18 スキージャンプ台、怖っ

 ウィンタースポーツの代名詞といえば?

 そう尋ねられたなら、スキー、スケート、そり(?)などなど…やったことがあろうがなかろうが、たとえスポーツ嫌いであっても、皆さんそれぞれに挙げられるんじゃないかと思います。

 冬季オリンピックも同様に、会期中は夜のニュースなんかでどのチャンネルでも結果放送があり、たとえまったく興味のない方でも耳に入ってきますよね。

 今回は、かつて長野で開催された冬季オリンピック時には、日本勢がとんでもなくメダルを取ったとかで話題になった、『ジャンプ台』の話です。


 かつて東京から新潟に嫁いだ友人のところに、1年に1、2回、遊びに行ってました。

 今は畳んでしまったけれど、友人が嫁いだ先は小さな温泉旅館。その辺りは結構大きな旅館などもある温泉街というか、そういうところでした。

 人も東京ほどいないから、そこそこ顔は覚えるし浅い付き合いはあっても、やはり周囲はライバルでもあるので、なかなか本音は漏らせないようで。

 時々顔出して、友人のちょっとした愚痴なんかを聞けたらストレスも軽くなるかなと、マサキチはそんな感じでノコノコと訪ねておりました。


 あれは、このエッセイではおなじみの、ファイト一発な友人と遊びに行った時。

 マサキチを入れて3人とも、学生時代からの友人のため、喋りたければ勝手に喋ってるし、近所を散歩しに出かけたりと、特別どこかに行くわけでもなく、のんびりだらだらを満喫してました。

 既に何度も来ているし、辺りの目ぼしい観光スポット的なところは、ほぼクリアしてましたしね。


 マサキチは一見シャキーンとしたヤツのように見られがちですが、実際は自他共に認めるボケ。かなりのほほんとしてる人間です。

 ですが友人含めて皆東京出身、もしくは育ちなもんで、地方に比べるとやっぱり普段はせかせかした生活だから、何もしないって結構貴重なんですよね。

 けれど、地元で生きてきた旦那としては、わざわざ来てるんだからどっか遊びに行ったらいいのに、つまんなくないの?って気持ちがあったようで。

「結構この辺りは見たと思うけど、せっかく来たんだし、今日は面白いところに連れて行ってあげるよ」

 普段は強面に見える表情をニコニコさせて、そんなことを言ってきました。

 思えばその笑みが、ちょっとしたいたずらというか、底知れぬものを含んでいたとも知らずに…。


 マサキチもファイト一発の友人も、大概はどうしても行きたい一箇所のためだけに旅先を決め、他に関しては「へえ、こんなところもあるのか」「ここ面白そう」なんて、行った先でガイドブックを眺めたり話を聞いたり、ミステリースポットのような変わった項目はないかといじりまくったカーナビ任せにしたりと、かなりその日次第の気まぐれタイプ。

 結婚式でも会っているし、友人を何度も訪ねるうちに必然的に旦那とも仲良くなっているし、そんなに気を遣わんでもいいのに…という心境ではあったものの、いわゆる‶義〟だけは欠いちゃなんねえっていう、妙に江戸っ子気質なところがありまして。

 他のお客さんは…その日の夕方に来るんだったか、それともその日帰ったから貸切状態だったかは忘れてしまったけれど、忙しい中、わざわざ申し出てくれたんだし、その面白いところってのに連れて行ってもらおう、そういうことになりました。

「味わったことない感覚だよー、絶対楽しいよー。俺も昔やってたしね。この時期はグラススキーになってるんだけどさ」

 現地までドライブする間、ずっとそんなことをいい続けていた旦那。

 連れて行かれたのは、長野は白馬にある『スキージャンプ台』。

 夏だったので当然雪なんてものはないけれど、冬はスキー場となる以外の場所は林立する木々に囲まれ、どーんと開けた視界はものすごく気持ちいい。

「芝じゃなくて、グラススキーって、ビニールみたいなのが張ってあるところでやるんだ」

 スキー場部分は、生えそろってない(枯れちゃった?)芝の上に、ああいうのってなんて言えばいいんだろうか…金網状の、隙間がある緑色のプラスチックシートっていうかロールっていうか…そういうのが張ってある。

「土だと滑らないからね」

 そんなことを言いつつ、楽しげにジャンプ台の足元近くまでずんずんと歩いて行く旦那。

 いつになく楽しそうだな。

 そんなことを思いながらのこのこついて行って、至近距離で下から見るジャンプ台は…なんというか、壮絶にでかい。

「うひゃー、大きいなあ」

「こんなところから降りてくるなんて…」

 そんなことを言い合ううちに、シャーッという音とともにジャンプ台から人が…人が飛び出して来る。

「うひょー!」

「すごいすごい」

 聞けば雪の季節だけじゃなく、選手や候補者たちの練習として夏も使われているという。

 そうこうしているうちに、あれよあれよとジャンプ台下へ。


「エレベーターに乗って、少し歩くとノーマルヒル、もう少し上がったところがラージヒルだから。一番上まで行っておいで!」

 いつの間にか観光客に見学を開放しているジャンプ台に、マサキチと友人が上ることになっていた…。

「近くで買い物してるから、終わったら迎えに来るから連絡してー」

 そうして2人ぽつねんと、広大なジャンプ台前(下)に取り残される。

「なんだか知らないけど、行くことになってるよ。どうする?」

「どんなところかっての、興味なくはないが…」

 首をずいーっと上にめぐらせれば、ワイヤーフレームのごとき壮大なジャンプ台。

「うん、とりあえずまあ行ってみるか」

「だね」

 こんな形のなし崩しでの冒険は初めてではあるものの、やはり相変わらず好奇心には勝てず。

 2人してエレベーターホールに踏み込んで行く。


 エレベーターといっても、通常は選手たちがスキー板を抱えて乗るようなものなのでとにかく広い。そして単なる箱ではなく、格子状に組まれた業務用のそれといった感じ。

 動きもスーっとなめらかではなく、もしかして、エレベーターというもの自体が誕生した頃はこんな感じだったんじゃないだろうか…上昇時にはコイル状になったねじに沿って、ぎりぎりと上がっていくような、かなり重くて不安定なイメージ。

 エレベーターの床が、一瞬行き過ぎたように浮き上がってから沈んで、がしょーん、と派手な金属音と共に、まずはノーマルヒルの近くへと到着。短い廊下を抜け、階段を歩き始めて少しした時に2人して気づいた。

「…あ、ダメだこれ。下見ちゃあかんやつだ」

「と言っても…どこ見てたって同じだよ」

 何がって、積もった雪を落とすためなんだろうけれど…細かな金網の金属板でできた床下が…とにかくスケスケなんだよー!

 言うなれば、歩くたび真下に林立する木が足元からはるか彼方へ遠ざかっていくのをひたすら眺める状態。

 同様に金属パイプ的なものを組んで作られてる手すりも、滑って転んだからといって人が落下するような幅なんかないし、ちょっとその辺りの記憶は曖昧で、床と同じく金属板が張ってあったかもしれないけど…やっぱりスケスケ。その上、風も強い。よけるとこなんてないからね。


「ずっと自分、高所恐怖症なんかじゃないと思ってたけど」

「さすがにこりゃ来るわあ…」

「それにしても、これ少し歩けば、かあ?」

「大分頑張ってきたよね!?」

 マサキチとファイトな友人、身体は丈夫でも心の奥底から這い上がってくる恐怖感で膝が笑って動けなくなった。貧血状態っていうか、すーっと気が遠くなっていく感覚って、本当にあるもんなんだなぁ。

 歯の根も合わず、あんな本気でがちがちした経験なんて今までなかったよ…。

 しばしの間、手すりにしがみついて白馬の街を見下ろしながらガクガクブルブルと震えていた。

 誰かが来てすれ違おうとしても、あの時は絶対に無理だったろう…。


 どのくらい経った頃か。多分数分もなかっただろうけれど、風に吹かれるうちに少しだけ落ち着いて来た。

「(旦那)こうなるって絶対わかっててやったよなあ…」

「うん」

 なんて口にしてはみたけれど、特別意地悪な人ではないので、ちょいと楽しませて(楽しんで?)やろうってサービス精神から出てきたことには違いない。

 引き返すならば『やっぱダメだったかあ』とカラカラ笑われ、ラージヒルにたどり着いたところで、2人とも正直なもんだから『怖いもんは怖い』の感想を言っても、そうだよなあと笑われるだろう。

 そう、同じ笑われるなら…。

「行こう。このまま頂点を見ずしては帰れん」

「その通りだ」

 プライドなんて美しいものではなく、ここまで来たなら拝んでゆかねば悔やまれる。これほどすごい先に何があるのかを見たい!そんな一心で男らしい決断で再び歩き出す。

「とはいえ、怖いいい」

「選手すげえええ」

 人がいないのをいいことに、意味のない言葉を口にしながら上がっていく。


 ジャンプ台は恐らく、ひとつひとつの階段が急にならないよう、少し上がっては渡り廊下みたいなフロア、そして向こう側にまた階段、といった具合に平らなところと階段が組み合わさっていた。

 ズバッ、バシャーといった音がかなり近くで聞こえるようになり(グラススキーのジャンプ台は、板の摩擦を少なくするために水を流している)、あと少しでノーマルヒルのコースだ!という廊下フロアに上がった時、中年女性と母親らしきおばあちゃんが、手すりにしがみつくようにして震えていた。

 どうやらここまで来て動けなくなってしまったらしい。

「まだこれ、あるんですかねえ?」

 下から上がってきたマサキチと友人に答えられようもないが…あんなに怖がっていてはもう、上がっていくにも相当な勇気がいるはず。

 もっとも、下がるのだって同じだけど…

「多分。でも、無理はしない方がいいと思いますよ」

 ありがとうございます、そんな声を背に歩き、階段を上っていくと…。

 ぱかーんと開けた視界の先に、スキー板が滑っていく二本の溝が掘られたノーマルヒルのコース!

 マサキチと友人の後から来た選手らしき人が、コースに降り、腰の辺りにあるバーを後ろ手に摑むと、ブランコを揺らすように少し反動をつけて斜面を滑り降りて行った。

 その間、計ってないけど…ホントに数秒。


グッ(引き付けてる)

ドン(反動で飛び出す)

ジャーーーーッ(斜面)、

すぐにバーン(と飛び出す)。

※早口ではなく、普段話している速度くらいで音読してもらえたらぴったりくらい?かもしれません。


「早っ」

「てか、白馬まで飛び上がって(見え)る!!」

 まさに彼方にちらりと見えている街に目掛け、一直線に降りてってそこからびょーんって飛び出してくんですよ。

カメラマンでもなければあんな角度から見られるものではないし、さらに画角で切り取られたような狭いスペースではなく、パノラマ状態の景色の中、人がジャンプしてるなんて…そうそうありませんよ。

 さっきまでの恐怖も忘れてマサキチと友人、大興奮。

「これならラージヒルも行ける!」

「行ける!」

 いや、別に降りるわけじゃなく、見に行くだけなんですが…

 そのまま勢いづきどんどんと上を目指し、とうとうラージヒルへとたどり着いたマサキチと友人。

(ノーマルヒルにもいたけれど、選手を見守るコーチかコース係員かはわからないけれど、なおじさんの好奇の視線を浴びながら)先ほどよりも高くなったところで快哉かいさいを叫び。

 当然ながらジャンプ選手じゃないので近道や帰るための道はなく…帰路は元来た道を引き返して戻ったのでした。


 不思議と帰りは恐怖感なかったなあ…。

 あ、おばあちゃんたちともすれ違うことはありませんでした。


「どうだったー?楽しかったでしょー?」

「こわかった!」

「かぜつよかった」

「すごかった」

「でも、うえまでいった!」

 迎えに来た車の中、なんだか子どものような言葉しか出てこず、すさまじく乏しい語彙で感想を言った気がする。

 そして、ひどく上機嫌な旦那を尻目に友人がそっと

「あの人、昔(ジャンプの)強化選手やってたんだって(だから全然怖がらないし、最高に楽しいものだと思ってる)」

 と耳打ちしてくれました。

 

…そういうことは早く言ってくれ…。

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