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さすがにサービスとしての問題だったとしても、実在の人物を書かなければ間違いになるのは当然のこと。これからもこういう回答が続くのだと思うと、ユーキの心が折れそうになる。いくら片思いの相手であってもだ。
「だって先生、フィクションはだめって書いてないもん」
「確かに書いてないね、さすがみりる」
「いや、もう暗黙のルールっていうか、それを良しとしたらやりたい放題になるじゃないですか」
ごもっとも。わざわざ書くようなルールではない。
心を落ち着かせるよう、懐からの謎ストローで飲み物を喉に通していく。そうしてからもう一度答案に目を通していった。しえは別の科目のものを担当することになったが、特に指摘することもなく風変わりな回答を褒め続けている。
答えを選ぶような問題にはその感性は発動しなかったらしい。つまり、試験がマークシートならばこういうことにはならないということなのかもしれない。
だがしかし、通っている高校でマークシート式試験は行われていない。
「いろいろ見させてもらいましたけど、やっぱりまずは勉強方法というよりかは、問題への姿勢を変えないとどうにもならないですね……」
「この他のやつらとは一線を駕した答えのどこが悪いっていうのよ!」
しえが我慢できなくなってまた塩が彼を襲い始める。ぐりぐりと口の中に押し込もうとしている。
しかし彼女を思うがゆえにここで引くわけにはいかないユーキ。
勇気だ、勇気を振り絞るのだ。
己のすべての勇気を集め、増幅し、みりるとにしき星を守るのだ。
たとえしえが相手でも立ち向かわなければならないのだ。
「悪いから点数が取れないんですっ。テストは個性発揮会場じゃないんですっ」
「言ったなぁーっ!」
恐るべき力がユーキを目標にし始めた時、助け舟が。
みりるがしえの腕を掴み、首を横に振って止めて欲しいとお願いをしたのだった。
「ううん、ユーキくんの言う通りだよ。だって、私、点数が欲しいんだもん」
「みりる……」
さすがのしえも彼女にそう言われてしまえば塩をしまうしかなかった。場は一気にひんやりとするぐらいに冷めてしまって、台に並べられたテスト用紙だけが空気を読まずに点数を主張する。
「素ん晴ぁらしいっ!」
いきなりの声は部屋に飛び込んできて、その主までもがにゅっと首だけ伸ばして三人へ挨拶をした。ノーネクタイのジャケット姿の爽やかな男、見た人の抵抗感を削ぐような顔立ち雰囲気で現れた。
「よくもみりるの部屋に勝手に入って来たなぁっ」
ぽかんとしていた二人を置いて、しえがいち早く反応して男に近づく。物理的な攻撃も辞さない、拳をぎゅっと固く握って。
「申し訳ありません。わたくし、こういう者でありまして」
どこからともなく出てきた名刺には、「ハイパーテストクリアアドバイザー大正解」とシンプルに印刷されていた。とりあえず受け取ったしえはその読み方の分からない名前の読みを尋ねる。
「だいせいかい、でいいの?」
「『きせいかい』、です。『きせい』が姓で『かい』が名です。よく訊かれますよ、確かにあだ名はそのまま『だいせいかい』、でしたけれども。ああ、なんならばわたくしのこと、そのように呼んでいただいて構いませんから」
妙に馴れ馴れしくぺらぺらと大正解は距離を縮め、さらに疑いもなく受け入れられたものと思って部屋へと入っていった。もちろん下足は脱いでいる。そうしては台の上のテスト用紙を一枚手に取った。
「ほぉーっ、これはわたくしも思いつかないくらいのユニークな回答ですね」
ばかにしているつもりはなかっただろうけども、どうにも癇に障る言い方だった。しえとユーキは眉を曲げる。みりるだけは素直に褒められたものと受け取っていた。
「あなたは点数が欲しいとおっしゃっていましたね。このユニークな発想を捨ててでも、それを望みますか?」
「は、はいっ」
即答だったが、危ないと思ってしえが引き留める。ユーキもだ。まずは大正解から離し、怪しいところを挙げて教えていく。
大正解はにこにこと待っている。
「いやいやよく考えなよ。いきなりに現れて明らかに怪しいやつだよ」
「そうですよ。普通、人の部屋にこうもあっさり入ってきますか? セールスだとしても」
首を曲げて二人の言っている意味が理解できていないようだ。しえが貰った名刺を取り、瞳を輝かせて二人にその内容を見せた。
「だって、ハイパーテストクリアアドバイザーなんだよっ。こんな不思議な人、私見たことも聞いたこともないもん。つまり、それだけ特別ですごい人ってことなんだよ間違いないよっ!」
「意味のわからない肩書きなんですから、悪い人なんですって」
「いや、みりるの言うことに一理あるね。確かにあたしもこんな人見たことない、あたしですら見たことないんだから、それだけ凄まじい人なのかもしれない」
どうしてそんな結論に至る二人の思考がわからず、彼の胃が締めつけられるように小さくなる。それにしえはどれだけ自分を上に評価しているのか。
「ねえ、お代は?」
大正解はいつも訊かれることであって、指でゼロを作って示してみせた。
「もちろん無料でございます。下るならばタダと言わせていただきます。わたくしは少しでもテストで点数が取れずに流される涙をなくしたいのです。ボランティーアです、ボランティーア。愛をもって試験を制するために使わされたのだと自覚しております」
「さっすがあ、よくわかってるじゃないの」
疑問は確信に変わった。ユーキはみりるに近づけてはならない人間、いや、みりるだけではなく、人に迷惑をかける存在だと理解した。あまりに胡散臭い。
しえもああいう風に乗せられてしまったので、みりるを守れるのはユーキしかない。
ただ悲しいかな、正面から殴り合いになっても勝てないのが彼だった。せいぜい小学生、それも低学年で引き分けに持ち込める程度の戦闘力しかない。
「では、早速ハイパーテストクリアアドバイスを開始して構いませんかな?」
「はい、もちろんですっ」
「あの、あたしもここにいて?」
うんうんと認める。一体なにが起こるかわかったものではないので、ユーキも同じく居座って監視しようとしたのだが、
「ぼ、僕も――」
「ご退席願います。どうやらあなたはかなりの出来である様子。そういう方がわたくしのハイパーテストクリアアドバイスを聴いてしまうと、これまでのように解けなくなってしまう可能性が、いえほぼ確実にです。幸いここは駄菓子屋。色々と食べながらお待ちください、外で」
ひょいと首根っこを掴まれ、開けられた窓から放り投げられた。ひょろりとすべてが細長くても、身長のおかげかそうされてしまった。手を振るそんな大正解を空中逆さまで捉えながら、「あっ」と漏らした時には重力にぐいっと引っ張られて地面へと落ちたのだった。
一階だったけれども、頭から落ちてしまって、まるでキン肉バスターを受けてしまったかのような体勢になってしまっていた。落ちた瞬間に「ぐぇっ」と痛みを逃がすように漏らす。小さな庭だった。雑草がふさふさしている。
がらがらぴしゃりと窓は閉められ、さらに内部が覗けないように障子が動かされた。
慌てて正しい姿勢を取り戻し、犬のようにばたばたと四肢を動かせて建物の壁に耳を当てる。残念ながら、よく聞こえない。ということで、まずは正面玄関へと戻ることにした。
そこは施錠されていない。
「当たり前田のクラッカーっと」
いつもの客の通りに店内へ入れば、駄菓子の声に耳を貸さず部屋を目指す。しかし入ろうとした途端、にゅっとやはりのように大正解が塞がる。さっきよりも背が高いように感じられて、じわっと汗がにじみ出る。
「ぅんん~言うことを聞かなければいけないではあ~りませんか。いくらテストクリアマスターであったとしても、そういうことができなければ社会からのはみ出し者になってしまいますよ」
「いや、あのっ……」
「発言はしっかり、背筋はぴんと。さあさあ、適当にくつろぎながら待っていてください。あ、なんならば家に帰られても結構なのですよ。お暇でしょうから」
「の、残ります……外にいますから……」
おどおどと答えれば、笑顔だがぞわっとするものを漂わせて歯を見せた。大正解はとても満足気に跳ねて、
「そうですか、それはそれは感謝いたします」
ふすまがぴしゃりと閉められた。薄いにもかかわらず、不思議に中の会話などは漏れてこない。笑い声すらない。女の子の笑い声はその特殊な波長からどんなものでもあっさりと通過してくるというのに、とユーキは信じていたのにそんなことはなかった。
信じるしかないのだろうかと、しぶしぶ彼は残っていたクラッカーの袋を懐から出して持ち、店先にあるベンチへと腰かけた。水分を奪われたら、謎ストローで補給をすればいい。
「なあ、サイサリス。君はどう思う?」
「俺が考えることもないくらいにやつはおかしい。黄色い救急車にでも乗って来たんじゃないか、うん。とにかくどういうのか調べる必要があるだろう」
「調べる調べる、と言えば端末か。よし、検索だね」
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