21 どっっかーーーんと離れた普通

 このエッセイを読まれてる方の中に、げんかつぎをされている方はいますでしょうか。

 たとえば~寺のお守りを持っている、毎年年始は~神社やお寺に初詣へ行っておみくじを引く、熊手やお札、破魔矢といったもの、あるいは大きなところで言うと四国でお遍路といった行動まで。

 ちょっと験かつぎとは違うけれど、クリスチャンならミサに行くとかもあるかもしれませんね。


 学生時代、宗教的な勉強(主に仏教)をしてきた経験はあれど、神様はいるかもしれない、けど個人を助けてくれるような存在ではないなあ…という考えのマサキチにも、験かつぎ的アイテムがひとつだけあったりします。


 安倍晴明あべのせいめい 神社のお守り。


 そう、かつて2まで制作された陰陽師の映画で有名になり、2年ほど前には劇中曲を使ったフィギュアスケーターの羽生結弦氏の演技でそれ以上に話題となった、安倍晴明をまつる京都にある神社のものです。


 普段はほぼ忘れているし、特別何かお願いするわけでも、すがる気持ちもないというのに、これだけはないと落ち着かず、常に財布の中に入れていたりします。

 一度落とした時なんて、仕事の状況とか、あまりにもツイてない状態が重なっていたこともあってなんかもうパニックで。

 今週…は無理だけど来週末にでも、何が何でも京都に行って買ってくるしかあるまい!そう思っていたところ、あまりのうろたえぶりに関西方面へと出張の用事があった(多分作ってくれたのだと思うが)身内が買ってきてくれて、泣けるほど嬉しかった…そんな思い出のあるお守り。


 今回はそのお守り…ではなく、そのお守りを持つきっかけとなった安倍晴明社での、宮司さんによる占いのお話をひとつ。


 占い。

 男女問わず好きな方は本当に好きというのを耳にするけど、マサキチはあんま興味ない派。

 星座占いや血液型に関しては雑誌に載ってたりテレビでやっててもさほど頭に残らないし、朝の貴重なひとときに星占いなんて見てしまい、その日が最下位だったりすると1日へこたれるような気がするので、まず6位以下なら見ないし、万一目にしても内容はぽーんと忘れる人間で。

 大体、ラッキーアイテム:紫のハンカチだのピンクの財布だのって、そもそもないよねって思うものも多いし。色なんか限定せずに普通にハンカチだとか、ボールペンとかお茶とかコピー用紙とか、なんかもう少し仕事や作業に身近なものにしてくれればいいのに。うん、その占い師が満員電車や交通渋滞にはまるような、サラリーマンじゃないってことだけはわかるなって感じ。

 じゃあなぜ、そんな興味ないマサキチが占いをやってみようと思ったのか。


 その当時、仏教的な勉強をしていたこともあり、地獄絵図やら妖怪画、陰陽道にもとても興味が向いてたんですね。古典や古文も読んでいたので、その中にも時折出てきた安倍晴明の話も面白かったし、マンガや小説で取り上げられることも多く、勿論怪異や不思議なものに敏感な厨二病的思い、そしてオタクっ気があったことも否定しません。そういうの総合しての憧れもあったし。

 更にその当時、安部晴明社の占いがとても良く当たる…よりも「面白い」という評判があったので、それならば記念にやってみたいぞ!と思い立ったのがきっかけです。

 当たる、よりも面白い、に惹かれるってのが、今も昔もマサキチの変わらぬところだなあ…。


 実を言うとマサキチ、占いに興味がないというのは、星座と血液型以外のもの…生年月日やら画数やら星数みたいなものでやると、もう百発百中とても強い運勢と出るので面白くない、ということにも理由がありました。

 元来が楽天的だし、ツイてない時はあれど、特別自分のことを運が悪いとも思ってない。そんなマサキチは生年月日すべてが奇数で、ひとつの数字が余る以外はゾロ目の組み合わせで。

 まじりっけなしの奇数(誕生日なので混ざりようもないが)、挙句ゾロ目。それって相当強いんでっせー、と、たとえゲーセンのワンコインで占おうが、対人だろうが必ず言われるので実を言うとマサキチ、代わり映えなくてつまらん、特別恩恵も受けてないのに皆同じこと言うし。だからやらん!というのが根底にありました。


 さあ、そんな面白いという噂の占いですが。

 まず、マサキチの行った当時は今の綺麗になった晴明社ではなく(現在は神社の敷地内にミニ一条戻り橋なんかできてたり、グッズ売り場があったりします。そして覚えてないけど、なんか真新しい妖怪系の石像なども)もっと古い感じの観光客なんてほとんど見かけることはないようなところで、あれはあれで静かなる趣がありました。

 占いは社務所でやっている、とのことで…鳥居をくぐり禊とお参りを済ませ、いざ!

 …とはいえ、閉ざされた戸口を前にして、勝手に入っていっていいものか…と、なかなか勇気が沸きません。本当にやってもらえるのかなあ、ここで合ってるのかなあ…とキョロキョロウロウロちらちら。

 と、そんなマサキチの前に近所のおばさんらしき人が現れて、当然のようにガラガラッと扉を開け。

「こーんにーちはー、今日も(占い)お願いしに来たよーう!」

 …え?そんなんでいいの?

 俄然勇気づけられた。

 2番手にはなってしまったものの、おばさんに続き、出てきた方にお願いして占ってもらえることになりました。


 前に占ってもらっていた人が出てくると、白菜食べてくださいねーと宮司さんに渡していた。

 マサキチ、何も納める(?)ようなものを持ってきていないけどいいのだろうか…。戸惑いが見て取れたのか

「ああ、うちご近所やし気にせんといて」

 そんな言葉を残し、おばちゃんは帰って行った。

 待つことしばらく。

 宮司さんの案内により四畳半くらいの小さな部屋に通されて、文机を挟んだ姿勢で占いが始まった。


 旧方角の刷られた和紙を一枚取り出した宮司さんに名前を聞かれるが、それは記さず、生年月日のみを和紙にさらさらと書きとめている。

「で、何が知りたいの?」

 さばさばというかフランクというか、余計な言葉がないのにとても好感度が上がる。お喋りじゃないと、気持ちをうまく引き出してもらえないし気詰まりという人もいるかもしれないけれど、マサキチはわかりやすく短い言葉でスパッと結論が好きなのだ。

 当時マサキチは仕事などの傍らであっても、やりたいことをこのまま目指して行っていいものなのか、それとも諦めるべきなのかとても迷っていた。

「なりたいものがあります。自分がそれを目指して行っていいものなのかを見てください」

 うん、と頷いた宮司さん、ふむ、ふむ、うん、うむ…

 口を閉じたまま唸るようにして、筆でなにやら紙に書き付けていく。パタリと筆を置いて。

「うん、この生まれだから性格的にもそうだしずばり言うけど」

 マサキチ、名前と生年月日以外ほとんど何も言ってないが、生まれで性格もわかるものなのか…。

 まあ、当たってるけど。

「君、全然目指していいよ。むしろ合ってるね。それ以外はあんま向いてない」

「そうですか!」

 まだ目指している段階で、成功するのかもわからないことに対してのその言葉は嬉しかったものの、それ以外向いてないってのもちょっと切ないなと複雑な気持ち。

「でもね、君がもし普通の人として生きたいとか(…?)、例えば隣人に見るような(この場合はマサキチにとっての友人や知り合いや仕事仲間だったりのことのよう)普通の家庭を持ちたいだとか、人と同じか横並びの同列的な普通の幸せが欲しいって言うならね」

 思い出しながら書いているもので、その言葉まんまではないけれど「普通の」ってことを何回も言われた。しかもマサキチにはあくまでその「普通の」は当てはまらないって前提で。

 …これでも普通…のつもりなんだけど。

 まあ、人と横並びの同列的な普通の幸せってのはちょっと全然わかんないけど。


「それって君の願うものとは」

 宮司さん、両手のひらを合わせる。

 お経でも唱えるのかな、そう思ったら

「どっ」

どっ?

 そんな一言を口にした宮司さん、合わせた手のひらを手首を合わせたままぱかっと開く。

「っっっっっっっっかーんと離れてくから」

 そのままの勢いで腕を動かして、頭の上にY字…いやあれはCとそれを反転させて左につけたような、ばってんとしてのXじゃない、丸っこいやつを描くみたいな動きだった…。つまりはもう交わることのない距離にあるって状態を示しているんだって、それはもう説明されずともしみじみわかる感じで。

「絶対に両方は取れない」

 どちらかしか選べない、それでもいいかな?そんな目でマサキチを見返してきた。


 占いって普通、あんまり絶対とか断言するような言葉を使わないものだと思ってたけど、いいことばっかり言われても困るタイプだし、こういうのならアリだな。

 というか、そう言われて悩んでたこともののすべてが腑に落ち、すとんと納得する自分がいた。

 それなら、選ぶものなんてとうに決まっているし。

「それは、どうしてもですか?」

 全然絶望感などなく、すっきりした気分で笑いながら聞いてみたけど、宮司さんは曖昧なことなど何一つ言わず、どうしてもだね、と言う代わりにどっっかーんと再び手だけで示してくれる。


 そうか、マサキチの人生はどっかーんなのだ。

 やりたいことが一本なら、手に入らないもう片方にあったかもしれないものを思い煩う必要もないんだなあと、あれ以来、あまり後ろ向きにならなくなった気がする。

 つーか、むしろ前向きすぎて周囲には呆れられる。


 憑き物が落ちるというのはこういうことを言うのかな、と思いながら占料を払い、玄関を出よう…としたら、観光客ではなく、なんかご近所のおばさま方数人が宮司さんの占いを待っていた。

 はあ、こんなに人気があるんだなあ、さすがは晴明社。

 感心しながら靴を履いていると、玄関がガラリ。

「あら、今日はこんなに待ってるのね。後でやってもらうけど、その前に白菜置いてくから(宮司さん)食べてねー」

 既にマサキチの後の人が占い中だというのに、奥に向かって気安い口調で声をかけていく。

 あの日だけのことかもしれないけれど、晴明社の周りに暮らす人たちは、どうやら白菜ブームだったらしい。


 今もやっているのかなあ…。きっと訪れる人が多すぎて、やっていても予約制なんだろうな。


 あれから何度も迷ったり悩んだり、壁にぶち当たったり遠回りしたり…で、いまだにマサキチは宮司さんの言っていた横並びはおろか、なりたいものさえ摑めてはいないけれど。

 今もあの時の宮司さんのフリを思い出すと、とても元気になる。


 以来、マサキチは安倍晴明社のお守りを持つようになった。

 特別何かを願うわけでもないけれど。

 お守りを通して、あの日のどっっかーんの言葉がお守りになっているのかもしれないと、そんなことを思う。

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