1ー2 二人の距離
「じゃあね~」
妹と話していたのだが、叶に一方的に切られた。
「お、おう…」
突然の出来事に呆気にとられて、数秒間固まる。とりあえず、妹との和解ができてよかった。
彼女の方から歩み寄ってくるとすれば、誰かの力を借りることは分かっていたため、僕の方からきっかけを作るタイミングを探していたところだった。
結果的に先を越され、叶に申し訳なく思った。
妹は昔から頑固で、その上、素直に相手とやりとりすることが苦手だった。
友達との喧嘩が絶えなかった。そんな時、いつも叶が助けてくれていた。
その都度、「叶に面倒をかけるな」と注意をしてきたのだが、今日まで変化の兆しはない。
妹のことについて、いろいろと考えていると部活の仲間に呼ばれた。
もう部活の集合時間のようだ。
気持ちを切り替えて部活動に励む。昨日よりかは集中できた。
大会に向けて今日から、コンディションを整えるために過度な練習は避ける。とはいえ、決して楽ではない。
早めに切り上げて、他の部員の練習をストレッチしながら眺めていた。ふと忘れ物を思い出し、汗だくのまま教室に向かう。
すっかり陽が傾いた廊下を早足で行く。自分の教室には明かりが灯っており、まだ残っている生徒の話し声が聞こえてきた。
「ユキってさ、なんか暗いよねー」
「そうだよねー」
「そういえば、あいつコウキと付き合ってるらしいよ」
「マジ?うける!全然想像できないんですけどー。どうせ噂でしょ?」
「デートしてるとこ、ミキが見たんだって!」
「マジ?それ笑い事じゃないじゃん!どういう経緯なの?」
「分かんないけど、明らかに付き合ってる感じだったらしいよ」
「嘘!明日問い詰めよ」
「そう言うと思ったけど、やめとこうよ」
「だって、気になるじゃん!」
ありがちな放課後の会話。完全アウェーな雰囲気に、忘れ物などどうでもよくなってくる。
結局、何もせずに部活へ戻り、池永に頼まれた後片付けをして寮に帰った。
風呂に入り、自室に戻る。
スマホに着信があることに気づいた。妹からだったため、すぐにかけ直した。
学校を望む西向きの部屋の窓際で通話する。日の入り前であれば、夕陽が直に入り込み眩しいくらいに明るい。
「なんだよ?」
自然な感じで話してみる。
「あの、今日はごめん…」
「いや、別に…。それよりお前、また叶に頼っただろ!」
とりあえず、妹に言っておきたかった。
「ごめん……そんなつもりなかったんだけど…」と、反省しているようだった。
「あんま、あいつに迷惑掛けんなよ?」
「うん…」
「それより、今日も一人か?」
「二人とも忙しいみたいでさ」
うんざりしたような口振りだ。
「そっか…なんか、すまんな」
前も謝っていた気がする。
「な、なんで謝るの?」と少し戸惑っているようだった。前の時の反応とまるで違う。
「いや、俺が家から通えば寂しい思いしなくて済んだだろ」
自分でも恥ずかしい言葉とは分かりつつ、この言葉を選んだ。
「さ、寂しいわけないでしょ!子供じゃないんだから!むしろ一人暮らししてるみたいで楽しいし!というか、お兄ちゃんは居ても居なくても一緒だし!」
強い口調で矢継ぎ早に否定される。最後の言葉に傷つきつつ、普通に会話を続けた。
「そうか…なら良かった。で、何で電話したんだ?」
「いや……いきなりあんな電話しちゃったから、謝ろうと思って…」
「別に気にしてないし、謝る必要なんてないから」
「うん……」
少し気まずそうに返事をした。
「あっ、コンロ付けてるから切るね」
「あぁ、じゃあな」
電話は向こうから切られた。
晩御飯を食べて部屋に戻り、ベットに腰掛けてストレッチをしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアといっても古い木製の引き戸。加減を間違えるとガタガタと響き、結構うるさい。
「ヒロ、居る?」
この声は中川だ。僕の古くからの友達である。
引き戸を開けて、返事をする。
「なんだ?」
彼女はベージュのワンピースを身にまとっている。僕にとっては見慣れた服装だが、通りすがる寮の男子たちは興味ありげな目線を送る。
ここの女子の私服はジャージやTシャツ短パンが主流で、女の子らしい格好は珍しい。
「今、大丈夫かな?」
申し訳なさそうに訊く。
「別に良いけど、ここじゃ何だからリビング行くか?」
周りが気になって仕方ない。
ふと右を向けば、事務室のカウンターがあり、立派な髭を蓄えた厳つい寮長が胸ポケットからシガレット型の菓子を取り出し、咥えながらこちらを眺めている。ニヤニヤしながら、顎で「(部屋に)入れちゃえよ!」というジェスチャーを送っている。
そして、左を向けばリビングがあり、食事担当の40代のおばちゃんと30代の女性の教頭がお茶しながら、こちらの様子をうかがっている。
二人とも目が合うとおばちゃんは険しい顔で無反応だが、教頭は満面の笑みで首を横に振る。
規則を大事にする二人なだけに、今の状態は結構まずい。
僕は部屋から出て、広いリビングの隅で話を続ける。まだ、女性二人組に目を付けられている。
「それで、なんの話だっけ?」
「これ、教えてほしいなぁって…」胸に抱くように持っていたノートとプリントを差し出す。それは明日が期限の宿題だ。彼女の苦手な歴史である。
「ヒロは終わらせてるよね?」とそれが当然と言わんばかりの言い回しだった。
「あ、それ…教室にあるわ…忘れてた」
夕方に取り損ねた忘れ物が、それである。
「えっ!やってないの?珍しいね?」
驚いた顔を浮かべる。
「考え事してたから、すっかり……」
「大会近いもんね?…はぁ、そっか~どうしよ…」と、困ったようにする。それ以上にしょんぼりしているのは何故だろうか。
「まぁ、そこは覚えてるから教えるよ」
とりあえず、分かるところだけは教えてあげることにした。
「本当?ありがと」
今度は嬉しそうにする。
小学生の頃から分からないことがあれば、互いに教え合うのが日課となっている。まさか、高校生になってもそれが続いているとは思いもしなかった。
「お!お前たち、宿題は済んでるか?」
突然、歴史の先生が入ってきて覗いてきた。教えているのをバレてしまった。
「こら、今やんなよ~ 教える余裕があるってことは済んだんだろうな…?」
「あ、あの…それがですね……教室に忘れたんですが……」
助けを乞うように報告する。
「それは別に問題ない。一限目までに終わらせれば良いことさ」
「いや、朝練があるんですが…」
「ん?無理なのか?なら、しょうがない。居残りだな~」
「わかりました!やります!」
「じゃ、二人とも頑張ってね~。あんまり夜更かしするなよ」と去っていこうとしたが、別の生徒を見つけて絡み始めた。
男っぽい性格で、一部の生徒から姉貴と呼ばれている。こうして寮にも顔を出すほど、面倒見が良い。生徒からの人気も高い。
課題が終わり別れる。部屋に戻ろうとしていたところ、寮長が声をかけてきた。
「なんで、部屋に連れ込まなかったんだよ~」
「いや、あの状況はまずいですよ。というか、そんなつもり一切無いですから」
「ちぇっ、つまんねぇな~。まっいいや、おつかれ」
「おやすみなさい」
部屋に帰り、スマホの目覚ましを設定して寝た。
その夜、夢を見た。
大きな砂時計を抱えた少女が、その中の砂を別の砂時計に移していた。
ただ、その光景が永遠と続く。
その時、全身に激痛が走り、堪らず声を上げた。
「わ!痛ぁっ!!!」
飛び起きると朝だった。
窓から差し込む朝日。
鳴り始めた目覚まし時計。
そして、胸部の違和感。
辺りを見回して戸惑う。
ここ、僕の部屋じゃない……。
何がどうなっているのか分からなかった。
ーーー
「ただいま…」
返事は無い。いつものことだから何も感じない。
当たり前のように薄暗い部屋の電気を付けて、リビングのソファに荷物を放り、服を脱ぎ捨てた。
自然と出た鼻歌。
一昔前に流行ったドラマの主題歌。
陸上選手が主役の物語で、陸上に打ち込んでいた私たちは夢中で見ていた。
部屋着に着替えてから、料理を作りながら、兄に電話を掛けて、ひとり食卓で食べながら電話で話したことを振り返る。
ふと、思い出す約束のこと。
確か、そのドラマを見て、一緒の学校入って、同じ陸上部に入ろうね…と約束を交わした。
そんな風に小さな頃から数え切れないほどの約束を交わしてきた私。
中でも一番大切な約束があった。
正確にはあったような気がする。
いつ、どんな形で交わしたのかは忘れてしまったけれど、遠い遠い昔の記憶。
病室のベットで横になっている私に、彼は言った。
-お前のこと…ぜったい一人にしない…
私は微笑みながら言葉を返す。
約束だよ…と。
いつの間にか、寝てしまっていたようだ。
身体を起こし、当たりを見回す。何度も何度も。しかし、目の前の光景に頭は混乱するばかり。
食卓で食事をしていたはずなのに、ベットに寝ている。
あれ…?ここ…どこ…?
部屋を見渡し、ふと鏡に自分の姿が映った途端、声が出た。
「え……」
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