2ー2

翌朝、いつも通りの朝を過ごした。


慌ただしく仕事の準備をして、母と一緒に朝食を食べて、仕事の母に代わり、家事をこなす。


結がしていた日常を今日も営む。



だいぶ遅れて彼が起きてきた。


「おはよう」

「あぁ、おはよう」

その顔は少しだけ浮かない。寝起きの顔と言えば、そうなのかもしれない。


「母さんは…」

「仕事」

「そっか…」

その質問には少し疑問が残る。

彼女は母が仕事で居ないことを知っているはず。つい最近までこの家で生活していたのだから。


些細なことでさえ、引っかかってしまうようになったのは、不可解な出来事が起こってからだ。


朝食を用意し、向き合うように座る。

「そういえば、昨日、なんか言いかけただろ?何だったんだ?


「何でもない…」


「なぁ…こんなことになってんだ…なんかあるなら、言ってくれ。解決するきっかけになるかもしれないんだ」


「うん…」


「あのさ…その…」


「デート…誘われたんだけど…」

その発言は違和感なく、すんなりと耳に入ってきた。ただ、その言葉を口にすると、その意味がよく分かる。

「デート…はっ?で、デート!? いつ、誰に!?」

「中川さんに決まってるじゃん…」と冷静に答える。


「…行くな。お前が行ったら、変なことしかねない」

「だろうと思った。だから、三人でいかないかって、相談したいんだけど…」

急な提案に戸惑った。


「は?三人で?いや、いやいやいや…」

「じゃ、どうすんの?中川さん、楽しみにしてるって言ってたよ?」


そうは言うものの、改めて考えるとそれは何に対しての「楽しみ」なのだろうか?


「それは博という人間とデートすることが、っていう意味なんじゃないのか?」

「それは…どうとも、言えないけど…」と言い淀む。


彼女がどうあれ、自分としては気まずくて話すこともままならないと思う。

「俺はパスする…」

「えっ、じゃあ、私に行けってこと?」

ニヤリとしながら尋ねる。

「いや、それもだめだ。断れ」


「なんで、行きたくないの?」

そう聞かれても困るが、素直に答える。

「見た目は、ほとんど知らない女子とのデートだぞ。嬉しくないだろ」

「でも、中身は博って分かってるし、それに、外見が違うからこそ言えることもあるんじゃないの?」

「そんなの…」


「中川さんのこと、どう思ってるの?」

予想外の問いではあったが、自分がどう思っているかを知ってもらう良い機会だと思い、正直に答える。

「そりゃ、頼りになる奴だとは思ってるし、親友だと思ってる」

「恋愛感情は無いの?」

「そりゃ、まぁ…」

はっきりとは答えられないのは、色々なことを考えてしまうから。

「ねぇ、やっぱり、行こ?」


「そんなに行きたいなら、好きにしろ…。でも、変なことすんなよ…」

「分かってるって…。いいの?行って?」

「あいつが楽しみにしてるなら、断るわけにはいかないだろ?」


いつかは中川と向き合わなければならないと思っている。

でも、こんなことになってしまって、どういう接し方をしたらいいのかが分からなくなった。


この際、妹に任せてしまおうかとも考えたが、でも、入れ替わりを知っている彼女からしたら、複雑な心境に違いない。


しかし、今は向き合える自信がない。


ーーーー


夏休みは後半。


花火大会は二人で行くことになった。


兄は結局、行かないの一点張り。間違いが起きちゃいけないからと強引に来させようとしたが、直前に予定が入ってキャンセルされた。

適当な理由をつけて、途中で二人きりにする計画だったのに。


端から見れば花火デートになる。

相応の格好が…と思ったが、お兄ちゃんは地味なものしか持っていない。

仕方なく、この間買ってもらった服を着ていくことにする。


彼女は浴衣ではないものの、いつもよりおしゃれをして、少し化粧もしていた。

出会ってすぐに謝罪する。

「ごめんね。私で…」

「謝らないで。ヒロの気持ち、なんとなく分かるから」とフォローする。


人混みの中、会場となる河川敷へ向かう。その間、二人の手は繋がれていた。

これはチャンスと言わんばかりに、彼女のほうから手を繋いでほしいと頼んできた。


まだ開始まで時間がある。適当な場所に座り、少し話すことにした。

「そういえば、実家でこんなもの見つけたんだけど…」

「日記?」

「私が書いてたみたいなんだけど、途中でぴたりと止まってるんだよね」


「書いてたみたいって、覚えてないの?」

「うん。書いてた頃のこと、覚えててもいいはずなんだけどね…でも、なんで書くのやめたんだろ?」

「さ、さぁ…なんでだろうね…」

「中川さんに訊いても仕方ないよね~。変なこと言ってごめんね」と話題を変えた。



徐々に空は暗くなり、いよいよ花火大会が始まる。


男女で花火を見ていると、良い感じのムードになりそうなものだが、それぞれが屋台で調達した食べ物を食べるのに夢中になっていて、カップルというよりは、仲の良い友達か、きょうだいに見られたことだろう。

いよいよ佳境、というところで、彼女が改まって話を切り出した。


「結ちゃんじゃなかったら、誘えてなかったと思う」


「えっ?あっ、そうなんだ…。でも、ごめんね…お兄ちゃん連れて来れなくて」

「うんん。こうして、ヒロと来れてるんだもん。入れ替わってなかったら、絶対こんなシチュエーション無かったし」

「でも、本音はお兄ちゃんがよかったでしょ?」

その問いに彼女は割りきったように答える。

「中身が結ちゃんだから、話せることもあるし…たぶん、目の前にしたら、複雑すぎてまともに話もできないだろうからさ。むしろ、これでよかったんじゃないかって思う」


「でも、本人がいなきゃ何にもならないでしょ」


「今年がラストチャンスかな…なんて思いながら、結ちゃんだって分かってるのに言いたいこと言えないや…」

彼女は少し悲しそうな顔をしていたと思う。


「ラストチャンス?」


「卒業したら、一緒に何かするっていうことも無くなっちゃうと思うから…」


「そっか…」

少しの沈黙の後、急に改まり、こちらを向くよう座り直して口を開いた。

「あの…本当はね。…ヒロのこと…その…す…す、好きなのっ、って伝えたかったんだけど、難しいね~」

好きの言葉が口から出た途端、早口になる。

お茶を濁されたものの、告白されたも同然。

突然のことにしてしまう。

「わっ、えっ、あっ…そ、その…」

「結ちゃんには伝えておこうかなって思って…。で、でも、ヒロには内緒にしてね…」


「も、もちろん。…薄々、分かってたけど、改めて聞くと、びっくりする…」

「ごめん…」

それから、二人とも黙り込んでしまった。


こういう時は男のほうから切り出した方がいいんだろうが、いざそういう場面に出くわすと言葉が出てこない。

夜空に瞬く花火を眺めるばかりで、そのまま時間は過ぎて行く。


最後のプログラムを伝えるアナウンスが流れる頃、口を開いたのは彼女だった。

「あ、あのさ、今度は三人でどこか行きたいね」

ぽつり呟くように言う。やはり、彼に会いたいのだろう。

「どうにかして来てもらえるように頑張るからっ」

「うん」と返事をするだけだった。


そのまま家まで送って、帰ってくると兄が待っていた。

「なにもしてないだろうな?」

「してないしっ。というか、お兄ちゃんも来ればよかったのに…」

「今はいいよ…」


入れ替わりをどうにかしてからの話だ

とでも言いたいのだろう。


本当の姿で向き合うことが望ましいのは分かる。

しかし、入れ替わりが解決した時、何が起きるのかを考えると、今向き合ったほうがいいこともあるのではないかと思った。

でも、彼にその考えを伝えることはできなかった。軽々と死んじゃうかもしれないんだからとは言えなかったし、言いたくも無かった。


話しておきたいこと、相談したいことがまだ山ほどあるのだが、帰省期間は少なくなってきていた。












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