2ー5
大会は無事に終わり、肩の荷が降りた感覚だった。
途中で帰ってしまった結は今頃、寮へ戻っている頃だろう。そんなことを想いながら、母の帰宅を待っていた。
「ただいま~」
いつになく上機嫌な母。
見に来れなかった母のため、というのは口実だろうが、結が映像を撮って送っていたらしい。
そのせいで、上機嫌だったようだ。
娘の晴れ舞台なのだから、無理もない。
まして、行事らしい行事に顔を見せることのほうが珍しい親。映像で勇姿が見れるというのは一際嬉しいのだという。
「もっといろんなアングルが欲しいわ~」などと言いながら、二度、三度と映像を再生する。
撮られた身としては恥ずかしくて仕方がない。
父も帰宅早々、その話を聞き、映像に目を通す。
そして、感想を言うのかと思いきや、まさかのダメ出し。
スタートが遅れているだの、持久力がないだの、ここはもっとこうしたほうがいいだのと、素人のくせにうるさい。
自分が博であれば、きっと口に出しているだろう。
そこは結として振る舞う。
こんな時、彼女ならどうするだろうか?
入れ替わってから、そんなことを毎日のように考えて過ごしている。
大体のことはそれらしい答えが見つかるが、日を追うごとに想像の範疇を越えるシチュエーションが増えてくる。
早めに解決させたほうがいいのだが、それはイコールどちらかの命を奪うことを意味する。
そのせいで、なかなか一歩が踏み出せずにいた。
「結、休んでていいのよ?」
考え込んでいると心配されてしまった。
「だ、大丈夫だから」
「こんなに頑張ったんだし、今日くらいゆっくりすればいいのよ~」と動画を印籠みたく見せつける。
「もう、恥ずかしいってばっ」と言いつつ、手伝いを続ける。
大会の話は、食事を始める頃にようやく一段落した。
三人で食卓を囲む。1つ空いた席がいつになく目についた。
近いうちにこの食卓を四人で囲めなくなる。これまで思いもしなかったことが脳裏に浮かんだ。
また表情に出そうで怖い。学校のことを考え、気を紛らす。
「そっか…結も高校生か…」
ぽつり、そう呟く父。
博相手なら、こんなしみじみは言わない。最初の頃は会話しづらくて仕方がなかった。
「早いわね~」
「あの時はどうなるかと思ったけど、無事、大きく育ってくれて本当に良かった」
「そうね~」
あれ?
なにか違和感のようなものを感じた。
あの時ってなんのことだろう?
そんなこと聞くことはできなかった。そんな空気ではなかった。
「あっ!、そういえば、ママ友に連絡したら、映像撮っててくれたみたいなのよ~」
話題を逸らすように母はまた携帯を取り出した。
別の部員の親も撮っていたようで、スタンドからではなく、グランドレベルで撮られたそれは、結の映像よりも鮮明に自分の走りを捉えていた。
これは余計に恥ずかしい。
再び、その話題で盛り上がってしまい、うやむやになってしまったが、自室に戻った後、改めて考える。
何か忘れてはいけないことを忘れている。
思い出そうにも一切手がかりがない。
何かしらのヒントがないものか。結の本棚に目をやる。
漫画や雑誌の類いに陸上関連の本が並ぶ。
「ん?」
これなら、何か分かるかもしれない。
一冊のノートを手に取った。
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