第8話 戦闘講義

「というわけで、『空剣エアリアル』には、ただ、空を飛ぶだけではなく、修練によって、様々な技を使用することが可能なのです」

「ふーん・・・」


 ここは『天風の谷』から南に位置する森、『赤の森』。この森は、いつも『秋』なのである。ヒラヒラと舞う落ち葉。朱色に染まる木々。立派にそびえる一本一本の大木は、太く、そして、力強い。カサカサと何かが動く音が聞こえてくる。

 ソラは、『天風の谷』での衝撃的な『初異世界体験』の後、シルファに連れられ『連合国軍アスール本部』に向かっていた。

 シルファから『エアリアル』の性能について聞きながら歩く。先ほど聞いたセリス姫との『許嫁』の話はスル―。そんなソラだが、あることに気付く。


「あっ、ここまでの展開が怒涛過ぎて、忘れてた!」

「なんでしょうか?」

「俺、制服のまま、ここまで来てるんやけど・・・」


 ソラは、学校帰り、そのまま異世界まで来てしまっているので、当然、紺色の『学生服』のままだった。シルファは笑いながら、答える。


「そうでしたね。でも、ソラ様、その『学生服』はとてもよくお似合いですので、そのままで良いかと。その下に『防具』を着けましょう!この『赤の森』を抜けた先に『アレイ』という街があります。そちらで装備品を揃えましょう」

「異世界まで来て、学生服って。違和感あり過ぎるやろ・・・。まぁいっか。それで、さっきの話に戻るけど、もっと具体的に『エアリアル』のこと、教えて」


 ソラが、瞬時に『空剣エアリアル』を顕現させながら、聞く。先ほど『エアリアル顕現のための詠唱』をしたところ、シルファに「あれは最初だけで大丈夫です」と、恥ずかしいツッコミをされてしまった。


「はい。まずは『空剣エアリアル』は、ソラ様がつけている指輪『光のクリスタルのかけら』に反応して顕現します」

「へぇ、この指輪が原動力になってるんや。ほいで?」

「『空剣エアリアル』の性能は、『飛空』、『躍動』、『自動防御』の3つです。『飛空』と『自動防御』は先ほど使用した能力ですね。使用者に空を飛ぶ能力を与え、緊急時には、蒼いオーラで使用者を守ります」

「守ってないやん!さっき、めっちゃ痛かったし!」

「それは、まだソラ様の修練が足りないからです!戦闘と修練を積み、『空剣エアリアル』との絆が増せば、ソラ様をきっと守ってくれます」

「そうなん?絆って、『エアリアル』は生き物か?」

「『精霊』といえば、分かりやすいでしょうか?『空剣エアリアル』は『光のクリスタル』の化身なのです。代々、天空の一族に力を与え、守護してきたのです」


 ソラの右手に握られている透明な剣が蒼い光を放つ。ソラには『エアリアル』が『どうだ!凄いだろ!』と胸を張っているように感じた。なんだが可愛い。


「へぇ、守護霊みたいなもんなんや、『エアリアル』って。んで、あと一つの『躍動』って?」

「はい。『空剣エアリアル』の力の流動を、自分の身体へ取り込むことで、通常では考えられない身体能力を使用者に与えます。高速移動、跳躍力、身のこなし。一説では、この能力を極めると『分身の魔法』が使えるようになるだとか」

「凄いやん!それで、どうやんの?」

「分かりません」

「なんやそれ?!」

「だから、実践で覚えてください!はい!」


 シルファが前方を指す。黒いモノが近づいてくる。ガサガサと音を立てて。黒光りした円筒形の頭部、胸部、腹部に分かれた三頭身の昆虫、『蟻』。だが、地球のそれとは比較にならないほどデカい。中型犬くらいはある。頭部から突き出した大きな顎は、ノコギリのようだ。それが3体、いきなりソラ達の前に出現した。

 

 ソラの身体に一気に鳥肌が立つ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!デッケー!キモい!なんやねん、あの巨大蟻?!」

「この森に生息する『巨大蟻グランフォルカ』です。あれで『躍動』の実践をしましょう!」

「ムリムリムリムリムリ!あんなん、もう!うわっ、牙、デカっ?!」

「顎です、あれは。大丈夫です!いざという時は、私がソラ様を守ります!」


 己の剣を抜きながら、自信満々の笑顔を浮かべるシルファ。完全な子供扱いに少しイラッとする。


「おい、シルファ。お前、あれ、簡単に倒せるんか?!」

「はい!子供の頃から訓練でこの森には何度も来ておりますので。何体倒したかは覚えておりませんが」

「ぐっ・・・むむむむっ!」


 目の前の巨大蟻は、シルファが剣を抜いたことで警戒して、カチカチと顎を鳴らしながら、距離を取っている。


「あーもう!わっーったよ!やりゃいんだろ?!やりゃ!うわっ、マジ気持ち悪!」


 右手に握られている蒼き透明な剣を構える。汗がじわっと手に広がる。


「よろしい。『躍動』のコツは、『空剣エアリアル』から自分の身体に力が流れてくるイメージを頭に描くことです」

「はぁー・・・ふぅー・・・」


 ―――力が流れてくるイメージ・・・深呼吸して、綺麗な空気を吸い込むイメージかな・・・


 蒼き剣がパアッと輝く。

 剣より淡い光が少しずつ流れ、そのまま一気に身体全体にまわる。

 そして、強い光を放った後、まるで雪のような、キラキラとした輝きがソラを包み込む。


「おぉ、綺麗!あっ、軽い!身体が軽い!スゲー!空を飛んだ時とはまた違う感じ!」

「そのまま相手に飛び跳ねるように斬りこんでください!思いっきりです!」

「おっしゃ!」


 ソラは、ピョンピョンと軽くジャンプしてから、ステップを踏みながら、『巨大蟻グランフォルカ』に近づいていく。自分の身体じゃないような軽さ。


「おらっ!」


 『グランフォルカ』に斬り込む。敵はガサガサと後ろに下がりながら、顎で反撃してくる。ソラもバックステップで反撃をかわす。両者の間にまた距離ができる。少ししか動いていないのに汗が滝のように流れる。


「難しい・・・!この軽さにまだ慣れねー・・・!」

「さすがに、はじめから難しいですね。分かりました。わたくしが見本をお見せします」


 シルファの目の色が変わる。研ぎ澄まされた日本刀のような闘気。剣を構えながら、静かに『詠唱』を始めた。


「我が身を時の先へ、『倍速プリウス』!」


 シルファの身体が一瞬、輝く。わっと驚くソラ。


「なにそれ?!」

「『移動倍速魔法』です。通常の倍の速さで動けるようにする魔法です。これで、今のソラ様と似た状態になりました」

「何でもできるお姉ちゃんやなぁ・・・!!!」

「行きます!」


 残像が見えるほどの速さで、左端にいる敵に迫るシルファ。横一文字の薙ぎ払い。半円の剣閃が軌跡を描く。『グランフォルカ』は一瞬にして頭部と胸部が分断される。絶命の鳴き声すら上がらない。残りの2体はガチガチと顎を鳴らしながら、後退しようとする。

 

「相手の準備が整う前に、間合いへ飛び込み、斬り込む!反撃の隙を与えない!」

 

 シルファは『戦闘講義』をしながら、次の敵へと、今度は縦の斬撃を食らわせる。2体目の『グランフォルカ』の頭部がつぶれる。しかし、致命傷ではない。醜い鳴き声が上がる中、またも横一文字の薙ぎ払い。分断される頭部と胸部。まさしく一瞬の出来事だった。ソラは、シルファの行為が残酷だと思う前に、金色の髪を激しく揺らしながら、戦闘に舞う姿に見惚れていた。


「すげー・・・」


 感嘆の声を漏らすソラ。あんなに優しく、綺麗なシルファが、戦闘の時はまるで別人のようだ。


「さぁ、ソラ様、今一度、ご自分で!」

「は、はい!」


 思わず返事をして、剣を構え直す。


―――すげー、さすが剣士。でも、俺も負けられないよな。今のシルファの姿を見本に・・・飛ぶように・・・そう、バレーダンサーみたいに!


 ソラは再度、『躍動』を発動させ、逃げようとする『グランフォルカ』に、ステップを踏みながら、間合いを詰める。『グランフォルカ』も逃げられないと悟ったのか、黒光りする顎で、攻撃を仕掛けてくる。


「はっ!」


 その攻撃を右へ避けながら、シルファの動きを真似て、横一文字の薙ぎ払いを繰り出す。その攻撃を間一髪で避ける『グランフォルカ』。


―――ヤバイ!


巨大蟻の大きな顎が迫る。


「ソラ様!」


 シルファの焦った声が聞こえる。目の前の光景がスローモーションのように見える。


「これで、どや?!」


高く跳躍するソラ。『グランフォルカ』の攻撃をジャンプでかわす。そのまま流れるように空中で回転し、透明な刀身を敵の急所へと振り下ろす。落下の衝撃を重ねた一撃は『グランフォルカ』を絶命させるには十分だった。


「お見事です!ソラ様!」

「お、おう」


 身体が震える。初めて敵を倒した。心臓の音が大きく聞こえる。『躍動』という新しい能力を使いこなしたというのに、全然嬉しくなかった。


「ソラ様」

「あぁ?」

「私も初めて『敵』を倒した時は、『戦闘』を恐ろしく感じたものです」

「・・・」

「しかし、『殺らなければ、殺られる』のです。これが『戦闘』です」

「・・・うん」


 返事をしながらも身体が動かない。そんなソラをシルファは優しく抱きしめた。


「もう終わりました。怖くないです」


 普段なら、すかさずツッコミを入れて、バッと離れるところだが、今だけはシルファの温かさに涙が出そうになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る