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「どういうのが出てくるのか、俺も楽しみだ」
携帯端末をカバンではなく懐から取り出し、画面をすますま触って検索を行おうとする。「大正解」でしても、あまりに数が多くなるので、まずは手始めに肩書きの方から入力していく。
「えっと、ハイパーメディアクリエイターっと」
「ハイパーテストクリアアドバイザーだろう。ユーキ、君もなかなかおちゃらけているのだな」
その文字列を入れ、検索をかけた。携帯端末から電波が飛び出し受け取りを何回も繰り返し、世の中の本棚から果たしてあの肩書きが出てくるのだろうか楽しみなところ。
あっという間に画面が表示された。ユーキ、サイサリスの予想としては適当に名乗った肩書きだから、目的のものが出てこないと踏んでいた。ハイパーかテストかクリアかアドバイザーの部分的な当たりか、もしくハイパーメディアクリエイターでは? というようなおせっかいをかけてくるのではと。
「こ、これは」
「うむ、これはご丁寧に――」
一番上に表示された検索結果をタッチし、そこが表示される。タイトルでもわかっていたが、先はあのゆるいつぶやきのSNSサービスのページだった。サイサリスの言葉の通り、大正解でユーザー名になっていて、自己紹介もちゃんと書かれていた。
「Twitterアカウントだな。やはり宣伝活動は営業の基本であるということだ。かくいう俺もそういう宣伝活動によってこの素晴らしい性能が広がって売れているのだから、やつめ、普通ならばしっかりしておる」
どういう人物なのか、自己紹介なので悪いことは書いていないだろうけども、それでも手がかりくらいにはなる。一口クラッカーを含んで、それから謎ストローで喉を潤す。体勢整えて目を動かす。
「じゃあ、読むよ」
サイサリスのベルが控えめに鳴った。
「ハイパーテストクリアアドバイザーの大正解です。だいせいかいとよく言われるのですが、確かにそれはあだ名でもあるのですが、読みは「きせいかい」です。「きせい」が名字で名が「かい」です。ハイパーテストクリアアドバイザーとはその名の通り、テストをクリアするためのアドバイザーです。世の中をさすらい悪しきテストを討ちます。かしこ」
予想以上にどうでもいい内容だった。場所は「素因数分界」、ホームページはなし。ということは、次に手がかりはつぶやきから得るしかないのだが、それもたらたらと流していってもすぐに終わった。登録暦がかなり浅いせいか、数少なかった。内容もない。
「ふうーむ、これでわかったことは、やはりやつはおかしいということだけだな」
「別の手掛かりを探そう」
検索結果ページに戻り、二番目の所をタッチしようとしてユーキは止めた。表示されているタイトルから妙な雰囲気が漂っていて、ちょこっと弱虫な彼にははばかる理由として十分だった。
「ユーキよ、どうした。せっかくの手掛かりになりそうなものではないか。これは当たりだぞ」
「読まなくていいよっ。どっちにせよあの人はおかしいからなんとかしないとっ!」
端末の画面を消し、懐へとしまう。みりるを助ける方法(ついでにしえ)を考えるため、クラッカーをかなりのペースで食べながらぐるぐると頭も身体も回していた。懐ストローもあまりの速さに周りへ飲み物を飛ばしている。
「とにかく様子を伺おう。ユーキの力では強行突入しても上手くいかんだろうから」
サイサリスの失敬な提案に怒らず乗るしかないのは、自分がその通りだと知っているからだ。真正面から戦いを挑んでも、さっきのようにひょいっと捻られてしまうだろう。勇気を振り絞ってみればどうなるかわからないが、普段の彼は普通の男の子なのだ。
回転を止めてひっそり息を殺してふすまへと近づいていく。そばにあった駄菓子の入れられていたダンボール箱を被ればとサイサリスに提案されたが、なんでもかんでも受け入れていては小さく悲しくなる。そのままの姿に忍んだ。
こっそりこっそり不必要なまでに一歩を短くする。なかなかに距離がおかげで縮まらない。サイサリスがその臆病ぶりに呆れてため息を漏らす。
ずわりとふすまが開き、誰かが出てきた。大正解かと思ってユーキは声を殺しながらばたばたと四足歩行で距離を取る。涙目になりながら。
「ああー、お花摘みお花摘みー。中にはないんだよねー」
すると現れたのは学内でも噂の美少女、喋らず動かなければユーキもどきりとするくらいの女の子、しえだった。自覚があるのか、派手ではないけれどもちゃんと手入れをしてあって肌も髪もきれいだ。己の基礎を高めるという方向性。放つ香りはお気に入りのシャンプーの山桜の匂い。
彼に近づいた男の子は数知れず。しかし一人も心のインファイトに持ち込めた者はおらず、物理的なインファイトで大変な目に会わされている、らしい。という攻略難易度ドーバー城とは誰が言ったかわからない。
そうして今現在、ふすまから出てきてその難易度は凄まじくさらに上がってしまったことだろう。誰も近づけないくらいになってしまっている。
なぜならば、顔そのままに身体がミスター・オリンピアなぐらいに鍛え抜かれ、簡単に言うならばムキムキのマッチョになってしまっていた。ハイパーテストクリアアドバイスの効果は見事に現れていた。
しえのプロポーションはたくましくなった。
ふすまの奥、古い居間。時間はちょっと戻って、ユーキが店先でサイサリスと色々やっていた頃。みりるとしえは大正解のハイパーテストクリアアドバイスを受け始めていた。
「どうやればテストの点数が上がるとお思いですか、はい、二色浜さん」
「出る範囲を予想してそこをちゃんと勉強することだと思いますっ」
「ノン」
次に質問はしえに及ぶ。
「どうやればテストの点数が上がるとお思いですか、和光さん」
「人脈を駆使して答案を手に入れる」
「ノン」
二人の答えは大正解にとって大きく間違いだったらしく、自分の身体を絞るようにして頭を振る。みりるはどういうものだろうと顎に指当て、しえは腕を組んで眉を片方だけ上げた。
「テストを倒すことです」
先生的な者は言い放った。拳を天に高く掲げ、二人ではなく、まるで自分自身へ説教するように口を開いた。背にある窓、障子を貫いて後光のように大正解を演出していた。
「そう、テストを倒すこと。あいつらはなかなか口を割って点数を吐き出しませんからねえ、こちらから殴って蹴って締め上げて、100点を出させるのです。鉛筆、シャープペンシル、ボールペンという、いわゆる筆記用具の類では大した攻撃力がありませんから、点数が上がらないのは当然のこと。とにもかくにもちくぜんにもなく、痛めつけなければなりません。ごまの油と百姓と答案は、絞れば絞るほど出るものなり。ばしばししばき上げて、どんどん点数を上げていきましょう。そのためにはまずっ――」
彼のカバンから真っ白な答案用紙が人数分出され、二人に渡される。残り一枚を大正解は掲げたあと、畳へと叩きつけて何度も踏みしめた。ぐりぐりとすれば、無罪の答案は仕事をまっとうできずにぼろぼろと姿を変えていってしまう。
「こうだっ! こうだぁっ!! 出せっ、点数を吐け、ゲロれっ!」
するとどういうことか、黒の印字しかされていないはずの答案用紙から赤字がじわりと滲み始め、形が整えば○になっていった。反抗したくて×になろうとする赤字もあったが、大正解に見つけられるとより強く痛めつけられて○になる。
やがてすべて○になり、それは必然的に100点になる。それを確かめ、ぐしゃぐしゃのぼろぼろの答案用紙を持ち上げて生徒に見せつける。二人は「ほぉー」と感嘆の声を漏らし、きれいではない点数の取り方を知った。
「とまあこういう感じです。どうです? でしょう? これぞハイパークリアテスト。わたくしが編み出した方法です」
100点にさせられた用紙は用済みと破かれ、開けた窓から散れぢれに消えていった。向こうの世界で仲間と出会い、「ぼく、100点のテスト用紙だったの」と自慢するのだろうか。しないのだろうか。
「同じように踏みつければ良いの?」
しえがやってみても、紙はくしゃくしゃになるだけで点数を出さない。方法があるのだろうかと、踏みつけるだけではなく、手で叩いてみたり、曲げてみたり、燃え移らない程度で火にあぶってみたりしても赤字は現れなかった。
みりるは躊躇っていて、畳に置くものの足を出せていない。
「ノンノンノン。すぐにおいそれとできるものではないのです。わたくしが『あそこ』で『独り』何年も掛けて編み出したものですから。そう、こいつらに人生を壊されてからずっと」
かばんから次に出されたものは、なにやら特殊なギプス。全身にがっちりとはめ、身体を鍛えるためのものらしい。かの有名な野球少年がつけていたあれにあやかっているかのような。
「残念ながら一つしかないのです。この『テスト征伐技術養成ギプス』は。ではまず、和光さんから着けてみましょうか」
大そうなばね仕掛けがいっぱいあるのがなかったかのようにあっさりと装着された。気を抜いていたしえは力に負けてしまって身体を丸めさせられてしまうが、歯を食いしばって自然な体勢に戻した。汗がもうしたたり落ちている。
「うぐおぉぉ……っ」
喉をごろごろさせるような声を響かせながら、身体を動かし始める。大正解の言うとおりにテストをいたぶり始める。何枚も、何枚もの用紙がその過程で無残な最期を遂げていった。100点になれずに、そもそも解かれずに。
「もっともっと、実の両親をこいつらに殺されたと思って。憎しみです、恨みです、怒りです。ぶつけるのです、そうすればテストは間違いなく点数を吐きだすのです。はいっ、これ飲んでっ」
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