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やる気のなさそうな救いを求める声。なんと見てみると、電柱さん(父)以外の電柱たちがいつの間に複数現れていて、みりるを連れ去っているではないか。これまた一大事。
「み、みりるさーん!」
「ああーユーキくーんー」
大きさは最初に現れた電柱さんと同じくらい。言い争っている一本と一匹を今は忘れ、まずは彼女を助けなければ。一生懸命走ると、相手はかなり遅かったので、すぐに先回りしてとうせんぼすることができた。
ぴゃっと電柱さんたちが驚きの声を上げ、脚を止める。続けて罵詈雑言の嵐がこれもまたぴぎゃりぴぎゃり続く。下な汚いネタもあった。
「下品だぞお前たち。さあ、み、みりるさんを離すんだっ」
「この女は連れ去って、色々な目に会ってもらうのだ。どくのだ貴様!」
「ど、どうしてみりるさんでなけりゃならないんだ」
「我々の地区で一番身近な人間だからだ。それに――」
話の途中でも拳を上げるユーキ。突撃だ。
けれどあっさりと返り討ちに会ってしまい、あっけなく敗北を喫したのだった。勇気は別に身体能力を極限にまで高めるような、特殊な能力でもなんでもない。戦いは数だ。
「ええい邪魔なのだ人間っ!」
ぼこっと蹴られて道を開けられてしまった。そしてまたみりるは誘拐を再開される。
電柱の一本が街灯の発光する部分まで上り、そこに隠されていたスイッチを押す。するとマンホールが辺りも巻き込んでの大きな穴を作り、そこへみりるを連れたまま飛び込んでいった。
ぼこぼこにされてしまった男の子はその姿を眺めることしかできなかった。
「あわわわわ……どうしよう、どうしよう」
あたふたするばかりではいけない。入り口は閉じられてしまった。しかし諦めてはいけない。このままではみりるがどうなってしまうかわからない。
一本と一匹はいつの間にやら口だけではなく、身体を使った殴り合いに発展していた。電柱さん(父)のほうが圧倒的に大きいが、しえ顔を手に入れたおかげかどうか身体能力を活かして宇宙人は善戦している。
お互いにダメージを受ける度、「うげえ」だとか「あぎゃ」だとか漏らしていた。
「この我々宇宙人がここを支配するのだ!」
「いや、我々電柱こそ地上の支配者にふさわしいのだ!」
電柱たちがみりるに何をしてしまうのだろうか。思春期真っ只中の思考回路を持つユーキは、あんな姿やこんな姿であんな目やこんな目に会ってしまっている彼女を想像してしまっていた。だらしなく鼻の下が伸びてしまっている。
ただあくまでそれは想像上の姿である。現実に彼が現段階では土下座をしたところでどうにもならないくらいの刺激的な出来事だ。
「サイサリスっ!」
はっと自分のやるべきことを思い出し、愛車の名前を叫ぶ。にしき星の店先で主に構わず逃げようとしていたが、呼ばれた途端にも別になんのことはなく自転車だった。サドルに勢いよく腰を下ろし、下腹部の鈍い痛みに顔を歪ませた。
「ぁあ……行くぞっ!」
ペダルに足を掛け、勢いよく回転数を上げていく。すいすい軽やかに動力はホイールへと伝達し、激しくなって周りを巻き込み壊し始めた争いの現場を潜り抜ける。サイサリスの名前は伊達ではない。
漕いだままに二本差してある内の一本の傘を手に取り、電柱たちが操作した街灯へと投げる。それがなんとま上手い具合に当たり、これまたなんとまスイッチを作動させ、入り口の穴が開いた。そこへサイサリスに跨ったまま速度を落とさずに突入していく。
そのまま自由落下する道ではなかったが、急な下り坂でサイサリスが経験したことのない速度をどんどんと更新していく。それはユーキも同じくで、あまりの速さに制御しきれないか涙と叫びがあふれていた。
ブレーキを握れば減速できることに気づいたのはかなり下ったあとで、けれどパニックな彼は一気に掛けてしまった。サイサリスはその性能を完璧に発揮してみせ、びたりと停車する。
するともちろん主は慣性に引っ張られてしまい、ワイヤー撮影のごとくぴょんと身体がサイサリスから離れ、身一つで坂の相手をすることになってしまった。
ごみのように落ち、やがて行き止まりへと。壁に当たって無理矢理に止められてしまう。
「ごーぎゃん!」
あらゆるところが大変なことになっている。しかし勇気はそれを超えるのだ。彼は立ち上がる。
とそこに遅れて滑り込んできたサイサリスが突っ込んできた。巻き込まれ、またしても壁に激突してしまった。
「ぽぉーるっ!」
奇天烈な叫びをあげる。しかしまだまだ彼はへこたれない。男の子これくらいはなんのこれしき。傘を一本失ってもサイサリスな愛車をまだ付き合わせる。
電柱たちの世界だ。等間隔に照明が点いているものの、薄暗く一本道が続いている。侵入には気づかれていないらしい。そこを進んでいく。
「さあ、人間。あそこを我々の領地として差し出すのだ。さもなくば、さもなくとも色々な目に会ってもらうことになるぞ」
ユーキがサイサリスとサイクリングしている道の先、そこのがらんどうとした広場で電柱たちにえいえい責められているみりるがいた。立っているが、周りを取り囲まれて逃げられそうにもない。
「まずにお店を手に入れて、どうするの?」
「決まっているではないか。あそこを一先ずの地上拠点としてから、無電柱化などというばかなことを考えた人間たちに対して戦いを挑むのだ」
「例えば?」
わいわい好き勝手に口を開いていた電柱たちがいっせいに黙った。しいんと広場にはさっきまでの残響だけが残る。しばらくすればひそひそ周りと相談し始め、みりるの尋ねる先のことを答えた。
「我々はコンクリートの身体を持っている。正面から立ち向かうのだ」
「確かにかちかちね。でも、しえちゃんに倒されちゃってたよ。もっと強い人なんていっぱいいるのに、電柱さんたちそれじゃやられちゃうよ」
折られてしまった仲間のことを知らなかったようだ。整列し、点呼を始め、欠員がいないかどうかを確認する。もちろんいるわけで、すぐに電柱たちは顔を真っ青にして震えた。
「おい、271号がいない」
「まさか。偵察から帰ってこられなかったというのか。電柱アカデミー、歴代最高クラスの首席卒業の、様々な伝説を残した271号が失敗したのか。そんなばかなことあるか」
「人間は思っていたよりそんなばかだったのだ。ひええ、怖いのである。怖いのである」
可哀想な電柱さん。彼らは271号と呼ぶあの子。しえに出会ってしまってひどい最期を遂げてしまった。震えがいよいよ収まらなくなる可能性があったけれども、どういう風にされてしまったのか一本が訊く。
「殴られて、ぐいっとされちゃって、折れちゃった。とっても可哀想。しえちゃんもあそこまですることはなかったのに……」
全面的な闘争という案はあっさり立ち消えになった。敵いそうにないと共通認識に刻まれた。それならばどうするとまたひそひそ会議が行われる。
「せっ宣伝。宣伝しよう」
新たな案が生まれた。発言をしたのは、どうにもこうにも気弱そうな電柱さん。普段から虐げられるとまではいかないけれども、下に見られているような。
「お前は劣等生のくせに何を言っているのだ。宣伝などと」
案の定、一気に全員から突かれてしまうことになってしまった。その光景、みりるは心を痛ませ悲しくする。
「お前程度のやつが思い浮かぶアイデアなど、大したことはないのだ。そうに決まっている」
「電柱アカデミー、歴代屈指のばかであるのだぞお前は。1たす1は2であるのに、お前は何と答えた? 3ひく1も2であると言ったくらいなのだぞ。国会で決められた方法すら外れるお前などに、誰も意見を求めていない」
「のうたりんめ。引っ込んでいろ」
「このファッキン電柱め。ファッキンな頭でファッキンな案などファッキンに決まっているのだから、ファックされていろ」
出る電柱も打たれてしまう世の中があった。どこの場所でもこういう子には世知辛い。家では両親、兄弟に優しく素敵な男の子であるが、周りからはこうしてばかにされ続けている。
「けっ、けれど……」
「けれどもいんれっどもないのだ。黙っておけ。我々が考えるのだ」
とうとう、
「聴いてあげてよ!」
女の子は我慢できなくなった。
これまでで一番の大きな声が咆哮かと思え、哀れに電柱たちが目に見えて怯えた。だからすぐに黙り込み、みりるの話しする時間がやってきた。
「この電柱さんはみんなのために考えたのに、内容を聴かないでだめとか言っちゃだめだよっ。お話し合いはしっかり落ち着いて、気持ちとは別のところでやるべきだってみりるはそう思いますっ」
手招きをすると、発言した電柱さんがすぐそばへと寄っていった。そうして味方になってくれた彼女に頭を下げた。
手を振り、みりるは発言の続きを促した。
「せ、宣伝だよ。今、こういう計画が進められていることを、どうやら人間たちはみんながみんな知っているわけじゃなさそう。だからまずはこういうことがあるというのを知ってもらって、そこから僕たちにとってひどいことだと上手に教えていけば良いんだ。すると人間たちの中でも味方になってくれる人が現れるはずだよ」
一通り終わると、しいんとした。内容を噛み砕いているようだ。で、またこそこそと話し合いが行われ、
「時間が掛かり過ぎではないか?」
「いや、これしかないのでは」
「『ぷろがぱんだ』というものだ、実に有効であると歴史の教科書に証明されていた」
わあっと答えがまとまり、劣等生が一気に優等生に近いくらいの拍手を浴びせられた。初めての経験に戸惑い、本注は顔を真っ赤にして照れている。
「あ、ありがとう。あなたのおかげです」
「ううん、電柱さんが良いことを言ったからだよ。大丈夫、3ひく1もちゃんと2だからねっ」
自分の考え方を肯定され、もっと電柱さんが赤らめた。みりるは彼の手を取り、ぶんぶんと振って嬉しさを表現する。盛り上がれば一人と一本でステップを刻みだす。その雰囲気がどんどんと広場を満たしていって、ダンスホールになることは不可避だった。
「音楽、音楽カモン!」
踊って歌って楽しめば良いのだ。電柱たちはとにかく今を楽しむことにしたのだった。
おっかなびっくりで進んできたユーキ。特に罠とか警報もなく、びくびく無駄になってしまった。
しかしこの先の広場の光景が一番に驚くことになった。遠くからどんどこ音が響いてくる、幻聴かと思ったけれど、近づけば近づくほどに現実であることがわかった。そうしてたどり着けば、凄惨な現場とは程遠い和気あいあいなパーティー会場が広がっていたのだ。
お口あんぐり。
「電柱の世界はお祭り会場だったのか……そんなわけないよねー!」
上機嫌な気持ちのおかげで誰も彼に気づくことはなかった。サイサリスを停め、中心からは離れてまずはみりるの姿を探す。ちょっとだけ祭りの意味を考えてしまっておっかなくなってしまった。
「えっと、ええっと」
懐からストローではなく、双眼鏡が探り当てられた。もちろん覗く。
ほとんどピントが合っていないような電柱たちの姿がわかる。その中で唯一の人間を探せばよいのだ。諦めずに視線を動かし続ける。
「ぷろがぱんだっ!」
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