11 ゼロ磁場

 ご存じとは思いますが、地球は巨大な磁石と言っても過言ではないほど、磁力に満ちています。富士の樹海では効かないところもあるというのは有名ですが、方位磁石は基本的にN極が北を示すってことを例に挙げると、わかりやすいのではないかと思います。

 小学生のお道具箱なんかには、片っぽが赤く塗られている磁石が必ず入っていて、砂場で砂鉄をくっつけてはしゃいだ記憶があるってアレ(いまどきの小学生はそういうのないのかもしれませんが)。

 長野にある分杭ぶんぐい峠は、そんな磁場がゼロというパワースポット。方位磁針が北を示さないとか、体が痛いと言っていた人の痛みが取れたとか和らいだとか、そんな不思議な話が伝わるところです。


 そりゃあもう、プチミステリーハンターとしてはぜひとも行ってみなければ!

 そんなこんなで今回も当然、ファイト一発な友人と共に出かけました。


 車を下りて駐車場の坂道を登っていくと、レジャーシートを敷いて道路脇に座っている人や、小さな折りたたみ椅子持参で藪の途切れたへこみにちんまりと収まっている人、至るところにちらほらと人影がある…。

 それだけでもう、なんかわくわくしますよ。やっぱ特別な場所なんかなーって。

 このためだけに2人して、遠い昔に手放した(捨てた?失くした?)方位磁石までわざわざ仕入れてきたんですからね。否応なしに期待も高まるってもんです。

 けどこのゼロ磁場、テレビか何かで特集されたのかな?

 最近では週末ともなると1000人くらいが訪れる場所になっているそうですが、マサキチと友人が行った時は20人もいなかった感じです。毎度毎度呆れるほど運のいいことだ…。


 駐車場の坂を上がり、少し歩いたところにある湧水にはポリタンクを持った人や、小さいペットボトル持参の人が水を汲んでいる。

 聞けばふもと辺りではゼロ水とかって名前で売り出したりしているものだとか。痛みが消えたり、足を引きずって歩いていた人がしゃんと歩けるようになったり、さまざまな奇跡を起こしてきたすごい水なんだとか。

 そんな力を持ったものなら是非とも体験せねば!マサキチと友人、早速持っていたお茶のボトルを空にして真似してみる。

 その場で飲むも…

「…水だねえ」

「普通の水だ」

 他の人に聞こえないよう、そっと囁いていた。

 身体が軽くなった!とか、痛いところなくなった!なんてことはまったくなく。

「うちら元気すぎるんだろうか」

「いやそれよりも単なる馬鹿ってやつかも」

 効能、効果なんてマサキチと友人には無意味だった模様…。


 道なりにちょっと林の奥へと分け入って行けば、少し開けた斜面にも座っている人たちがちらほらと現れる。

「この辺りが一番影響大きいらしいね」

 二人してしばしぼーっとつっ立ってみる。

「…」

「……」

「…何も来ないねえ」

「自分が鈍いだけかも」

 自慢じゃないけど、霊感ももんのすごく強いオーラなんてのもない、ごくごくフツーの人間ゆえか…2人とも何ひとつ影響を感じられません。

「もっとふわあああって何かが(降りて)来るような気がしてたんだけどな」

 それは期待しすぎというものだ。

 まあそれは、霊験あらたかとか開運スポットとか、そういう場所ではないので当然だったんですけどね。

 なんとなくペットボトルの水を飲んでいた。

「水だし」

「普通の水だよね」

 やっぱりどうあっても効能、ゼロのようです。


 ここでマサキチと友人、いそいそと方位磁石を取り出してみる。だって何が楽しみだったって、その反応こそが見たいため!なんですからね。

 で、結果は?

「…なんとなくふるふるしてるだけで全然動かないよ。これ壊れたのかな。それとも優柔不断か?」

 言いながら思わず振ってみる(そんなことしたところで意味なし)。しかも真ん中の押さえが外れたならばともかくも、方位磁石自体に優柔不断なんてものはない。

 そもそもそんな反応自体がないことなんだけど。

「回してみるとどこにも戻らないから、これが磁場がゼロってことかもよ」

 あー…。

 なるほど。

 確かにねえ、振り回されるがままの方位磁石は何も示してない。下に向ければ針は下を向くし、されるがままにくるん、くるん、と動いているだけ。

「…もっとドラマとかで見るようなぐるんぐるんするのとか、針が定まらないのを想像してたな(今考えればそんなの、北はそのままで南に強いS極の磁場でも存在しない限りは無理だろうと思うけど)」

「うん、それそれ」

「なんつーかこれは…」

「うーん」

 顔を見合わせ、お互い口にせずとも言いたいことはわかった。

 力の恩恵を信じている、あるいは影響されて何かが軽くなったり、助けられたりした人たちの夢を壊したいわけではないので、その場で言うことはなかったけれど。

『地味だな』

 相変わらず何らかの変化を感じることもなし。


 もっとも、変わらない、ということはある意味体に悪いところが少ないということかもしれません。

「ポンコツ頭直らないかなあ」

 そりゃあ無理ってものだ。

「まあ、こういうのに左右されないものを持ってるってことかもよ」

 …どこまでも前向きなんだよなあ。

 そんなことを言いながら、峠を後にしました。



 余談ですが、2人ともまったく身体に影響はなかったものの、ゼロ磁場で林の辺りを何枚か取った写真には、逆光ではないにもかかわらず、ほとんどに宙にグレア(にじむような光)っぽいもやが写っていました。レンズの傷や心霊写真とかでないことは確かだけれど、あれなんだったんだろうな…


 さらに余談ですが。

 あの日マサキチの手によって振り回された方位磁石は、ゼロ磁場から離れても北を指さなくなりました。

 これぞゼロ磁場の効能!

 …かもしれない。

 けれど、単に針の支えが外れただけなんだろうな…。

 液状のもので満たされている方位磁石だったから、どうなってるのか今もよくわからないままです。

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