6
「うん。わかった、気を付けてね」
懐ストローを一吸いし、前田のクラッカーを一つ食べる。それはまるで最後の飲食になるよう、ゆっくり丁寧に噛んで味わった。身体すべてを舌にするようにして。
「みりるさん」
外に立つ彼は顔を見せず、独り言のように言った。
「これが、これが終わったら……デートしてくれませんか?」
彼にとって最高の勇気がここに発現した。ユーキのような小心者が女の子をデートに誘ったのは初めてのこと。あまりに女の子の影がなさ過ぎて、両親から心配されるくらいだった。
返事は待たずに彼は駆けていった。
みりるはあくびをしていて、聞こえていなかった。うまい棒、コーンポタージュ味の袋が開けられ、麦茶片手に食べるのだった。
現場はいまだに状況変わらず。いや、むしろひどくなっていた。電柱コマンドーたちが猛威を振るい、電柱さん(父)は汚くまみれ、しえ顔宇宙人はどこからか用意されたかなり大きな鍋にぶち込まれ、ゆでだこにされそうになっていた。
「あ、あのう……」
かなりすっきりしたので、用済みになった電柱さん(父)。酸っぱい異臭を放つので、鼻をつまんで我慢しつつ、声を掛けてみた。
「うあ……人間よ、吐くときは電柱ではなく、トイレにするのだぞ……」
もうそれから何度呼びかけてみても返事がなく、付着していない所を持って揺らしてみるも反応なし。横たわって動く気配すらない。
事切れてしまっていた。何十年も頑張って立ち続けてきた電柱さん(父)もついに、最後の時が来てしまったのだった。生きているものに確実に死はやって来る。しかしこれはあんまりに可哀想だ。吐しゃ物にまみれ、吐しゃ物臭死だなんて、一体どうやって残された電柱たちに伝えれば良いのか。
ユーキにはまったく見当がつかなかった。だけど、今は彼の安らかなる眠りを祈ってそっとしてあげるのだった。
ここに今、今ここに、偉大なる一本の電柱がその役目を終えた。
まあしかし臭い。とんでもなく臭い。生きていたとしても、この臭いが取れたかどうか。
ということで次はしえ顔宇宙人のほうだ。火にかけられ、熱くなってきた湯から逃げようとあがいているが、鍋の上から棒で突かれて阻止されている。
「だからわれはたこではないのだ! 宇宙人なのだ! たことは別の種族なのだ!」
電柱よりかなりしぶとそうだ。ぐつぐつ煮るのにも時間が掛かりそう。心頭滅却すれば火もまた涼しの精神でどうにかなるものでもない。
「いんや、お前はたこだね。顔は確かに人間のものだけど、腕とか色が完全にたこだ。たこはたこらしく、ちゅっちゅ言いながら食べられてしまえ」
「馬鹿たれっ! たこが喋るかと言っておろうなのだっ! そもそも口で意思疎通できる相手を食べようとするか!?」
「種族が違うのだから大丈夫だ。高度な知能があろうとも、素晴らしきたこであろうとも、たこはたこなんだから食べてきたし、食べたいのが電柱のエゴで本能なのだ。安心しろ、どこも残さずに感謝の気持ちを持ってすべていただくから」
攻防が繰り広げられている様子を見学していると、シャツの袖が引っ張られた。そちらへ振り向くと、しちが立っていた。
「やあ、間もなく久しぶりですね。みりるさんのお友達さん」
「あ、しちくんじゃないか。どうしてこんな所へ?」
「気になったので、外の様子を覗きに来たんです。いやあ、どうやら電柱コマンドーたちをどかどか酔わせたのは正解だったみたいですね」
「君がやったの?」
「それっぽいこと言ってみたかっただけで……ははは。まあ、体育会系は勝手に飲んではめ外しますから」
鍋の上空に乗ってきたUFOが現れた。完全防水、さらに熱にも強いコントローラーで召喚したらしい。スーパーファミコンのにそっくりなそれのボタンを、上・X・下・B・L・Y・R・Aの順番に素早く入力すれば、ふわあんと下部から光が現れてしえ顔宇宙人を回収した。
「ふわあはははは! ばかめ! 宇宙人にはこれがあるのだ! 覚えておれ、貴様らの残りの棒生、犬の尿まみれにしてやるわ!」
それを捨て台詞に身体はUFOへと消えていった。せっかくの食料が逃げてしまったので、電柱コマンドーたちが怒り心頭に上空へ叫んでいる。
「こらぁーっ、おとなしく食べられろぉっ!」
そこですぐに母星へ帰れば良いものを、ひどい目に会ったお返しを考えるのが侵略宇宙人のせめてものプライドだった。このUFO、ただの乗り物ではない。ちゃんと武装も装備してある、バトルシップとしての機能をも与えられている。
「広さは12畳の1LDK、家具家電にネット環境までそろった素敵船には、こういうこともできるのだっ! 後悔するのだぁ……」
長い旅でかなりの生活感あふれる部屋。色々な操作盤も途中で買った雑誌や食べ終わったままのカップめんなどで覆われてしまっていた。それを乱雑にかき分ける。
「こうして外に出た後に戻ってみると、なかなか臭いのだ」
ばらばらと床にすべて落とし続け、やっと見えてきた操作盤。コントローラーでは攻撃に関することをできないよう、制限されている。万が一の意図しない誤操作で動作してしまうのはよくないということらしい。
「あともう少しっ」
すぐそこにあるので、面倒くさくなったように一気に腕を掛けた。ものぐさな響きを散らかし、とうとう準備が整った。
かに思えたが。
乱暴にやりすぎ、腕が何かのボタンを押してしまった。それも認識されるくらいに深く。
感覚にすぐに気づいたしえ顔宇宙人は慌ててどういうものを押してしまったのか確認する。当のボタンの上に貼られているラベルは宇宙人文字で書かれていたのでわからない。
ただ、押した本人がさあっと赤から真っ青に変わる。
「うぉーにんぐ。うぉーにんぐ」
持ち主の趣味で、ガイダンス音声がかなり舌足らずのアニメ声で発する。母星でかなり人気のあるアニメキャラクターのものだ。この声に癒されて長い旅行に耐えてきたのだ。
「うぉーにんぐ。にゅうりょくされたのは、じばく、です。ばくはつしちゃいます、どかーんって。わあ、おにいちゃんとってもすてきー。じばくをもいとわないうちゅうじんのかがみ、どきどきするっ」
普段なら萌え上がって悶々とするところだろうがそうはいかない。なんとかして自爆を解除しようとボタンやコマンドを探してみようとするも、残念ながらそんなものはなかった。
「おにいちゃん、まさかじばく、やめちゃうの?」
「止めちゃうのもくそもないのだ。このままではわれは死んでしまうのだ!」
「あれみるぅわはじばくするおにいちゃん、とってもかっこいいって思ったのに……」
明らかに悲しそうな声が流れてくる。思考のパターンもキャラに合わせるよう、かなり調整を繰り返してきたのだ。画面には「あれみるぅわ5.46」とされていた。
「われがいなくなってしまえば、あれみるぅわは一人ぼっちになってしまうのだぞ」
「ううん、そんなことないもん」
「どういうことなのだ?」
合成音声とは思えないほどのスムーズかつ、本当にそこにいるかのような言葉の流れ。自分たちが二次元の世界へ行けないのならば、こちらの世界へ連れてこれば良い。そういう技術発展があった。
「あれみるぅわのからだはこのおふねだってしってる。だからじばくはどうなるってわかるもん。あれみるぅわはね、あのね、あのね、ずっといえなかったけどね、おにいちゃんのことだいすきなんだよっ。ずっといっしょにいたいのっ」
「だったらならば、より自爆をどうにかせねばなるまいか!」
解除方法を探すため、棚にしまわれていた取扱説明書をばらばらめくっている。さすがUFO、一冊で説明しきれるはずはなく、何冊にも分かれていた。一冊ずつもなかなかの分厚さで。
「ううん。ここでいっしょにばくはつすれば、だれにもじゃまされずになるもんっ」
「えっ……」
予想外の言葉に手が止まり、モニターへと顔をやる。しえの顔で。
数値やら図、外の様子だけが表示されていたのをすべて消され、あれみるぅわの姿だけになった。それもやっぱりたこだった。でも彼らにとってかなりの萌えキャラなんだそうだ。
「それほどまでにわれのことを……」
命が掛かっているはず。それなのに悪い意味で悲しいステータスをこじらせてしまったがため、心をじいんとしびれさす。いいぞ、頑張れあれみるぅわ。萌えよあれみるぅわ。
「ふたりでずっと、ずうっとになろうよっ。じばくすれば、あれみるぅわはおにいちゃんと、おにいちゃんはあれみるぅわとどこまでもになれるからっ。だいすきっ、あいしてるっ、おにいちゃんがいないとだめなのっ。しんじゃう、いきていけないからっ」
こういう思考パターンを入れた記憶はない。だからこそ大洪水に涙が流れる。よだれも垂らしている。触れることも叶わない女の子だが、それでも彼は今まさに人生で最高の感情に胴上げされている。
「ああっ、なんということだ。こんなけなげな女の子を裏切れるわけないのだ!」
どんどんと自爆リミットは迫り、もうすぐそこまでに来ている。
しかし頭の中に咲いたお花畑は彼のすべてを支配して、覚悟もどきを決めさせられた。取扱説明書は投げ捨て、モニターに映る彼女の唇らしき部分と自らの(しえのだけど)唇を出会わせた。
世界一ピュアなようなキス。
「おにいちゃんっ」
「あれみるぅわっ」
カウントが終われば光が辺りを包み、飲み込んでいった。その閃光の中にまずはしえ顔宇宙人が飲み込まれていった。
なんとま幸せそうな、あほな表情のままで。
「うわっ、なんだっ?」
動かずじいっと浮いていたUFOがいきなりに輝きだし、外で様子を伺っていたユーキがわめく。しちは直感が働いたのか、ずいっと一歩後ずさり。電柱コマンドーたちもどうしたどうしたと空を見上げ、立ち尽くす。
辺りに飛び散った光は、また収束し、目も開けていられないくらいのまぶしさになった。
UFOは自爆した。しかしそれは明らかに単体だけの威力ではなく、辺り一面へと広がっていく。ということは、ユーキもしちも電柱コマンドーたちも巻き込まれてしまうことになった。
こうして実に意外な形で、人間、電柱、宇宙人の争いが終わったのだった。
どこの記録にも、誰の記憶にも残らないが、間違いなく平和は保たれることになった。尊い将来ある若者の命と引き換えに。ユーキくんの勇気が救ったのだ。しえの暴力はまあ、どうでもいいことだ。
幸いなことににしき星は何のことのない位置にあり、被害はなかった。宇宙人式の爆発はこうも特殊で、爆風は気持ちの良いそよ風になって風鈴をちりんと鳴らすだけだった。
怯えていたお菓子たちもいつもの落ち着きを取り戻していて、大人しく陳列している。
店中で麦茶、うまい棒をなくしていたみりるは「ふぁ」っと大きなあくびを。何度も突かれていた睡魔にとうとう負け、瞼を閉じて眠り始めた。
寝入りは一秒も満たずに早く、すうすうと心地よい寝息がにしき星に響いた。
騒がしく、大変で、おかしいあのあの町のにしき星の出来事はこうして今日も終わった。
可愛らしい店番の女の子は、あくびの好きなみりるさん。
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