2-19

メッセージの返事は次の日、送られてきた。


『せっかく全巻貸してあげたのに2日で返ってきたことだけは覚えてる。あと、感想訊いたら微妙な反応で、推し本を適当に読まれた感じがして、結構イラッとしたことを思い出した』


たぶん、怒っている。

訊くんじゃなかったと後悔しながら、返事の文言を考えていると、当時のことが鮮明になってくる。


確かに全巻借りた。いや、一方的に渡されたのだ。


「お兄ちゃんも絶対好きになるって」


そう言われるがまま、一通り読んではみたが、自分にははまらなかった。それを正直に伝えたのだが、彼女の思っていた答えではなかったようで、その後、ちょっとした喧嘩状態に陥った。


そういえば、どうやって仲直りしたんだろうか…。



「読んだよ。ちゃんと読んで、感想を伝えたつもり。喧嘩みたいになったのは悪いと思ってる。そういえば、あの時どうやって仲直りしたんだっけ」

と送った。


返事はすぐに返ってきた。

『もういいよ。私も頭ごなしに怒っちゃったところがあるし。どうやって仲直りしたかは私も覚えてない』


何か引っ掛かるものがあるのだが、これ以上の手がかりは見つかりそうにない。

しかし、この話を普通に話せる時点で心残りになるとは考えにくい。


「二人とも覚えていないなら、自然に仲直りしたのかもな。それにしても、その本好きだよな」


『私の一番の推し本だもん』


その字面に見覚えがあった。いや、何かよぎるものがあった。


満面の笑顔でそう言い放った彼女の顔を僕は覚えている。


そのシーンが脳内で再生されると共に何かが呼び起こされる。


何気ない日常の記憶。

それこそ、心残りになどならない、数年も経てばすぐ忘れてしまうような記憶。


「私の一番の推し本だもん!」


言った本人は覚えてないだろうが、その言葉を聞いて、彼女の印象は変わった。


陸上一筋でそれ以外のことなんて見向きもしないと思っていた彼女の意外な一面に、随分と印象が変わったことを覚えている。


そして、高校生になった彼女は……。


彼女は……


「え……」

あるはずの無い記憶が鮮明に再生されるように脳内に浮かんだ。


これは予言なのだろうか。

それとも、これが心残りなのだろうか……。




ーーーーー


私は退部届を握りしめている。

廊下でたまたま出会った中川さんは、それをすぐに見つけ、じっと見つめた。


人気の無い場所に移動して話す。


普通に話せていたはずなのに、この間のことがあって、どう話していいか分からなくなってしまった。

何を話したらいいか分からずに居ると、彼女のほうから切り出してくれた。


「この間はごめん。一番大変なのは二人なのに……無神経だった」

本当に謝らなければならないのは私のほうじゃないか。そんな気がして、私はすぐに口を開いた。

「いえ。そんなことは。改めて考えてみたら、好きな人が居なくなるかもしれないってすごく怖いです。中川さんの気持ち、ちゃんと考えられて無かった。私こそ、ごめんなさいっ」

勢いよく下げた頭を彼女は上げるように促しながら「いいよ、いいよ」と言う。

複雑な心境のまま頭を上げると、気まずそうにしていた。


それから、何秒かの沈黙があって、

彼女が話を切り出した。

「……辞めちゃうの…?」

「…はい……すごく悩んだんですけど。その…正直、今でもどうしたらいいのかわからないですけど…私の答えは…固まったと思います」

「私は結ちゃんの意思を尊重するよ」

その言葉は迷いが無かった。

この決断が兄にとってどれだけ大きなことかは彼女も知っているはずだ。

それでも私の意思を尊重してくれることに嬉しさを覚えながら、

「ありがとうございます……」と再び頭を下げる。


「その…ヒロはどう言ってた?」

呟くように言うから聞き逃してしまいそうだった。

訊かれるとは思っていたが、実はまだ伝えられていない。


そう答えると「…いいの?」と聞き返された。

言わなくて良いわけはない。

「今から伝えるつもりです…」

それは苦し紛れの言い訳だ。

本当はどう伝えるのかすら選べていないし、自分の気持ちだってまだブレブレなのだから。


「そっか……辞めた後、どうするの?ヒロはたぶん訊くと思う」

今度は真剣な眼差しで私を見つめてくる。

「今はまだ決めてないです」


それを聞いた彼女は少し考えてから口を開く。

「…なら、結ちゃんのやりたいこと、好きなことしてみたらどうかな?」

意外な言葉に面食らう。

「す、好きなこと…ですか……そうですね…考えてみます…」

そう答えてみたものの、具体的なものは見つからない。


「あっ、ごめん、もう行かなきゃ。じゃあ、またね」

何かを思い出したように立ち上がる彼女。

先程までのテンションが嘘のように、明るく振る舞った姿を見つめたまま、私はその場に立ち尽くす。


運動した後のように鼓動が早くなる。緊張で体が強ばるのが分かる。

それでも、ポケットから取り出した携帯を握りしめたまま、大きく深呼吸をして、私の携帯に電話を掛ける。














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