2ー15

「ごめん、試験落ちた」

兄からのメッセージの返信を送った後、まじまじと文面を見つめ続ける。


これが心残りだったらどうするのだろうか。

叶わない絶望で一気に寿命が尽きてしまうのではないかと不安にもなる。


余裕の合格かと思いきや、まさかの不合格。

結局、滑り止めで受けた近所の公立高校へ進学することになった。

私としてはどこでもいい。

でも、できれば、この寮に来てもらいたかった。同じ環境で過ごしたかったと思う。


幸い、受かった高校も陸上部があり、陸上を続けられそうだ。

兄には続けてほしい。たとえ、体や環境が違ったとしても、そう願わずにはいられない。


それから数日が経ったが、現象に進展は無い。

天使だって何も言ってこないのだ。

そのことに僅かばかり安心しながらも、その意味するところを考えると不安は募るばかりだった。


そして、何も変わらないまま、私は二年生へ進級した。


春から陸上部に本格的に参加するようになったのだが、やはり兄のようには走れず、スランプとまで言われた。


期待を背負わなくて良くなった代わりに、周りからあれこれと噂されるようになってしまった。

彼女ができて部活を疎かにしてるとか、陸上に飽きたんじゃないかとか、そんな感じで噂された。


直接言われるならまだいい。弁明のしようもある。

陰口のように言われては、何をすることもできない。


なに食わぬ顔で部活に出続けたが、徐々に他の部員からも距離を置かれてしまい、なんだか居づらくなった。


「やめればいいだろ」

兄はそう言う。

自分ならやめないだろう。そう思った。

陸上が生き甲斐のようなものだし、唯一誇れるものでもあるのだから。


私は必死に練習をした。

正直しんどい。でも、兄のために。

そう思って練習に打ち込んだ。

でも、一向に調子は良くならない。疲れだけが溜まっていった。


身体はまだ動かせるはずなのに、私の心や神経が悲鳴をあげていて、なに食わぬ顔もできなくなった。

その姿を痛々しく思ったのだろう。


陰口のように噂をしていた部員も、何も言わなくなった。正確には誰も関わらなくなった。


その様子を陰ながら見ていた中川さんはついに我慢ならなくなったようだ。

部活に行こうとする私の腕を強く掴み、真剣な顔で首を横に振る。

「ヒロ、休んで」

大丈夫だからという私の返答に耳は貸さず、ぐっと手の力を強めて、

「お願い」と懇願されてしまった。



その日を境に部活を休んでいる。

期限などない。


数日もすれば、疲労は嘘のように取れた。

でも、前のように部活に打ち込む気になれないでいた。


私は博じゃない。


休んでいる間、何をするわけでもなく、ただボーっとしていたから、頭の隅に追いやっていた事実が呼び起こされた。


私たちは家族だが、たまたま血を分けただけの他人だということを思い知らされる。

いくら家族でも、相手のことを寸分違わず理解できるわけじゃない。


入れ替わりをどうにかしなければ、私も、彼も得をしない。たとえ、どちらかの命を懸けようとも、そうすることが賢明だ。


私が望む進路はついえ、彼が望んだであろう未来も消えようとしている。


今でさえ、この有り様だ。

この先何が起こるか分かったものではない。


部活に打ち込む生徒たちの音を聴きながら、頭をフル回転させる。


「よし…」

独り言を呟いて、勢い良く立ち上がる。

そして、何も持たず、寮を出る。




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