テストをしばけば高得点!

1

 ここはいつも通りあのあの町はにしき星。店番の二色浜みりるは変わらず眠たそうに一あくび。季節は秋口。それでもしまい忘れているのか、風鈴はそのままに風に鳴く。


 彼女は学校帰りからそのままの制服の姿。売り物とは別の焼肉さん太郎をもさりもさりと食べながら、お客のいない状況になんの疑問も持たなかった。


 店内が静かならば、あのあの町も静かだった。電車で数駅行くだけで騒がしくなるのに、その影響を受けていない。落ち着いて住むならなかなかの場所。

 店先にぎいっとブレーキの音がすれば、スタンドで固定されて自転車だとわかる。一番の常連さん、店番目当ての男子高校生のユーキがやって来たのだ。ちなみに愛車の名前はサイサリス。傘が例のように二本刺さって走りやすいやつ。

 季節のせいで陽が疲れ始めている。伸びる影を気にも掛けず、店内へと入っていつものように前田のクラッカーを手に取ってみりるへと。


「それを食べているからテストの点数良いの?」

「あたり前田のクラッカー。ってそんなことないよ。たまたまだってヤマが当たったんだ」


 わざとおつりが出るように支払い、そうしておつりとともにクラッカーを受け取る。袋の上部をばっかりと開け、焼肉さん太郎を食べ終えたみりるに勧めるが、首を横に振られて一人で食べる。


「ユーキくんいつも良い点数なの知ってるもん」

「いやあ、それもヤマがいつも当たっているだけで」

「みりる、そのヤマがわからないんだもん。だから見てよこれぇー」


 かばんから出されたテスト用紙。そこには赤点すれすれの悲しい点数が書かれていた。どういう回答なのかユーキは覗いてみることに。


「えっと、『クラムボンとは何か答えよ』か。これ、泡とか光とかが一応先生的に正解なんだけど、えっとみりるさんは……」

『新種のドラゴン』


 可愛らしい字で書いてあるが、もちろんの通りぴんと赤ペンではねられていた。


「あの、この新種のドラゴンて一体……?」

「クラムボンのことだよっ。新種のドラゴンなの。イーハトヴに住む、でっかくておっきくて角がこう一本額から前に生えてて、翼は左右にばあっと折りたためるすごいやつがあって、真っ黒で所々黄色が入っている身体はすごい防御力で、口から吐く火は一兆度のすんごいやつ。でも、性格は大人しくて人の言葉もわかるナイスガイなの。声もすごく渋い」


 クラムボンはかなり想像の余地があるとはいえ、さすがにドラゴンというのはなかなかに斬新。話だけなら滅茶苦茶強そうだ。なんとなくあの宇宙恐竜をよりそれっぽくしてみた想像図がぽわっとユーキにも浮かぶ。


「う、うーん。すごく面白い答えだけど……でも、これはヤマとかそういう問題じゃないような……」

「ええー。じゃあ、ちょっと上がってもっと見ていってよ」


 店番台の後ろにはちょっとした居間がある。昔は住んでいたための空間だ。初めてのお呼ばれにユーキはどきどきし、それじゃあと下足を脱いで上がろうとした瞬間。


「こぉらぁぁぁぁっ!」


 ばたばたと人影が店内に入ってきて、それはユーキの胸倉を掴んで睨みつけた。しえだ。みりるの幼馴染、狂気の番犬和光しえが牙を向いていた。せっかくの美少女顔を完璧に無視した雰囲気を隠そうとしない。


「ひぇぇ……」

「あんだぁ、みりると二人っきりに部屋入ろうとしてしてたのかあ? 塩か、塩やろうかあ?」


 バッグから手からはみ出すくらいの塩の塊が現れ、ユーキの頬をぐりぐりと当てている。

こすれて粉になったぶんが口に入っていき、彼の味覚をしょっぱいもので占めていく。あまりのことに涙目になってしまっていた。それでも止められはしない。


「ふあぁ、しょっぱい、しょっぱいっ」

「当たり前でしょうがよぉ、塩がしょっぱくなかったらうどんも食べられなくなっちゃうでしょうがぁっ」

「うわっ、しえちゃん。すごい塩の塊だね。どこで買ったの?」


 みりるが尋ねると、男の子をいちころにしそうな笑顔を彼女へ放ち答える。


「ひいきの所で取り寄せてるのー。みりるも欲しい?」

「ううん、いらない」

「そっかぁー」

「そろそろ勘弁してよぉ……苦くなってきた気がするぅ……」


 みりるが部屋に入れる理由を説明すると、しぶしぶしえは塩を引っ込め、彼を解放した。そしてそういうことならばと、彼女も協力すると言い出したのだ。ユーキが変な気を起こさないかどうかの監視も込めてと。


「お邪魔します」

「ちょっとでもなにかあったら塩だからね、塩」

「なにもしませんよ。テストの答えを確認するだけなんですから」


 居間は六畳の畳敷き、その真ん中にはちゃぶ台が置かれていた。かなりの年季を感じる、踏みしめれば少し下がるような感覚。近くの窓からは日の光が入って来るので、釣り照明のスイッチを入れなくても十分なくらいだ。

 ちゃぶ台にぱさりとさっきのテスト用紙が置かれる。

 しえはその点数を見て、慣れているとばかりに「ほぉー」と声を漏らす。


「相変わらず己の道を行く回答だねえ」

「お、己の道?」


 恥ずかしそうにみりるは顔を抑えている。構わずしえはユーキの質問に答える。嫌々に。


「そのまま。みりるは問題の答えを自分の感性を優先させて書いちゃう傾向があるのよ。これでよくここまで点数とれるのが不思議だけど。でも、そこが可愛いっ!」


 それ故にクラムボンは新種のドラゴンと答えてしまったわけだ。それも設定付きで。

ぺらりと裏をめくってみると、なんと厳しい時間との戦いだったはずなのに、クラムボン(ドラゴン)の拙いデザインが描かれていた。やっぱりかの有名な宇宙恐竜をモチーフにしていた。


 表に戻ってみると、間に合っていない回答がたくさんあった。これでかなり減点されている。


「まさか、これを描いてて時間が……?」


 ゆっくりこっくりクラムボンマスターは頷いた。夢中になっていてテストの続きをやるのがかなり遅れてしまったとこのこと。その残り時間ぎりぎりでも正答率がほぼ全正解なので、基本的なスペックが高いのは間違いないのだけれど。


「あぁん? なんか文句でもあるの?」

「いやあ、文句もなにも……他のテストはどうなのかなあと」


 逃げの口実にも使ったが、このテストはこれ以上探る必要もなかった。というわけで国語のテストは引っ込められ、次に歴史のテストが出てきた。これまた赤点すれすれの厳しい点数が記されて。


「ええっと、『フランス革命での有名な人物を答えよ』そうそう、これ、かなりざっくりした問題だったなあ。どうとでも答えられるし――」

『シモーヌ』


 頭に知りえない人物だったので、とにかくかなりレアな人物なのではないかとまずは訊いてみる。ちっと面倒なやつめとしえが舌打ちする。


「シモーヌだよ、シモーヌ。お花屋さんなの。『フランス大革命の前夜、花屋の娘として育てられた美少女シモーヌは、ラ・セーヌの星と名乗り剣を取って戦う。しかし、彼女は自分が王妃マリー・アントワネットの妹であることをまったく知らなかった』ってのだよっ」

「フィクションの人物じゃないですかぁーっ!」

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