2-20
結はこれから一体どうするのだろうか。いや、どうしたらいいのだろう。
このまま陸上を続けるものだと思っていたけれど…。
予言めいた夢を見てからというもの、そんなことばかりが頭を巡る。
もし、この事象が終わりを迎えた後、彼女が残る可能性を考慮して、ちゃんと考えてやりたいと思うようになった。
そんなことを考えているとはまさか知らないだろうが、丁度良いタイミングで電話が掛かってくる。
「もしもし…」
電話口で話す彼女の声は震えていた。
「どうした?」
「あのさ…」
「あぁ」
「私、部活…やめるから……」
予想した範疇の内容に、意外と落ち着いて受け止めることができた。
「そっか。良いんじゃないか?」
そう返事をしてやると、彼女は戸惑いを見せた。
「え…止めないんだ?」
「自分が決めたことなら、僕は何も。今はそっちが博なんだし任せるよ。それに、結にとってそれが一番だと思うからそう決めたんだろ」
得体の知れない記憶というか、予言を軽々しく話すわけにはいかず、あくまでも、結の身を案じるというスタンスを取る。
「うん…。でも、ごめん…」
謝る必要なんて無いのに。
「別に博の代わりをしてほしいわけじゃない……結にはやりたいこと、やってほしいって思ってる」
そう切り出すと、彼女は不思議そうな反応を見せた
「そ、そうなんだ……ありがと……やりたいこと……か」
彼女に何かしらの気持ちがあるなら、自分から打ち明けてくれるだろう。
「なんでもいいんだぞ。好きなことでも、気になることでも…」
そう助け船を出したが、何も浮かばないような様子で、
「私は陸上くらいしか……」と呟く。
これ以上は怪しまれる。
「まっ、ゆっくり考えたらいいんじゃないか?急ぐ必要は無いと思うぞ」とその話は終わらせた。
「入る部活決めたら教えてくれ。それじゃあな」
「うん…」
なんだか煮え切らないような声だったが、何かを訊かれる前に電話を切ることができた。
「いいのかしら?もし、あなたが残ったら、畑違いの部活動をさせられることになるのよ?」
一息つく暇もなく、真横から問いかけてくる声がする。
「いいんだよ…」
人ならざる声に、そう応えた。
どうしてかはわからないが、結にはそうしてほしいという気持ちが沸々と沸き上がるのだった。
ーーーー
向こうから一方的切られた電話。
やけに呑み込みが早かったけど、何があったのだろうか。
辞めること自体に反対はしなかっただろうから、あんなものなのかもしれない。
私の考えすぎだったのかな…。
張り詰めた気持ちで発信ボタンを押したというのに。
拍子ぬけして、自室の部屋の椅子にもたれ掛かる。
不意にため息が出る。
お兄ちゃんはどうしてほしいのかな…。私はどんな道でも良いと思っている。
これはお兄ちゃんの人生なんだから。
ふと、窓の外を見ると、走り込みを行う陸上部の姿が見えた。
陸上一筋という言葉がぴったりの人生を送ってきた。
今さら、別のことを始めても、彼の重荷になるのでは……なんて思ってしまう自分が居る。
でも、選びたい自分も居る。
正確には自分ではなく、自分の奥底に居座る何かがそう望んでいる。
そんな気がする。
もう一度、あの本を手にする。
そして、不意に白い紙を探し始める。
真っ白なそれは見つからないから、しかたなくノートのペーシを一枚だけ破り取り、机の上のペン立てにあったシャーペンを手に取った。
身体と心は不一致だ。
兄がこんなことするわけもないし、できるはずもないのに。
見よう見まねで本にあったキャラクターを描いてみた。
たぶん、博本人にはこんな画力は無いだろう。
いつの日か、本の中のキャラクターに憧れた。
空想の人物への憧れた少女は、次第に絵に興味を持つことになる。
程なくして、絵を描き始めた。
兄に着いていくことしか考えていなくて、自分の意思なんてほとんどなかったような日々に、全く違う色が差した気がして。
「意外とうまく描けたな…」
「なにそれ…。小学校の絵画コンクール?」
覗き込んだのは例の天使。
「だ、誰が、小学生よ!」
「まぁ、素人にしてはうまいんじゃない?」
「何様よっ」
「え?一応、天使だけど?」
「わ、分かってるわよっ」
「で~、なんでこんなことしてんの?お絵かきしてる暇があったら、解決する方法探したら?」
「お絵かきなんかじゃ…」
「なんかじゃ…?」
「……なんかじゃ……ない……?」
「なんで疑問符?」
「…なんでって……」
「まぁ、言うなれば、君は偽物だからねぇ。結局何をやっても半端なままじゃないかな~なんて…」
「半端って、そんなこと言わなくてもいいじゃない…」
「それが嫌なら、早く解決したらどうかな?いつまでもこれが続くなんて決まってないんだから」
「そう…だけど…」
それを聞いた彼はため息を漏らす。
「…早く解決してくれないと一生ここから離れられないんだから、そのこともちょっとは考えてよ。じゃあね」
うんざりした様子で去っていく彼を見届け、再び机に視線を戻す。
いつか、いつの日か、
こんなことがしたかったなんて思っていた自分も居た。
でも、なんで、私は陸上を続けたんだろう。
何か引っ掛かるものを感じた。
あれ……
その瞬間、浮かんだ光景に私は戸惑った。
まるでそれが真実のように確かな感覚と感触を残す。
なぜか私を見守る誰かの視線として、それは写し出されている。
高校の制服だろうか…
見慣れぬ制服を着た私は美術室で楽しそうに何かを描いている。
その姿はとても輝いて見えて。
微笑ましくて。
すごく温かな気持ちになった。
reset~命の砂~ 福山直木 @naoki_Fukuyama
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