嵐の前触れ

 豪雨。秒速数百kmで雷が空を駆け抜けていく。

 街にバケツをひっくり返したような雨が降り注いでいく。否、街のようで街ではない別のものであった。富士山をのぞむ位置に建造されたそれは、大都市圏を模した訓練施設であった。


 「作戦を開始する。各機、起立姿勢を取れスタンディングオペレーション機体状態確認コンディションチェック


 赤い双眸が輝く。カメラアイがレンズを絞った。眼光が闇に次々灯る。数にして計六つ。額のメインカメラが淡い輝きを宿し、消えた。


 「02、チェック」

 「03チェック」

 「確認した」


 全高7mにも及ぶ巨人が一糸乱れぬ動きで腰を上げると、腕、脚、胴を蠢かした。レヴァンテインが発する特有の“気配”を隠蔽する為の漆黒の外套を身に纏った三機がこれより戦場になる街にて目を覚ましたのだった。

 外套を結ぶ装置が外れると、三機の姿を曝け出す。量産性を重視したのっぺりとした形状。流線型のフレーム。円月参式であった。


 「作戦内容確認。敵、日防軍所属部隊を迎撃する。想定機数、中隊規模。想定状況、レヴァンテイン特有パターン波長へのジャミング。有視界戦闘。天候雨天。レッグ・スライダーを都市、雨天下に最適化しろ」


 男は一瞬口を結ぶと、らしくもなく言い直した。


 「これより敵を“包囲殲滅”する」

 「02了解」

 「03了解」


 三機が一斉に腰を落とすと、レッグ・スライダーでコンクリートを噛み前進し始めた。寸分の狂いも無い前進であった。


 「02は俺と編隊を組め」

 「了解」

 「03、高所を取れ。距離は500を維持」


 01と02が一列に並んだまま、最後尾の03が速度を落す。バトルライフルを握った円月参式は、ビルの壁面で足を止めた。

 ウィザード隊の戦いは最小単位の二機編隊エレメントに一名の狙撃手を加えて行われるのだった。


 「装備として辛いものがありますな。やりましょう」


 狙撃手を務める03が無線越しに笑った。言葉とは裏腹に、既にペダルを緩めていた。

 円月参式はいわゆる量産機である。エース用にチューンされた機体でもなければ、特殊な装備などもっていなかった。あるとすればマークスマン・ライフルとして改良されたバトルライフル程度であった。ライフルを背中にマウントすると、窓の壁面にマニュピレータをねじ込み登り始めた。


 「止まれ」

 「了解」


 街の中心部。工業地帯を模した一帯で二機のレヴァンテインが足を止めると、工場の壁面に背中を預ける格好で止まった。片膝をついた02の円月参式が周囲にアサルトライフルを照準していた。

 魔術師マーリンをイメージしたエンブレムを抱く三機の動きに一切の淀みは無かった。

 円月参式はいずれも褐色の塗装を施されており、黄色い星が肩に付いている。よく見れば頭部パーツやフレームも、別のフレームを当てはめたかのように、別のシルエットを描かれていた。

 すなわち彼らは仮想敵軍部隊アグレッサーであり、日本が想定している状況を再現する兵士達なのであった。エンブレムの傍らには『日防軍JDF 富士教導団 第一二足歩行型独立機構教導隊』の文字が塗られていた。


 「敵機視認タリホー、数3。方位120、距離800。円月参式タイプスリー。大通りを進行中」


 03が覗き込むマークスマンライフルのスコープには3機のレヴァンテインが大通りを高速で進行している場面が映りこんでいた。距離800も離れれば弾丸はまともには飛ばない。銃、射手、風、重力、地球の自転、その他複合的な要因で直進はしないのだから。

 だが、レヴァンテインは機械だ。各種センサー群から統合される情報を元に最適な弾道を選び出すだけの機能があった。03の仕事は、撃つか、撃たないかを選ぶだけだ。この場合は。


 「先頭をやる」

 「承認するコンファーム

 「03撃つぞ」


 03はレティクルに映る敵目掛け、自動照準制御機能オートターゲッティングシステムの補正された仮想弾道へと引き金を落した。

 先頭のレヴァンテインの頭部、腹部、腿へ三連射が叩き込まれる。ピンク色の塗料がぶちまけられ、動きが止まる。中破判定。足を止めたレヴァンテインを避けようと後ろから続く二機が散開した。

 落雷。街中がぱっと輝きで満たされる。片膝を付いてライフルを構える円月参式の姿を視認したか、アサルトライフルが轟音を奏でた。当たらない。既に03はビルの屋上から飛び降りていた。

 01こと隊長は、未熟な二機が一目散に03を追いかけていくのを見ていた。傍らで周辺警戒中の02の肩をマニュピレータで小突く。命中弾を食らった一機は、その場から撤退を始めていた。


 「散開し背後を取る。息付く暇など、与えるな」

 「了解」


 二機が弾かれたように道を駆け始めた。01の円月参式の脚部がコンクリートに火花を散らす。アサルトライフルを左手に、右手で地面を擦りつつ、限界まで機体を傾斜させて急旋回していくと、二機の背後を取る。丁度同じタイミングで02も二機の背後についていた。

 センサーの反応で気が付いた二機が振り返ると、めくら撃ちする。


 「散開ブレイク!」

 「ちっ」


 隊長たる男の怒鳴り声で、02も回避に移った。くるりと踊るように弾幕をくぐると、住宅地へと逃げ込む。模擬弾が当たり一面にばらまかれ、家屋を染め上げた。

 弾を全て撃ちつくした円月参式の胸元にピンクの花が咲く。


 「敵機着弾確認ヒット


 03の狙撃であった。三連射を一点に叩き込まれ、円月参式ががくりと膝を付いている。フルオート切り替え。ビルの物陰から撃ちまくる。胸元に食らいつつもなお動こうとする円月の全身が染まっていた。

 03の円月がレッグ・スライダーを起動。その場で回転するや、一目散に逃げ出す。


 「敵機撃破確認エネミーダウン


 01と02が混乱状態の一機目掛け襲い掛かった。01は伏せ姿勢を取り、住宅街の最中にあった商店街を模したアーケードの影から撃つ。片や02は機動しつつ、弾をばらまいていた。

 円月参式が、瞬く間にピンク色に染め上げられ膝を付いた。


 「退くぞ」

 「02了解」

 「03了解。再装填中リロード……完了。狙撃位置を取る。30秒かかる」


 三機、一斉に撤退開始。もとい、誘い出しを開始した。他の機体が追いついた頃には既にも抜けの殻となった住宅地があった。






 正央せいおう十五年 3月某日

 富士教導団 本部基地



 「新部隊ですか?」

 「左様。言いたいことは十二分に承知している。目を通せ」

 「ハッ」


 パイロットスーツを着込んだままの線の細い男は、上官である男からの声に直立不動のまま疑問符を投げかけていた。富士教導団 二足歩行型独立機構教導隊を纏め上げる小笠原少佐の言葉に、飯田秋人いいだ あきひと少尉は、表情をぴくりとも変えずにいた。

 渡された書類にざっと目を通す。まず導入として警察組織を筆頭とする日本政府の汚職事件があげられていた。それにともなう治安の悪化。独自権限を与えられた独立治安維持組織の発足。日本には統合軍が必要なこと。小難しいことはさらっと目を通すだけだ。最後にかかれていた一文に目を留める。


 『以上、ゲリラコマンド及び反乱分子鎮圧の為、即応性の高い小規模実験部隊を創設する。

  名称を特殊暴動鎮圧部隊 SRCTとするものである。』


 以下に、教導団を含むメンバーと、整備班、補給班の名前が並んでいた。


 独立治安維持軍。国内有事に特化した、国軍とは異なる指揮系統を有する組織。

 日本防衛軍が、その存在を快く思うはずが無かった。だからこそ似たような組織を立ち上げて、対抗しようということらしい。

 統合軍が必要と知りながらこんな部隊を創設するとはと飯田はあきれ返っていたが、上の言うことである。眉に皺を寄せるだけで、すぐに書類にサインをしていた。陸軍式――ではなく、空軍・海軍式の敬礼をする。


 「追って連絡は寄越すようにする。異動は決定事項だ。下がってよし」

 「ハッ」


 飯田、敬礼を解いて一礼し、下がる。


 「聞きましたか」

 「少尉」


 飯田は部屋を出るなり、軽薄そうな男に声をかけられた。鋭利な細い瞳。鷲のような鼻。どこかエキゾチックな容姿をした長身の男であった。

 ウィザード隊三番機。コールサイン03こと、大和田健太おおわだ けんた少尉であった。


 「私も同じ異動を命じられていまして。妙な部隊に配属になるそうですが」

 「私もだ。この調子では中尉も同じだろうな」


 二人は廊下を歩いていくと、カフェテリアに向かった。要するに食堂だ。

 窓際では大柄な男が一人本に目を通していた。02こと安部頼あんべ らい中尉であった。大柄は伊達ではなく、部隊では大抵切り込み役を担当している。

 二人が隣に腰掛けると、安部がはっと頭を上げる。


 「実は」

 「言わなくてもわかっているがSRCTとやらに配属になる件だが」

 「隊長もですか」


 安部が目を見開いた。

 飯田は、きな臭さを感じていた。独立治安維持軍の設立。国内の不穏な情勢。そしてここに来て独立部隊の設立と来ている。


 「嵐がくるかもしれんな」


 飯田が呟いた。




 飯田の予想は的中した。

 関東事変。そして、眠れる国日本をたたき起こすことになる、一連の“戦争”。

 後に内戦シビルウォーとして書物に記されることになったが、その内戦でさえ、世界を焼き尽くすほどの戦いの序曲に過ぎなかった。

 ―――第二次関東事変。

 ―――失楽園を名乗るテロ組織による蜂起。国内反乱分子の一斉攻撃。


 「予想はあたるものだ」


 飯田は、自分に与えられた専用機であるレヴァンテイン『不如帰ほととぎす』の操縦席で一人ごちた。

 当たった予想はあった。あたらなかった予想もあった。

 


 塗りつぶされた記録がある。

 東京湾に停泊中の船舶から離れた地点で偽装用布を纏ったレヴァンテインが片膝をついていた。


 「全機、起立姿勢を取れスタンディングオペレーション


 飯田は言うと操縦桿を握りなおしていた。


 「作戦確認。客船『どらうぷにる号』の破壊と工作員の殺害。民間人の生死は問わず、とのことだ」

 「02了解」

 「03了解。狙撃位置到達」


 これは、名ばかりの特殊“暴動鎮圧”部隊という名の特殊部隊の戦闘記録である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る