5
聞き覚えのない単語を踊りの間に挟んでいる。話の流れを知るならば、すぐにでもプロパガンダであることを推理できるものだろうけれど。
首をひねるしかない単語をあれこれ考えても無駄なこと。みりる、みりるを探さなければならない。
「あっ、いたっ」
捉えたのは電柱さんと踊っている彼女の姿だった。確認してみても外見に変化はなく、そして無理矢理に踊らされているわけでもなさそう。どきりとずっと隣で見続けたいくらいのまぶしい笑顔にうそはない。
電柱たちを上手く避けて彼女に一直線。浮ついた気持ちが満ち満ちているせいか、やはりどうにも彼がいることに誰も問題にしない。また、
「ぷろがぱんだっ!」
の掛け声がした。
「みりるさんっ!」
「あっ、ユーキくんっ!」
人の言葉はちゃんと覚えていた。改造されたりして、電柱の言葉しかわからなくなっているということはなかった。ここもまたほっと一安心する。
「電柱がいっぱいで……早く逃げましょう!」
「まだみんなが踊っていて……」
「にしき星がどうなっているか気になりませんか?」
「ああっ、ほんとだ。お店、大丈夫かなあ。うん、行きましょ」
二人がぷろがぱんだ踊り会場から出ようとした時、彼女の踊りの相手だった電柱さんが立ちはだかった。
「待ってください」
「邪魔する?」
ぶんぶんと首を振る。そして懐から一つものを出し、みりるに差し出す。それはペンダントになりそうなくらいの、ミニチュアな変圧器であった。中に絶縁油は入っていないので、漏れることはない。けれどそれにしてもなかなか精巧に作られてある。
「せめてものお礼です。本物じゃありません、変圧器模型作りがぼくの趣味なので、これが一番の出来なので。味方になってくれたあなたへ、みりるさんへ」
「ありがとう。あの、君の名前は?」
「340号です。ぼくたちにみりるさんのような、素敵な文字はないので」
みりるは顎に指つけ、うんうん唸る。ユーキは早く逃げないとどうなるかわからないので、どきどきおどおどし、周囲を伺っている。
「しち。しちくん。みりるは今から、君のこと、しちくんって呼ぶことにするよ」
「しち。ああ、それがぼくの名前。まさかより贈り物をいただけるなんて。電柱の歴史上、きっと人間さんから名前をいただいたのはぼくが初めてのことでしょう。ごめんなさい、お返しはこれ以外どうにもなくて。さあ、長居は無用です。早く逃げてください。また、どこかで会えることを願っています」
一人と一本が握手をする。その光景にユーキは思春期少年らしい嫉妬を覚えたが、素敵な彼のために抑える。
「みりるさんのお友達さん。よろしくお願いいたします」
「うん。任せてよ」
こうして別れ、とにかく地上へと戻ることになった。後ろを振り返ると、逃げている二人から気を逸らさせるため、しちが大声を出していた。ぷろがぱんだの詳しい、彼なりの細かい内容を説明している。
「あの、どうして『しち』なんですか?」
サイサリスに二人乗り(もちろんユーキがこぎ、みりるが荷台に乗っているけれど、良い子は真似しないように。タンデム車でも都道府県によって規制されているから注意)し、彼女の声で気合を入れたいがために尋ねる。
「340号だからだよ」
「ああー、なるほど。そういうの詳しいんですね。知らなかった」
(でも、それなら『ダン』とかのほうがより良かったんじゃ。しちじゃ、結局数字だ)
しゃーっと景色が変わらないものの、快適なサイクリングが続く。背中にまさかのみりるが乗っているので、本来は慣れない二人乗りでもかっこよく決めてやろうと全神経を集中している。
等間隔の灯りの終わりはもうすぐそこ。急な上り坂が待っている。このままのスピードではどうにもこうにも上りきれないくらいの。
「しっかり捕まっててくださいねっ」
「うん」
ぎゅっとシャツを握られた感覚を知り、彼は燃えたぎる蒸気機関になった。普段からは考えられないほどの出力になり、しかしそれにちゃんとサイサリスは追従してくる。速くなって速くなって、原付をも超えるくらいになって、坂道へと差し掛かる。
落とそうとする坂に抵抗し続ける。上る、上る。先に地上の明かりが見える。
「頑張って!」
燃料追加で、この状況でさらに速度が上がる。恐ろしい。ユーキという少年のポテンシャルがとてつもなく恐ろしい。普段はあまり役に立たないどこにでもいそうな普通のぼんくらに近い、将来有望そうでない少年だというのに。
ついに飛び出した。二人は地上へとカムバックした。脱出成功。
なのは良いのだけど、あまりに勢いを着けすぎてしまったがため、空中へと投げ出されてしまった。それもかなりの高さ。
「うおわぁぁぁぁぁっ!」
ハンドルを力いっぱいに握り、なんとか体勢を整えようとする。が、耐えきれなくなってみりるが離れてしまう。それはそうだ、彼女は普通の女の子だ。
サイサリスを見捨てたくはなかったが、彼は言った。
「彼女を助けるんだ。俺は修理できる。だが、彼女はそうでないし、柔らかく可愛い」
手は離れた。別れの合図のようにサイサリスのライトがちかちかと光った。一足先に地面へと落ちていく。前からまっすぐに、ブレーンバスターを受けてしまったように痛みを漏らし、ホイールが曲がってボディから離れた。沈黙した。
相棒の勇敢さに乗り手は敬礼した。
空中で彼女をお姫様抱っこで抱え、ユーキは地面へと着地する。衝撃をもろに受けてしまって脚がじいんとしびれたが、身体を伝わせて頭から空へ逃がして事なきを得た。
「ご、ごめんなさい」
「ありがとう」
お姫様抱っこを解除し、二人は走ってにしき星へと。その途中には、しえ顔宇宙人と電柱さん(父)の喧嘩会場がある。帰るにはどうしてもそこを通らなければならない。
いた。ぼろぼろであるものの、一本と一匹は健在だった。そしてなんとびっくり、喧嘩は終わっていた。夕日を真ん中に並び、宇宙人は手を伸ばし、電柱さん(父)はしゃがみ、握手していた。
「よかったぁー」
仲直りした様子にみりるが安堵の声を漏らす。それは自分たちが巻き込まれずに済んだということではなく、本当に一人と一本のことを思ってのことだった。そこから奥に見える店も無事だったので、さらに彼女はぱあっと笑顔を咲かせる。
「んん、人間ではないか」
「ああ、人間だな」
二人に気づいて各々が言った。
「聞け、人間っ!」
声をぴったりに合わせてスターターとした。一体何が始まるのだろうと、ユーキはぽかんとする。みりるはわくわくする。
「肉体言語で語り合った結果、なんと思いもよらぬ結論へと至ったのだ。それはとてもシンプルなこと、たった一つの簡単シンプル。我々宇宙人はここを占領しに来た。電柱たちは地上を占領しに来た。つまり、同じことを目指す同士だったのだ!」
人類にとって一番厄介な事態になってしまった。共倒れになることはなく、そこへ至ってしまったのだ。ここに宇宙人と電柱の同盟が組まれ、人類はこれらと戦わなければならなくなったのだった。
ずいっと並んで二人に迫る。万事休す。
「あ、あのっ」
距離を縮めてくる威圧感に恐怖しながらも、ユーキが時間を稼ごうとする。
「ももも、もしそれが上手くいった後、どっ、どうするんですか?」
敵の脚は止まらない。
「どうするもこうするも、地球を我が星にしてくれよう」
「地上は無数の我々が立つことになるであろう」
「そ、そういうことじゃなくてですね。お互いをどうするかってことなんです!」
ここではたと敵が顔を見合わせた。目の前の人間の少年が言っている言葉の意味を考え始める。
「宇宙人さんは僕らより頭良いんですよね?」
「当たり前だ。はるばる遠い星からやってこれるほどに、『地球ちょっと出来良猿』とはわけが違うのだ」
「ということは、地上に無数に並ぶ電柱はどうするんです?」
「決まっている。あんまりあれに意味を感じないし、なんてったって見た目が汚い。地下にもでも埋めてしま――はっ」
見事にあっさり同盟は崩れ去ることになった。というかあまりにもうかつ過ぎる。もうちょっとおべんちゃらを使えないものだったのか。宇宙人は自分が宇宙人であること、その立場におごっていたのだった。
「貴様、たぶらかしたのだな!?」
「ううぐ、まさかこのわれがよもやこんな少年の言葉に引っかかってしまうとは。なんという策士、えぐさをひしひしと感じる。そうだ、電柱などという旧時代のもの、そんなものは母星に存在しておらん。あ、博物館にはあるが」
さっきまであんなに仲良さそうにしていたのに、悪くなるのは何事も簡単だ。
「ユーキくん、せっかく仲良しさんになったのに、また喧嘩になっちゃうよ」
「みりるさん。悲しいことですが、同じ種族でもわかりあえないんですから、彼らはもっとずれちゃうんですよ」
それっぽいことを言ってみたものの内心はとても、
(助かったー、今のとこは助かったー)
大粒の汗を拭って一息つく。
「ええい、我々はいつも利用されるばかりなのか! こうなったらまずはやはりたこ、貴様から成敗してくれる。電柱コマンドーであえ、であえぇっぁ!」
呼び出しが掛かると、あの穴からぞろぞろといや、のろのろと電柱コマンドーたちが現れた。明らかに統制がとれておらず、膝を笑わせ、ひどい酔いで吐くものもあった。ぷろがぱんだ踊りはさらに乱痴気騒ぎになっていたようだ。
「うぬ、お前たち、一体どうしたというのだっ?」
「ぷろがぱんだです、ぷろがぱんだ踊りをしていたので、おえぇぇ……っ」
びしゃりびしゃりと吐しゃ物が地面に広がる。どこに口があるかわからないが、とにかく吐いている。
「あ、丁度なゲロポイントがある……おろろろろろぉ……えっぁっ」
電柱さん(父)に群がり、気持ち悪さを解消し始める電柱コマンドーたち。ふらふらに視点が定まらないため、動かない電柱と勘違いしているようだ。だが、意思持つ電柱さん(父)は逃げ惑う。それを追いかける電柱コマンドーたちは、普段の訓練の成果を存分に発揮していた。
「ふあははは、良い気味だ。汚物まみれになるが良いのだ!」
勝ち誇っていたしえ顔宇宙人だが、なんと一部の電柱コマンドーは彼をも目標にしだした。酔いにはたこが効くと聞いたことのある隊員の一本が飛び掛かったのが呼び水になった。
吐しゃ物を掛けられまいと逃走する電柱、食べられまいと逃走する宇宙人。そしてそれを追いかけるちょこっと小さな泥酔電柱コマンドーたち。あまりに動きが切れるので、作戦の成功も時間の問題だろう。
「貴様ら、私はそこらの電柱ではないのだぞ!」
「われはたこではない、食べても美味しくないのだ!」
無茶苦茶な現場に長居はさせたくなかった。ユーキはひとまずみりるをにしき星へと送った。いつもの店番の席で待たせることにする。
「僕はちょっとまた行ってきます。焼肉さん太郎でも食べながらゆっくりしていてください」
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