第7話 魔王の子供達
真紅の瞳が怪しい光を放つ。目の前で僕を追ってきた男が倒れる。動悸が激しい。左眼の『魔眼』を使うと、いつもこうだ。今の自分の魔力では、仕方ないとはいえ、早くなんとかしたい。
僕の左眼には『魔眼』がある。全ての存在に絶対的な『死』を与える最強の異能力の一つだ。存在といったが、神などの超越的存在も例外ではない。僕の『魔眼』からは何人も『死』を逃れることはできない。
だから、僕は己の能力を制御するため、左眼に特別な眼帯をしている。この状態で、『魔眼』を使うと、相手を気絶するくらいには力を抑えられる。しかし、僕の感情が高ぶれば、この眼帯の効力も無効果にされてしまうので、扱いが難しい。僕は、息を整え、背中へと目を向ける。そこには、僕の戦う理由、同じ真紅の瞳をした無垢な生命、たった一人の赤ん坊の妹・アンジュが静かに寝息を立てていた。
僕、ゼクス・サタンは、魔族の王である魔王の息子だった。背中で寝息を立てている妹のアンジュも。この血よりも紅き真紅の瞳と漆黒の髪は、魔王の血筋を象徴するものだ。僕は、魔王の城から逃げだしてきた。
自分の父親と暮らすことが世界で一番危険だと痛感したからだ。僕の母も魔族だが、優しくて、綺麗な人だった。母と妹と一緒に暮せたなら、たとえ魔王の城でもかまわなかった。しかし、ある日、母は、姿を消した。誰に聞いても、何も教えてくれなかった。どうしても、母が姿を消した理由が知りたくて、魔王である父の部屋に忍びこみ、隠れて、聞き耳を立てていると、僕の話が出てきた。
「魔王様、ゼクス様の『魔眼』の件ですが」
「あぁ、どうだ?」
「十分に兵器化は可能です」
「そうか、ならば、早い方が良いな」
「よろしいのですか?仮にも、ご子息ですが」
「良い。子なら、また孕ませれば良い。すぐに準備に入れ」
「御意。また、妹君のアンジュ様のお力も兵器化を検討中です」
「分かった。あの兄妹が我の力になれば良いが。しかし、あれの母親も馬鹿なことをしたものだ。俺に逆らうことは『死』を意味するというのに」
キーンと耳鳴りがする。父がまだ何か話しているが、何も聞こえない。母が死んだ。その事実だけが、僕の頭の中へ反響していた。僕は、妹を連れて、この城を出ることにした。まだ赤ん坊の妹を連れて、外の世界へ出ることが、どれだけ危険なことか、僕には想像もできない。しかし、この城にいることが世界で一番危険だった。背中に妹を背負うと、きゃっきゃっと嬉しそうに笑った。僕もつられて笑った。
先ほどの戦闘からほどなくして、また追手の者が現れた。醜く笑う魔族の剣士は、せせら笑いながら、こう言った。
「殿下、戻りやしょう。今なら、魔王様も許してくれやす。お母上と同じ末路を追いたくはないでしょう?」
「きさま・・・!」
「へへっ、お母上は、最後の最後まで、殿下とお嬢様のことをご心配されてましたぜ?」
一気に身体中の血が発熱するのを感じる。こいつが、母を・・・!
「へっへへ、俺には、その『魔眼』はききやせんぜ!」
剣士は、特製のゴーグル眼鏡をかけて、僕へ突進してくる。
「きさまは、この『魔眼』のことを何も分かっていない・・・!」
僕は眼帯を外し、突進してくる剣士を見据える。
「『魔眼』よ、この者に『業火』を宿せ・・・!!」
「だから、きかねーって・・・?!ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
剣士の胸から、真紅の炎があがった。炎はあっという間に剣士の身体を焼き尽くした。
「後悔しながら、死んでいけ・・・!」
『魔眼』は、ただ『死』を与える能力ではない。強大な魔力の塊である。魔眼の力で強大な魔法を放つことも可能なのだ。目の前で、地獄の業火に焼かれた命を見ながら、僕の心は怒りと、生まれて初めて同胞を殺してしまったという後悔が渦巻き、たまらなく大声で叫びたくなった。なぜ、僕に『魔眼』なんてものが宿ってしまったのだろう。なぜ、僕は魔王の息子なんてものに生まれてしまったのだろう。
「うぇ、おぁわぁぁぁ」
僕の感情の高ぶりに反応したのか、アンジュが泣き出してしまった。胸に抱っこしてアンジュをあやす。あやしていると、アンジュは泣き止んできたが、今度は僕まで泣きたくなってきた。目に涙がたまっていく。
「なんで僕達がこんな目に・・・」
すると、アンジュが小さな手で僕の頬に触れて、撫でてきた。その真紅の瞳が、不安そうに揺れている。僕はハッとして、涙を拭う。
そうだ、僕の『魔眼』は、このたった一人の家族を守るためにある。疎まれようが、憎まれようが、アンジュだけは守ってみせる。そう決めて、僕が笑いかけると、アンジュも笑った。
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