戦慄のレヴァンテイン/ほととぎすは眠らない
月下ゆずりは
東京駅制圧作戦
関東事変。日本の年号が『正央』となって発生した、公然と行われたテロリズム事件。
暁の門を名乗る一団が東京近郊を襲撃。死者数は合計でおよそ千二百名。負傷者数は数え切れなかった。レヴァンテインの即時性を活かした襲撃事件は眠れる国日本を目覚めさせるに足りる一撃であったと言えた。しかし、それでも目覚めぬものは無数に存在していた。それが軋轢を生んだのだと後世の歴史家達は語る。
男は古風な腕時計の時間を機体のそれと見比べながら待っていた。無線装置が奏でる情報にため息を吐くと、片膝を付いている機体の中で一人ごちる。
「交渉は決裂か」
二足歩行型独立機構『レヴァンテイン』。それは手足を持つ戦闘機械であった。原型を作業用機に発し、いつしか陸戦兵器として進化した機械であった。即応性の高さや汎用性、市街地戦における近接戦闘能力はおよそ戦車などの従来型の兵器を遥かに圧倒していたことから、いつしか世界中で非対称戦争への対処として無数に製造されるようになっていた。
男は機体がいまだに起動していないことにしかし不安を一切抱いてはいなかった。機体が起動していないということは、機体が発する“気配”を悟られないで済むということだからだ。バッテリー駆動の電子装置に目をやりつつ、手元のスティックを操作していた。
離れた地点にて、コンテナが無造作に置かれていた。爆砕ボルトが作動すると八輪を有する戦闘車両が顔を覗かせた。
男は操縦桿を握りなおすと差し込んだままの起動キーをまわした。システムスタートアップ。ジェネレータが目を覚ます。
『Please enter your Code』
起動キー入力。男の乗るレヴァンテインのカメラアイが素子リフレッシュの為赤い光を放った。
『Welcome to Lvateinn』
暢気な文面を目で流す。前方180℃を網羅する投影式モニタが点灯した。
「こちらウィザード01より各機。
レヴァンテイン運搬用トレーラーに寝転がっていた各機が一斉に起立する。片足を付け、直立する。レヴァンテイン各機のカメラアイが赤く輝いた。
「交渉は決裂だそうだ。
了解を示す無線のオンオフによって発生するカチカチという音がインカム越しに響いた。
男は独立治安維持軍第五十四陸戦機動部隊所属のレヴァンテイン円月参型に見守られながら、部隊員が持ち場へとレッグ・スライダーで高速移動していくのを見つめていた。
男の機体『不如帰』がかけ始める。腰を落とすと、スライダーで地面を擦りつつ駆け始めた。
戦闘は激しいが、必ずしも街の全域で起こっているわけではなかった。濛々と煙を上げる東京駅を望む位置にあるビル前で機体を止める。唖然とするスーツ姿のサラリーマンを尻目に、不如帰が肩に設けられた大型アンカーガンを射出。ビル屋上へアンカーが突き刺さった。モーター作動と共に不如帰が垂直に移動していく。ビル半ばでワイヤ巻取りを停止。壁面に機体をつけると、人の形態に近い頭部パーツを変形させてアンテナを露出させた。
「電子戦開始。やはり出力では負けるか」
ECMを実施している無人機がいるらしい。目を凝らしてみると、上空で円を描くように周回している無人機が居た。
男はパネルを操作すると、画面上に浮かんだ三つの点に指示を送りつつ、頭部パーツに唯一存在する望遠レンズを起動した。
「ウィザード01より02。状況はどうか」
反応があった。無線から男の低い声が響いてくる。
「構内に数機確認。無理矢理入ったらしいが――出てくるぞ。人質確認。が、死んでいる」
「そうか」
男はにこりとも笑わなかった。怒ることもなかった。ただ、一言告げた。
「そのほうがやりやすいから助かったな。しかし、駅内部はわからん。血路は切り開かねば。02、03、攻撃を開始せよ」
「了解。敵距離300。視認。数3。
「02の後ろに付く。データ送信中。射線通り次第支援求む。
重厚な装甲。曲線を多用したライオット・シールドを有するレヴァンテインが、駅構内から出てきた
「03。撃つぞ」
三連射。大威力のAP弾が着弾煙を縫って一機の
「スモーク展開」
重装型レヴァンテイン――『オハン』の肩に備えられたスモーク・ディスチャージャーがピンク色の煙を四方八方に放つ。たちまちのうちに、02と03の姿が沈んでいく。
またも一斉に放たれるアサルトライフル。だが、ライオットシールドの覗き穴から垣間見える赤い眼光は途絶えていなかった。
痺れを切らした一機が、腰にぶら下げた曲刀を思わせる形状のフェンサー・ブレードを握って吶喊した。煙を縫い、しかし、次の瞬間どこからか放たれた105mm砲の着弾に巻き込まれた。
「弾着情報確認中。確認完了。
無人化された装輪式自走砲三両が一斉に105mm対戦車砲を天高く掲げると、先ほどの情報を元にした着弾点との差異を計算しなおし、オハンに接近している4機目掛け一斉に榴弾を放った。放物線を描き飛来するそれは、しかし、4機が一斉に後退したことで狙いを外した。
レヴァンテイン『不如帰』を駆る男は、弓兵達が次の標的を求めていることを画面上で悟ると、機体を跳躍させていた。空中でアンカーを巻き取ると、別のビルに着地。伏せ姿勢でビル屋上から眼下を望む。
「場所を変える。見えた。位置を送る」
「了解。03撃つぞ」
スモークを切り裂き三連射が一機の脚部を吹き飛ばす。関節部が壊れたマリオネットのように跳ねる。蹈鞴を踏んだところへ、オハンが距離を詰めていた。
「食らえ」
淡々とオハンの操縦者が言った。
オハン。量産期『円月』のジェネレータ出力を強化し、武装ではなく防御性に割り振った機体。ライオット・シールド。建築物破壊用のハンマー。散弾銃を装備しており、市街地戦における
たまらず
ビル壁面へと移動していた03は、円月型が握るバトルライフルを、ビルの角へと付けて安定性を向上させていた。片膝を付き、無機質なカメラアイで標的を見つめる。灰色と青の迷彩を帯びたレヴァンテインの手元で、ライフルが跳ね上がる。三発の銃弾は狙いを違わず目標である
02の円月型――さしずめ円月SRCT仕様機が、コンクリートをレッグ・スライダーで削りつつ距離を詰める。フルオート射撃。ワンマグ全てを撃ち尽くす。薬莢が地面に散らばっていた。敵からの反撃。円月が男の操作にあわせ、くるりと踊るように身を翻して弾幕をくぐると、ビルを遮蔽物として隠れた。
不如帰に乗る01が無線を繋ぐ。
3D映像では、自走砲の砲撃がビルに当たってしまうことを示す表示が出ていた。
「アーチャー・システム射線確保ができない。移動させる。20秒もたせろ」
不如帰のカメラが違う地点を一瞥した。
三両の無人自走砲が、道端に止めてあった民間人の車を跳ね飛ばしつつ移動していた。
囮であり尖兵であるオハンが落されれば作戦は瓦解する。タダでさえ少人数のSRCTが二人になれば、作戦は立ち行かなくなる。撤退することになるだろう。
「こちら独立治安維持軍第五十四陸戦機動部隊よりSRCTへ。到着まであと一分」
友軍である独立治安維持軍より通信。しかし、一分もかかってはオハンが落される。
オハンは必死に後退しつつ、ひたすらアサルトライフルを叩き込んでくる
「01より、02。待たせたな。動くな」
空から降り注いだ105mm砲が、4機のレヴァンテインを纏めてスクラップに変える。陳腐化進んで久しい戦闘車両とて、その威力は絶大だ。防御性に難点を抱えるレヴァンテインを粉々に変える事は容易かった。火炎の最中をオハンが突き進む。後から03の円月SRCT仕様機が続いた。
「第五十四陸戦機動部隊へ。
「了解した。健闘を祈る」
輸送ヘリがビル群をかわしつつ高速で接近してくると、炎上する東京駅を舐めるようにしてホバリングに入った。降下用ロープが地面におりると、戦闘服に身を包みサブマシンガンを携えた覆面の男達が駅構内に続く位置口へと静かに、素早く移動していく。
入り口をオハンが固め、影から円月SRCT仕様機がバトルライフルで警戒する。
その様子を隊長である01は見つめつつも、アーチャー・システムという糸で操られた三両が駅入り口目掛け進行している様を見つめていた。
「突入を開始せよ」
01の指示と共に男達が扉を破り、内部の武装集団を鎮圧するべく攻撃を開始した。
正央十五年 六月八日 15:00
東京駅を占拠していた一団殲滅さる。
人質は数名を残し全滅。戦闘に巻き込まれたとのこと。
これが、“日防軍”所属のSRCTの初陣であったという。
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