2ー6
私の大会は終わった。それで一件落着とはいかない。
今度は受験が待っている。
学校も決まっていて、受験への不安はない。
ただ、今の自分では何もできない。
自分のことなのに。
高校の勉強にも慣れてきた。生活にも余裕ができた。
だから、自分のこと以外に目を向けることができるようになった。
入れ替わりのこともずっと考えている。
順風満帆な人生。今、地球が滅亡しても何の悔いもない。
そう思うのに、なぜか引っ掛かるものがある。
小さい頃の僅かな記憶。
手がかりがそこにあるような気がした。
きっかけは、実家で見た日記。
思い返してみるとその頃の記憶が抜けていることに気づいた。
加えて、いつの記憶かはわからないが、病室の景色が頭の片隅に焼き付くように残っていることにも気づいた。
ただ、確信には至らず、モヤモヤしていた。
そこで、白羽の矢を立てたのが中川さんだった。
私たちのことをある程度知っている。
直接部屋に行くわけにもいかないし、学校の中で会うのも気が引けたため、寮の廊下で会ったタイミングで尋ねてみた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「な、何?」
相変わらず、距離を置かれている。
あまりにも距離が近いとこっちが落ち着かない。でも、あからさまに距離を置かれるのはとても辛い。
「子供の頃、私たち何かあったのかな?」
そんな質問をされて普通に受け答えできる人はいないだろう。でも、うまい訊き方が見つからなかった。
「変なこと訊くね?…うーん。何かって言われるとよくわからないけど…」
何言ってるんだという風な顔をしながらも答えてくれる。
とんでもない質問のお陰で、自然体になってくれたのはせめてもの救いだった。
「例えば、病気とか…」と助け船を出すと、思い出したように言った
「そういえば、結ちゃんが入院した時は大変だったってヒロが言ってたよ」
やはり、私は入院していた。
でも、それが心残りと何の関係があるのかはわからない。
「お兄ちゃんはそのことについて、何か言ってた?」
「えっと…確か、何があっても守ってやるって約束したんだって言ってたよ」
「なにそれ…」
そんな約束は知らない。覚えていないのではなく、単純に知らない。
「え?ウソだったの?」
私の反応がそう見えたのだろう。
「ああ、いや、何でもない…」
「入院したの、何年前とか言ってた?」
「えっと、確か小学生の頃って言ってた気がするけど。詳しくは聞いてないからわからない」
これで日記の件も解決した。
「ごめん。変なこと聞いて」
「うん…」
自室で一人になると急にぞわっと寒気に似た感覚に襲われた。
入院なんていう、大きな出来事をなぜ忘れてしまったのだろうか?
お兄ちゃんとの約束も全く見に覚えがない。
私がずっと根に持っていた約束は「ずっと一緒に居る」というものだった。もちろん、進路のこともそうだが、もうひとつ、私を怒らせた原因があった。
その約束を兄が忘れていたせいで…
「-あれ…?なんだっけ…」
思わず口にしてしまったほど、突然のことだった。
思い出せない。
先程まであったはずの記憶がウソのように消えたのだ。
「なんで…」
ベッドに尻餅をつくようにして座り込んでしまった。
大事なものが消えてしまったような喪失感に襲われたからだ。
頭で色んなことを考えようとするが、まとまることはない。
「なにがなんだかわかんないよ…」
そう呟くことしかできなかった。
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