第10話 宿屋の女主人
「おぉぉぉ、とーちゃーく!ここがアレイの街かー!結構デカいなぁ!」
ソラとシルファ、魔族の少年と赤ちゃんを乗せた『白船エアリアル』は、風を巻き起こしながら、着陸した。ゆっくり4人は『白船エアリアル』から降りる。既に日は沈みかけ、夕焼けで4人の顔も赤くに染まっている。
目の前には、かなり傷んではいるが、神殿の入口を思わせる赤茶色の建物がある。『ようこそ!赤レンガの街アレイへ!』と大きく刻印されている。
「あ、あの、ありがとうございました!」
魔族の少年が、まだスヤスヤと寝息を立てている妹を背負い直しながら、頭を下げた。
「えーんよ!困った時はお互い様ってな!ていうか、妹ちゃん、まだ寝てるやん?!大丈夫かいな?!」
「えっと、妹は、アンジュは、食事の時以外は、ほとんど寝る癖があって、ははは・・・」
「へぇ、大物やなぁ・・・んで、少年!お前の名前は?」
「僕は、ゼクス・・・と言いま・・・」
「おっとととと?!おいっ!少年!おい!!!」
魔族の少年、ゼクスがいきなり倒れてきたので、慌てて支えるソラ。こんな状況にも関わらず寝てるゼクスの妹、アンジュ。
「ソラ様、よろしいでしょうか?」
「おい、シルファ!少年が・・・ゼクスって言ってたな?!ゼクスが気絶しちまった!」
「はい、その少年と赤ん坊について、お話したいことが・・・」
「いやいやいや、なんでそんな冷静やねん!とりあえず休めるとこや!宿屋とかあるんちゃうか?!とりあえず連れていこう!」
「しかし・・・」
「早く!」
「・・・分かりました」
渋々、了承するシルファ。先導して、街へと入っていく。その顔には、いつもの微笑はなく、まるで『戦闘モード』のシルファだった。若干、嫌な予感を抱きつつ、アンジュを背負っているゼクスをおんぶするソラ。
「なにげに重っ!」
子供と赤ん坊とはいえ、二人分の体重がソラの背中にのしかかる。
「いやいやいや、これは・・・あっ!!!『エアリアル』!!!」
『躍動』を発動。一気に軽くなる身体。
「便利やなぁー!!!さすが『エアリアルン』!」
「・・・」
先に行っていたシルファが、その光景を、冬の雨より寒々しい目で見つめてくる。
「おい!シルファン!そこは、『エイリアンみたいですね』とかツッコめや!」
「・・・行きましょう」
「この!ちょ、待てよーーーー!!!」
◆
「ごめんください」
シルファを先頭に、少年と赤ん坊を背負いながら、街をもの珍しそうに眺めていたソラが宿屋『変わり者』へと入る。
「はぁーい!何名様ですかぁん?あら、シルファちゃんじゃないのぉ!」
甘ったるい、そして、艶やかな声。長い黒髪をかき上げながら、答えるのは、色気漂う和風美人。艶やかな赤い着物は、胸の部分だけ大きく開いていて。溢れださんばかりの大きな胸がぷるぷると揺れている。
「うぇぇ?!デカ?!胸、デカ!!」
思わずツッコミを入れるソラを、怪しい瞳で見つめる和風女主人。
「あらあら、こんな可愛い子連れてぇ~!シルファちゃんも好きねぇ~」
「違います、エレナさん。『これ』は、そういうんじゃないんです。今日、部屋って、空いていますか?」
「最後の一つが空いてるわよぉ~。あらあら、可愛い僕が、もっと可愛い僕とベイビーを抱いるてわぉ~」
「そうなんすよ!こいつ、いきなり倒れちゃって!・・・うわっ!」
シルファを押しのけて、前に出てくるソラ。その頬に、冷たい感触。女主人エレナの手が添えられる。
「いまぁ、準備、シテ・あ・げ・る」
ふぅーと息を吹きかけるソラ。あまりの色気に倒れそうになるのを、やっとの思いで堪える。煌めくようなウインクをして、後ろに下がっていく女主人エレナ。『はじめての戦闘』よりも血がたぎってくるのは、男の性か。そんなソラをジトっとした目で見てくるシルファ。
「い、いやぁーーーかなわんなぁ!おっ!ここって、中も赤いんやなぁ!・・・エ、エレナさんかぁ・・・」
ニヤニヤ笑いが止まらないソラ。心なしか先ほどよりも身体が軽いような。「はぁーーー」と長い溜息をするシルファ。
「ソラ様」
「は、はい?」
「エレナさんは、『男』ですから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(はっ?)」
意味が分からな過ぎて、声すら出ない。口の形だけが疑問形を示している。
「彼女は、『地球』でいうところの『ニューハーフ』ですから」
「・・・」
「しかも、元『戦士』ですから」
「・・・」
「ソラ様?」
「オーマイッガッ!!!」
口を顎が外れる寸前まで開けて、街に響き渡りそうな叫び声を上げるソラ。
「お部屋の用意~出来たわよぉーん」
エレナを見て、驚きで声すら出ないソラ、そのソラを見て、呆れて返事もできないシルファの代わりに・・・
「あーい♪」
今の今まで眠っていたゼクスの妹・アンジュが元気な返事をするのだった。
◆
「あとで、お部屋にお邪魔するわねぇん。大丈夫、痛いのは最初だけ、だ・か・らぁん」
部屋に入る直前に、エレナから肩に手を置かれ、囁かれた強烈な一言が今も耳から離れないソラ。
―――なぜだろう、さっきの『男ですから』という発言さえなければ、今は天にも昇る気持ちだったのだろうか。
部屋に入っても茫然自失のソラと、それをジト目で見つめるシルファ。
「オホン!とりあえず!ゼクスとアンジュを寝かせよ!」
シルファの視線に気づいたソラが、テンション高くそう言った。
「つっても、赤ちゃんもいるからなぁ、どうしようかな、とりあえず、シルファも手伝って」
「はい?」
「だから、俺がベッドに座って、ゆっくりゼクスとアンジュもおろすから、後ろで支えてくれ」
「私がですか?」
「他に誰がいんねん?!ほらっ、早く早く!」
「は、はい・・・」
ソラが四つあるベッドのうちの一つに座り、後ろからシルファがゼクスとアンジュを支える。
「じゃあ、『躍動』解除するで!」
「はっ、はい!」
ソラ、ゼクス、アンジュを包み込む蒼き光が徐々になくなっていき、最後には消えてなくなる。すると、急に、シルファの両手に重さが伝わってきた。
「よし!じゃあ、まず、ゼクスからアンジュを背負ってる『おんぶ紐』を解かなきゃな!」
「ソラ様、なるべく早くしていただけませんか?」
「ん?どないしたんや?」
「なんか・・・重いです・・・」
「ははは!そりゃそうや。それが「命」の重さやもん!シルファは、今、2人分の命を支えてるんやから。どれどれ、これをこうして、こうして・・・こうか!」
ゼクスからおんぶ紐が解かれる。同時に、ゼクスの両肩をつかみ、倒れないようにする。
アンジュがおんぶ紐と一緒に倒れかかるのを、シルファが必死で支える。戦闘で汗一つかかないシルファが、額に大粒の汗をかいていた。顔は、引きつっている。
「はっはっは!必死すぎるやろ、シルファ」
「ソラ様、早く!早くしてください!」
「分かった分かった」
しっかり者のシルファの意外な一面に苦笑しながら、ゼクスをベッドに寝かせる。その間、シルファは、必死な顔で、アンジュの背中をおんぶ紐越しに支えてるだけだった。
「たくっ、しょうがねーな。ほらっ、おいで」
シルファが支えているアンジュをソラが抱き上げる。シルファは、はぁーと長い息を吐き、額の汗を拭う。
「おいおい、子守りもしたことねーのかよ?シルファお姉ちゃんは」
「はい・・・子守りは苦手でして・・・」
「おいおい、俺のお側付きの騎士じゃなかったのかよ?」
「だから『騎士』なのです!『騎士』の使命に、子守りなどありません!」
「はいはい、訳の分からないことを言うお姉さんですねぇ?アンジュ♪」
またもぐっすり眠っているアンジュをあやすソラ。驚愕した表情のまま、固まっているシルファ。
「なぜ、ソラ様は、そんなに赤ん坊に慣れていらっしゃるのですか・・・?」
「俺が住んでた円城寺(えんじょうじ)には、いろんなガキが来るんだよ。親に捨てられた子、親から虐待を受けて、送られた施設でも居場所がなかった子、寺の前に置き去りされた赤ちゃんも1人や2人じゃねー。だから、そういう弟分達の面倒も見てたわけよ。伊達に13年、あのクソ親父に育てられてたわけじゃねーぞ、俺も!なんてな!たはは」
シルファは、嬉しそうにアンジュをあやすソラを黙って見つめていた。自分の目の前にいる、戦闘では、まだまだ未熟な少年は、確実に13年前とは、違う。
自分が、命に代えてでも絶対に守ると誓った気弱な美少年はどこにもいなかった。そこには、異世界でも、頑張って生き抜き、成長した『王子』の姿があった。
「・・・もうあの頃のソラ様ではないのですね・・・」
「ん?何か言ったか?」
「いえ・・・何でもありません」
「あっそ。よし、じゃあ、そろそろアンジュも寝かせようかな」
そういうと、ゼクスの横に、アンジュをそっと寝かせた。
「だぁーーー疲れたぁ・・・」
隣のベッドに倒れながら、ソラはそう大きな独り言を吐いた。すると、シルファが近づいてきた。
「・・・ソラ様、彼らの事で、お話しておきたいことがあります」
「あぁもう!とりあえず一休みしよ!シルファも一眠りしたら?」
「えっ?!一緒にですか?!」
「なんでやねん?!後ろにベッドがあるやろ?!」
確かに、この部屋には、ベッドが四つある。
「はい、知っています。でも、ソラ様、添い寝しないと、眠れないのでは・・・」
「ふざきんな!いつの話やねん?!俺はいくつのガキやねん?!キレるで!マジで!」
「はい・・・」
シルファは心底残念な顔をして、後ろのベッドへ腰掛けた。
「はぁーーー、これからどうすっかなぁ・・・」
窓から夕陽が差し込み中、ソラがそう呟いた。
◆
「・・・ソラ様・・・ソラ様・・・」
「ん?もう朝?てか、明後日、ライブじゃん、俺・・・」
「早く起きてください、ソラ様」
「ちょ?!近?!顔、近!」
「もういいから!」
「なにすんねん?!んぐぐ」
寝起きのソラを無理やり起こし、よだれを拭くシルファ。
「全くいつまで経っても、ソラ様は!」
と言いつつ、嬉しそうに、白いハンカチで、ソラの顔を拭くシルファ。
「だぁーーーもうええいうねん?!おっ!起きたのか、ゼクス!」
シルファの世話焼きっぷりを制止ながら、隣のベッドに腰掛けているゼクスに気付く。アン
ジュを抱いていた。
「はい、本当に助けていただき、ありがとうございました!」
「えーんよ!危ないところやったなぁ!あの山賊もどき達は、なんなん?」
「ソラ様、それについて、お話があります」
「おい、俺は、ゼクスに聞いてんだよ!」
「ふぇ、ふぇぇぇん」
アンジュが急に泣き出した。
「おいおい、どないしたんや?」
「すいません、お腹が減ってしまったみたいで。えっと、ビスケットは・・・ないか」
ゼクスがポケットの中を探るが、何もないようで、はぁとため息をついた。
「おし!メシだ!シルファ、メシ食うぐらいの金をあるんやろ?言っとくけど、俺は、300円しか持ってないぞ」
「はぁ、300円って。しかも、地球のお金じゃないですか。ですが、そんな事より、彼らの素性を先に・・・」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」
「ほらっほらっ!先にメシだ!メシ!」
「・・・っ、分かりました」
「おし!レッツ、メシ!行くぞ、ゼクス!もうちっと、我慢だぞ、アンジュ!こちょこちょこちょこちょ♪」
「きゃっきゃっ!」
わんわん泣いていたアンジュが、笑うのを見てびっくりしながら、一行は部屋を出た。
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