5 クラゲをロマンチックと思う方は読まないでください

 死活問題の漁師さんたちには不人気なものもあれど、癒されるとか、あのふわふわした姿を見てるだけでストレスを忘れさせてくれると、男女問わず人気のクラゲ。

 展示しているところの照明なんかも時間ごと色彩を変えるとか、すごく神秘的な演出なんかされていたりして、確かに幻想的な姿を見せてくれます。


 最初にお断りしておきます。そんなクラゲをロマンチックと思う方は読まないほうがいいお話しです。



 クラゲ。

 個人的には…ダイビングをやっていた頃、刺されるととんでもなく痛いとかやばいとかそういう話も耳にしてきたので、マサキチ実はクラゲは美しいな視点が少ないです(;^ω^)。酸で中和するために、応急処置で患部にお酢をかけたりもするとか…それがまたチョー痛いとか…。

 随分前に立ち寄ったお台場で見た海で、やたらと海にコンビニのビニール袋が漂ってて、相変わらず東京の海は汚いなあと呆れていたら、よくよく見たところ大量のクラゲだったという不気味かつ気持ち悪い体験もしているので、ああ、あのばっちいやつ、的な思いも捨てきれません。


 むしろ水族館なら、水槽の下の方でちょぼちょぼと頑張ってるハゼに萌え!と誰も振り向かないところにいるヤツらの方が好きで、あまり賛同者のいない道をひた走る感じです。

 熱帯魚よりも深海魚の方が面白いし、ウツボやだばだばと頭上を泳ぐエイばかり眺めてたり。砂に埋まってるチンアナゴのあの下をリアルで見たい!と飽きずに1時間近く水槽の辺りをうろうろしたりとか。

 よくやるわ…。

 結果目にしたチンアナゴの全容は、縦に泳ぐミミズのようなスタイルのヘビってところでした。図鑑なんかで見て知ってはいたのですが、なんとなく退化した小さい足があって砂の中を搔いては頑張って伸びあがっているような姿を勝手に思い描いていたので、当たり前なのにちょっとがっかりしました。本当はそっちの方が気持ち悪いし、まさに蛇足であるにも関わらず、つまんないことばっか期待するマサキチです。


 …それはさておき。


 これはマサキチの住んでいるところから、小1時間ほどのところにある水族館でのお話。

 水族館、大好物です。カモメは盗賊にも書いたように、水を見ていると本当に癒されます。当時、通っていた職場の近くに水族館があったので年パスを買って、仕事帰りにかなりの頻度で訪れていました。

 その日たまたま、クラゲの餌付けの時間に居合わせることができまして。

 夜の水族館って、まあ当然ですが昼間のように大人は子どもに遠慮しつつ見る、ということが少なくていろんなものをかぶりつきで見られます。結構お勧めです。


 そんな水族館で、クラゲのエサやりを見るタイミングに遭遇。興味津々でマサキチ、かなりのベストポジションにて待機。

「これがクラゲのエサです。プランクトンとかそういうものですね」

 係員の方が色々と説明しながら、手にしたビーカーから赤茶っぽい色の何かを、スポイトで吸い上げては水の中にチュー。

 水餌なので水面に広がっちゃうし、かなり地味です。

 が。

 クラゲって足の間に口…というかストローのような餌を吸い上げる器官があるそうで。その筒状の口で器用に餌を、文字通り水ごと取り込んでいくんですよ。

 赤茶っぽいプランクトンは透明な体の中に(時に透明な器官の途中に詰まってるというか、留まってたりとか)収まってほわほわしてるのが、ホントに良く見えました。うーん、なかなかの不思議だ。

 さすがに消化しきったところまでは見れませんでしたが、こんな風になるのか!と感心させられました。


 割とさらりとイベントは終わり、何か質問あったらお声かけくださいーと言って係員がうろうろしているのに、皆さんスルーでさっさと行ってしまう。当然、後から来た人は餌のことなど知らないので「わあ、クラゲ綺麗!」でやはりさっさと行ってしまう。

 うろうろしている係員。ちょっと寂しそう。


 そうだよねえ、一応知育施設だし、やっぱちょっとは聞いてほしいよね。知ってること話したいよね。好奇心とかそういうのを刺激してもらって、何かひとつでも学んで行ったり興味を持ってほしいところでもあるんだし。

 んじゃ、どうせなら疑問に思ったことを聞いてみようかな。

「あのう…」

 区切られたラボのようなところで遠心分離機っぽい、なんか揺れる機械に載ってるビーカーが気になっていたので質問をすると、係員の人は顔を輝かせて「あれはクラゲのエサを作ってます!」とにこにこ。

 ホッ、こんなくだらない質問でも嬉しそうで良かった。

 一度尋ねたら勢いづいてとどんどんと聞いてみたいことが出てくるので、んじゃ、同じくラボにある冷蔵庫のようなものは?とついでに尋ねる。

「クラゲ、育ててます。温度管理をしつつ成長させるんです。ラボの中にある小さい水槽も、まだ成体になってないのがたくさん入ってるんですよ。ある程度大きくしてから展示の方に入れます」

 なるほど。ためになるな。


 その展示室内では、小さいクラゲはそれぞれの水槽で区切られているのに、ミズクラゲだけはなぜか、コの字型に3面も配置されていた。

 何か意味あるのかなあ、それとも育てやすいのかな。そんなことも疑問に思ってたので、ミズクラゲは育てやすいんですか?あの水槽は大きさが違うものを、それぞれの成長過程で見られるようにしてるんですか?と聞いたところ。

「そうです。一番手前のが若いクラゲ。1か月くらいですかね。動きも活発です。二番目のが3か月くらい、正面の大きいのは大体が6か月以上のものです」

 おお、やっぱり意味があったのか。

 確かに、正面の水槽のクラゲは他のに比べてゆったりした動きですね、クラゲってどれくらい生きるんですか?弱ってくるとどうなるんですか?尋ねたマサキチに係員、質問が嬉しかったのか嬉々として続けてくれた。

「おおよそ1年くらいです。クラゲは身体が90%以上水でできているので、勿論違うケースもありますが、死ぬとほとんどが溶けちゃうんですよ。水槽も汚れてしまうので、緩慢な動きをしているものはそろそろ…なので間引きします」

 …ん?

 神秘的な演出照明の当たる水槽の前に立ってたカップルが、不穏な言葉に「え?」て顔でちらりとこっちを見て、なんだか速足で他のところに行ってしまった。おそらく嫌な予感がしたのだろう。

「間引きですか?」

 そこに新たにやってきた別のカップル。

 係員と話し込んでいるマサキチが気になったのか…こぼれ話でも聞くつもりか、なぜか水槽を横目にこっちに近づいて来る。

 あまりいい質問したタイミングじゃないですよー!

 そう思うものの、嬉しそうな係員を止めるわけにもいかない…。

「はい。正面の水槽にいる、弱々しい動きのクラゲは定期的に引き上げて魚の餌にしてます。あ、あの上の方でフラフラしているのはそろそろ…ですね」

 そんなことを言いながら水槽の上の方を指さしてくれる係員の人。心なしか顔があくど…いや、鋭い。おっとりしつつもハンターのように見えなくも…ないかも。

「ほわあ」

 不可解な声を漏らしてマサキチ、明日かもしれない明後日かもしれない、風前の灯なクラゲから目が離せず。


 しかしそろそろって…それだけ聞くと身も蓋もないな。

 なんだか時代劇とか外国の王様とかが、民は我がために利用する!みたいに聞こえなくもないし。

 それにロマン?はともかく、その後ろに三文字「チック」がついちゃうものを求めてる人たちが聞いたらダメなやつじゃん!

 …多分。

 後から来た二人、事情もろくにわからないまま、係員の指さす方に視線を送っている。

 あああ、ごめんなさい。

「…有効活用ですね」

「そうですねえ」

 それしか言えなかったマサキチに、相変わらずにこにこと嬉しそうな係員。

 水槽の上の方を切なく漂うクラゲ。

 毎日手塩にかける彼らを、餌にするのはしんどくないのだろうか。そんな問いはあまりに無粋すぎ、さすがに聞けはしなかった。

 …でもなぁ。

 そうだよねえ、その水族館にはいないけど、マンボウがクラゲ大好物なのも知ってるので、溶けちゃうのは勿体ないし餌代めっちゃ高いもんなあ、魚も喜ぶだろうしなあ、これぞ資源の有効活用の極みだよな。そう思えばこちらが勝手に感じている感傷だとか情みたいなものとは別のところで、係員にとってはクラゲは研究対象でもあるし、他の生き物を生かすために畑を耕す感じに近いのかもしれない。


 ありがとうございましたと係員にお礼を言い、去り際にちらりと後から来た二人を見てみたところ、マサキチとの会話に刺激を受けたのか、彼氏の方が熱心に係員に質問し始めた。

 隣の彼女も別につまらなそうではなく、おそらく似た者同士なのだろう、にこにこと傍にいる。


 よかった…彼らの夢を壊さなくて。

 そうしてマサキチはでっかい水槽にいるをエイを眺めに、その場を去ったのでした…。

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