6 ピータン責め

 最近はご無沙汰ですが、一時期香港にハマってました。


 最初に訪れたきっかけは、安い!面白そう!でも、行ったことないし中国語はわからんからなあと、飛びついた日本式のすべてお膳立てツアー、しかも3食つき。

 それが残念なことに、立ち寄る市場や町でおいしそうなものを見つけても、買い食いすらできない腹具合でして(普段マサキチは3食きっちりなんて食べられない。しかも旅の間のご飯には劇的においしいものはなかった)。

 食いしん坊だけど胃弱という残念人間なので、別腹という概念がほとんどなく…夜市に出かけたって、なんかいろいろおいしそうなものあるのに、買おうという気持ちすら起こらない。

 ムキー!こんなつまらん旅があるか!としこたま悔しい思いをしたのが忘れられず。

 自由時間にそぞろ歩いた時に、なあんだ、英国領だったからかつたない英語でもなんとかなるぞ!と感じたこともあり、改めて訪れた香港でご飯のおいしさにハマったんです。


 餃子や饅頭がまた面白いんですよ。金魚の形したのとかパンダだとか、亀だのうさぎだのはりねずみの形の饅頭だとか…。

 日本の和菓子の繊細さとは違い、なんというかちょっと雑なクオリティだったり、変な顔になっちゃってるのとかも平気で混じってる。

 わあ、メニューの写真とはかなりかけ離れてるぞ!?と思うところも、隙があるというかツッコミどころ満載というか…なんかそういうのも嫌いじゃないんですよね。

 想像の斜め上どころか見事なまでに突き抜けてくれると、かわいいのが見たかったのに…とかそういう淡い期待よりも、いいもの見せてくれてありがとう!!!という気分になります。勿論心のアルバムだけでなく、写真にも納めます。

 こうしてマサキチのハードディスクは、旅先の風景よりも変わった形の食べ物の写真でいっぱいに…。

 ま、それはさておき。


 そんなこんなでうまいもの天国と勝手に思っている香港の路地裏を、エッセイ2の「おより紙」で一緒だった親友とさまよっていたところ、おお?と思う店を発見。

 お腹も空いていたし、言葉がわかんないかも…なんて物おじすることもなく、堂々と入っちゃいます。

 マサキチ、人だけでなく本や店、物も一期一会だと思ってます。

 だから気持ちの傾くものに対して(あくまでそこは譲らない)、それはもう迷うことなく。案ずるより産むが易し、ためらうだけ勿体ない。いつやるか?なんて聞かれるまでもなく今!ですよ。

 席に案内されて店内を眺めると、内装は古そうというか割とわかりやすく伝統的、けれどこ汚くはなく、落ち着いている。うむうむ、なかなか良さそうではないか。

 出されたポットのジャスミン茶もいい香り。ますます良さそうだ。

 うきうきしながらあれやこれや言いながら友人とメニューを眺めていたところに、しばらくするとスーツを着たおじさまがやって来まして。

「いらっしゃいませ」

 と、声をかけられた。

 あれ、日本語?

 聞けば日本に留学していたことがある香港人とか。


「当店のオーナーですが、あまり日本の方が来やすいところにある店ではありませんので、嬉しくて声をかけました」とにこにこしている。なんだか話が弾み、スープとお店おすすめの品をサービスさせてください、と申し出られて友人と2人して顔を見合わせる。

 いやいやそれじゃあ申し訳ない

 いやいやほんの気持ちなので

 いやいや…

 と、香港の片隅で日本語かつジャパニーズ的やりとりを繰り広げることに。けれど心底嬉しそうなオーナーの笑顔に当てられ、恐縮しながらもありがたく気持ちを受け入れることに。

「ごゆっくりどうぞ」

 の言葉と共に去っていくオーナーを見送る。

「あそこまで言われちゃあねぇ…。だからいっぱい頼むか」

「うん、そうしよう」

 中華料理に2人の時点で既に無謀…。

 ましてや香港。けど、そうとわかっていても、人対人でなく店対客であっても、やっぱりお互いハッピーがいいってもんじゃないですか。


 あれやこれやの注文を終え、友人とのんびりお茶を飲んでいると、店員さんがまずワゴンで運んできたのはスープ。器によそってくれたものをありがたくいただく。

 具は卵とトマトだったか…コーンやチキンだったか忘れてしまったけれど、おいしかった。盛り付ける器の大きさに比べ、運ばれてきた器が深いラーメン丼ほどもあることを除けば。

 ねえ、2人なんですが?

 あんだけ頼んでみたけど、この丼スープの時点で全部食べられるかなあ…と苦笑する。


 思えばこの友人と行く旅先で、何事もないわけがないのだということを失念していた(向こうもそう思っていることだろう)。

 そのうち別ネタで披露していくつもりですが、買ったばかりのデジカメが傷だらけになるようなことしたり、笑うところじゃないのに笑って恐怖を吹き飛ばせ!とハイになるような出来事だとか、何かしら面白いことが起こる起こる…。

 そんな気分になったから今日は牧場行こうぜ!とドライブで牧場に行き、アイス食べてチーズ買って…って、すごくフツーだな!?と驚いたところで、なぜか季節外れの花火大会が催されており、道路が激混みの憂き目に遭ったり…とか…。

 ま、何が起こるかわからないってとこがまた、楽しいんですけどね。


 さて、香港でのお話に戻り。

 スープを運んで来てから間もなく、再びテーブルを訪れた店員。謎の黒いものを真ん中に置き、微笑みながら去って行く。

「なんだろ、これ」

 まじまじ見ればそれは、およそ卵4個のピータン。

「カットされたりみじんになってるのが豆腐に乗ってるのは食べたことあるけど、こんな丸ごと初めてだよ」

「ちょっとグロいっていうか、えぐいね。あんま得意じゃないんだけどなあ。でも気持ちはありがたく…」

 友人と共にそんなことを言いながら食べる。

「なんか独特の味だけど、この量くらいならいけるか」

「そうだねぇ。しょっぱいからお茶が進むよ」

 お茶とスープで流し込まれたピータン、あっさり完食。

 そしてお茶のお代わりを、店員が計っていたかのように持って来ると、ピータンの皿を下げた。


 オーナーの気持ちを踏みにじることなく食べられた満足感で、友人と注文したものをまったりした気分で待つ。

 …と、再び現れた店員、手には何やら黒いものの乗る皿。

 無論ピータンである。しかも明らかにさっきよりもボリュームが…。

 それをテーブルの真ん中に置いて、アメリカ人ならウィンクでもするような勢いで微笑んで去ってゆく。

「また来たよ、ピータン!」

「どんだけサービスしてくれるんだよぉ!」

「うぐぐ…でも、(オーナーの)気持ちだからな…」

「気持ちだよね…」

 もぐもぐと食べるうちに、注文したものも運ばれてくる。

 あまりにもピータンの記憶が強烈すぎて何を食べたのかも忘れてしまったけれど、多分蒸し物と炒め物数品を注文したのは確かにおいしかった。

 でもやっぱり気持ちは大事にしたい!と料理の合間にピータンも頑張って完食した。下げられた皿にホッと一息。


 残るは皿半分くらいの炒飯だ!という時に現れた店員、片手に新しいジャスミン茶のポット、そしてもう片方には黒い…

 ピータン!

 テーブルの真ん中に置き、微笑みを残して去る店員の後ろ姿を見送りながら、さすがに友人とマサキチ、硬直。

 店員の微笑みとピータンはセットなんだろうか…。

 日本の接客とは違うからあんなに笑顔を向けてくる中国人の店員も珍しいけれど、手厚いもてなしを見る限り意地悪とは思えない。

 ともあれ。

「おかわり、来ちゃったよ…」

「うん…」

 のろのろと箸を伸ばす友人とマサキチ。

 炒飯の合間にちびちびとかじっている時に、友人がありがたいけど当分ピータンは見たくないと呟く声に心から同意する。

「そういえば中国って(ここは香港だけど)、ご飯は少し残すぐらいじゃないと足りなかったってことで失礼になるって話、あったよねえ…」

 と思い出した。

 …ん?

 友人と目が合う。

 もしかしてこれも…

 そう考えたマサキチと、友人も同じ考えに至ったことを知る。

 齧りかけのピータンを皿に残し、箸を置いたことは言うまでもない。

 その後通りかかった店員に「finish?(終わり?)」と聞かれた時は、本当に嬉しかった…。

 最後にプチ杏仁豆腐までごちそうになり、笑顔のオーナーに見送られて、史上最大ともいえるほどお腹の膨れた状態で店を後にした香港の夜。


 日本の中華料理屋のメニューではあまり見かけることもなく、あれ以来ピータンは食べてません。

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