するや、暗闇に一陣の線を描き出し、どらうぷにる号の脆弱な船体を引き裂く。炎上。火にまかれた兵士が次々船内から出てくると、海に身を投げ出していった。
「始末しろ」
海面に水しぶきが立った。クレーン上部に陣取ったアンブレラ隊がアサルトライフルで敵を次々射殺していく。ぴくりとも動かなくなった兵士にさえ、徹底的に撃ち込む。原則は、動かなくなり死亡が確定するまで撃て、だからだ。
「くそっ! くそっ! お前達こんな国の為に……!」
兵士――もといテロリストの一人は、気が付かぬ内にオープン・チャンネルに怒鳴っていた。
こんな腐敗した国のために戦うなどと。
答えは、かすかに狙いを逸れて飛来してきた三連射であった。低空を舐めるようにして飛翔したそれは、円月参式の頭部パーツを吹っ飛ばしていた。棒立ちになった円月へ、盾を構えたオハンと、アサルトライフルのマガジンを淡々と交換する不如帰が現われる。
港湾部各所には、無数のレヴァンテインの残骸が転がっていた。いずれも的確に操縦席を撃たれ、貫かれ、あるいは潰されていた。
不如帰の頭部が変形し、大型の望遠レンズを中央に置いた異形へと収束した。
「確かに腐敗はしているが」
発砲。フルオート射撃を受けた円月が肢体を痙攣させ、崩れ落ち炎上した。
飯田は額の汗を拭うと、ぴくりとも動じていない口元で言葉を紡いだ。
「お前ら程じゃない」
「……日防軍もやるものだ」
感嘆の声を上げる男がいた。
一連の事件について、街のビルの屋上から偵察用の望遠鏡で覗き込む男が一人。
港湾部に次々と兵士達がなだれ込んでいく場面が見えていた。
“長期休暇中”の日暮昭二は、単独で動いていた。彼は、暁の門もとい失楽園の下部組織とされる会社に潜入していたのだが、どの会社も所謂ペーパー・カンパニーであり、実体の無い組織ばかりであった。
一体、失楽園の目的とは何なのか。
通常テロリズムとは武力や脅迫によって政治的あるいはイデオロギーを通す為に行われる。目的がわからないテロリズムなど、あっていいのか。それを探るのも日暮の役割であったが。
「………やれやれ」
日暮は機材を纏め、屋上に倒れている男を踏み越えると、帽子を深く被りなおした。
謎がまた増えてしまったなと一人呟いた。
どらうぷにる号にはロキを名乗る少年が乗っていたはずだった。死亡が確認されたのだが―――果たして、本人だったのかさえ危うかったのだ。何故わざわざ客船に乗る必要があったのか。影武者ではないのか。
「今度の仕事は長くかかりそうです。東堂指令」
日暮はその場を後にした。
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