2ー10

ここ数日、嫌な夢を見るようになった。


何か大切なものを亡くし、悲しみに苛まれているシーンが繰り返される。


解決に向けて、結と情報を共有している矢先にそんなことが起こり、無関係とは思えずにいた。

何かを知ろうとすればするほど、何か得体の知れないものが迫ってくる。そんな気さえした。


入院している間のこと…。

詳しく聞かせてほしいと頼まれたものの、彼女よりは覚えていても、うろ覚えの部分が多い。


そもそも、印象的な出来事が起きづらい環境だった。

毎日、ルーティーンのように病室へ出向き、学校であったことを少し話す。そして、話題が無くなると彼女の話を聞いてやる。

暇をもて余す時はトランプなどで遊んだり、病院内を散歩したりしたが、特別何かがあったわけではない。


毎日のように呟いていたのは、つまらないという言葉だったと思う。

色んなことをしたかっただろう。

それが急にできなくなったのだ。無理もないだろう。


だからこそ、日を追うごとに学校でのことを話さなくなった。

幼心に気を遣ったのだろうが、いい話題が見つからず、「今日の調子はどうだ?」とか「朝と昼は何を食べたんだ?」とか、質問攻めしていたような気がする。

きっとそういうところも、つまらなくなった原因なのかもしれない。


そういえば、同じ病室に同い年くらいの子が居たような気がする。

女の子で、病気とは思えないくらい元気な子だったはず。


時々、ベッドを仕切るカーテンから顔を覗かせていた。


三人で話をしたり、トランプをしたりもしたはずだ。

親が来るまで居て、去り際には「また遊ぼうね」と向こうから約束してきたっけ。

でも、病室が変わったか何かで、途中から会えなくなった。


色々と覚えているものだなと思いつつも、自分の記憶なのに何故かぼんやりしていて、夢や妄想の類いのようにも思えて気持ち悪く感じられた。


メッセージの文面を考えながら、家事を手伝っていた。

この際だから、母に訊いてみた。

「私、入院してたじゃん」

「突然、何よ?」

「いや、迷惑掛けたよね…って」

「まだ気にしてるの?言ったでしょ?心配はかけたけど、迷惑はかけてないって」と手を止めて私の方へ向き直す。

「えっ、あっ、そうだよね…」

「本当にどうしたの?なんか最近、変よ?何かあったの?」と私と目線を合わせるように腰を落とし、両肩に手を据えられる。

顔を背けることでしか、母の目線から逃れることができず、正直困った。

「そ、そうかな…」

「こうして元気で居てくれてるんだから、気にすることないのよ」

「ありがとう。お母さ――」

その瞬間、ぐらりと視界が揺らぐ、体勢を立て直すことはできず、そのまま膝をつき、床に叩きつけられた。

「結!どうしたの!大丈夫!?結!」

その声は遠ざかり、やがて何も感じられなくなった。

気を失うというよりは、眠りに落ちるような感覚。不思議と恐怖感は無かった。


そうして、また、あの夢を見ることになる。


「……っ!なぁ、返事しろよっ!」


誰かの名を必死に呼んでいる。それが自分なのかさえ分からない。でも、この夢を見ると、とても他人事には思えないくらいの悲しみや切なさに襲われるのだ。


思い残すということは、きっとこういう感情を抱くようなことなのだ。


そんな大きな悔いが僕らにあるのだろうか?


やがて、そんなことも考えられなくなって、深い深い闇に沈んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る