3
明後日の方に指を伸ばし、しえが訴えかけるように放つと、電柱さん(父)も含めて全員がそちらへと振り返った。その隙を彼女は見逃さない。
「掛かったな、このコンクリ棒っきれぇー!」
古典的な嘘からの拳。和光しえという女の子は勝利に対してただ貪欲にあがき続けるのだ。卑怯もらっきょうも勝てるのであれば非難されても笑い飛ばせる強さを持っている。
電柱さんをへこませた攻撃は障害なく届きつつある。そこから後のことはあまり考えていなかったが、怯ませることが出来るならばなんらかの攻撃バリエーションが広がる。校内一と呼ばれるほどの美少女がひどく不敵に顔を歪ませた。
「しえちゃん、さすがしえちゃん!」
みりるの声がより彼女の拳を強化し、当たった。かなり鈍い響きが辺りを揺らした。
が、電柱さん(父)は少しだけの傷をつけられたのみで、意に介さなかった。それにどうしたことか、みりるとユーキもその出来事をあっちへやっている。
無視されることは腹の立つことだ。しえは怒りを出しながら、二人と一本が見つめる方向へと目をやった。彼女が騙すために指を差した方向だ。でまかせだ、はったりだった。
UFOがそこにあった。
ステレオタイプな小学生でも、いや幼稚園児でも描けそうなくらいに単純化されたデザインの未確認飛行物体が一機、そこに浮かんでいた。これまたみょんみょんとした浮遊音、駆動音とともに。
「う、嘘ぉー」
発言主が気を抜けた声を出す。目をこすったり、瞬きを何度繰り返してみても確かに、そこに浮かんだままだ。頬をつねってみても痛みを感じている。
みりるは初めて見るUFOに好奇心を爆発させ、ユーキは呪文のように「まさか」と唱え続けている。さすがの電柱さん(父)もこれにはびっくりし、
「う、宇宙人が、ラジオドラマでもなくフィクションが攻めてきおった……」
何十年と立ち続けてきた電柱であっても初めての経験だった。子供を作るくらいの経験をしたとしても、まだまだ知りえないことがこの世にはいっぱいあるのだ。それをわかって携帯端末を取り出し、一枚記念に撮影する。みりるも同じく撮る。
「さすがしえちゃん。UFOを発見するなんてっ」
気づけばUFOはにしき星のすぐそばに来ていて、けれどなにもしてこない。駆動音だけが鳴りつづけ、キャトルミューティレーション的な準備をしている様子もない。
「なかなか降りてこないね。もしかして、おめかししているのかな?」
「宇宙人がおめかしそうにないと思うんですけど……」
「おしゃれは宇宙共通だよ。宇宙人さんだってきっとおめかしするんだもん」
浮いたままようやく機体の下部分から一本の光が伸び、やがて地面へとたどり着く。それに少し遅れ、単数の影がぐうっと降りてくる。中にいたものだ。とうとうここに、宇宙人の存在という途方もない議論の終焉が見えようとしていた。
「こここ、殺されるーぅ。あたしたち交渉の余地なく開かれてくさやみたいにされちゃあー!」
またもや腰を抜かしてしえががたがたする。危ない、繰り返すようだがスカートの中身が角度によって見えてしまう。彼女は気づかなければならない、身近な危機に。
「やられる前に、やるっ、やられる前にぃぁーっ!」
精神のスイッチを無理やりに切り替え、抜けていた腰を回復させる。すたっと立ち上がり、当人比1.5倍の脚の回転で光へと走る。先制攻撃すれば、何かしらのダメージを与えられると考えたらしい。
中の影に向かって跳び蹴りを放つ。その鋭さはソニックブームを生むほどであり、彼女がこれまで封印してきた力であった。今、ここで使うべき力。
あれは数年前のこと。いつものように朝、目を覚ますとそこは方向が全く読めない、広大な樹海であった。しえは確かに家で寝ていたのにもかかわらず、翌日いきなり樹海生活、そして脱出を余儀なくされてしまったのだ。
置手紙が一枚。両親のだった。
「かんぴょうまき」
実際は長々と書かれていたのだけれども、樹海の湿気にまみれたりなんだかんだありまして、この文字しか残らなかったのでした。しかし両親に絶大な信頼を置いているしえはばか正直にお使いを頼まれたと思い込み、頑張るのでした。
樹海を彷徨うこと数日。雫が天から滴り落ちる洞窟の中、とうとう彼女は見つけたのだ。あらゆる命を狩り生き抜いてきたがために血走った瞳を、いとも簡単に浄化させる光を放つそれを。
数十年に一本現れるという、『伝説の幻の霞の光り輝く黄金のかんぴょうまき』
野生の力に飲まれてしまったしえも、この輝きによって美少女へと復活した。ご丁寧に皿に乗せられていて、その横にはタッパーがある。これに入れて持ち帰れば良いというわけだ。
けれどしえは、『伝説の幻の霞の光り輝く黄金のかんぴょうまき』の味を確かめてみたかった。まともなご飯を食べてもいなかったことがさらに欲望を増幅させた。
結果、『伝説の幻の霞の光り輝く黄金のかんぴょうまき』は彼女の胃袋へとすべて収められてしまった。そうしてそのまま迷うことなく、樹海を去った。
家に戻る途中、彼女はおつかいを果たせなかったことに対し、叱られると確信していた。電車の中でどうするべきかうんうんと悩み、商店街で適当に買って帰ろうかとも考えたが、なんとなくそれを面倒くさがった。
だから彼女は家に戻るなり、両親を先に仕留めることを目指し、跳び蹴りを放ったのだ。
それはあまりの鋭さに窓ガラスを割りながら、そう、まったく今、宇宙人へ向けたものと同じ力にこの時目覚めたのだ。
「かんぴょうまキィィィックッ!!」
あらゆる武道の達人ですらその域にはなかなか到達できないと言われる、かんぴょうまキックを会得した彼女こそ、宇宙人に生身で対抗できる唯一の存在かもしれない。
影の存在はいともあっさりと受けてしまい、爆発四散した。ここに今、和光しえは宇宙人を初めて殺傷した地球人として名を遺したのだった。宇宙人だったものは人とは違う体液で辺り一面を染め、妙な臭いを漂わせる。
ユーキと電柱さん(父)はあまりの光景に顔を歪ませているが、みりるはよくわからず感嘆を漏らす。
「やった、あたしがやった! このたこ野郎めが!」
肉片をぐしゃりぐしゃりと踏みつけているしえ。それは地球に似ているもので言えば、言う通りたこだった。体色が赤い。死んでしまっているので、ものは言わなかった。
と勝ち誇っていた彼女の身体が光に包まれて、突如UFOへと吸い込まれた。ぎゃあぎゃあと喚いていたが、容赦もなく吸い込まれた。あまりに唐突であったので、誰も助けにいこうとせず、そしていなくなっても動かなかった。
しばらく経ち、UFOから一人が降りてきた。たこ型宇宙人の身体に、しえの顔が移植されていた。ぱっと見ならば、彼女が着ぐるみを着ているようだが、話す内容が、
「ええい、野蛮な地球人どもめ。仲間をよくも殺してくれたな」
声もしえそのものだが、彼女ではない。彼女は死んでしまったのだ。宇宙人の部品にされてしまって。
「しえちゃんが、宇宙人さんになっちゃった」
「まあ、自業自得ですよね」
「そうだな。これで息子の仇も取れたことだし。まことゲスであった」
これにて一件落着。とはいかなかった。
宇宙人は友好と程遠いおもちゃのような銃を突きつけ、高らかに宣言する。
「我々は宇宙人だ。ずうっと予約していたこの星、引き取りに来た」
UFOから仲間は降りてこなかった。どうやら殺されてしまった一人と、このしえ顔宇宙人の合わせて二人だけがやって来たようだ。本体ではなく、まずの先遣隊というところか。
「予約と言われても、そんなもの知らないです」
「嘘をつけ。まだ現存していることもしっかり確認しておるのだ」
立体映像が現れる。現在の地球ではここまでの実用化に至っていない技術。そこには首都のあのかの有名な電波塔が移されていた。赤い方だ。指なのか腕なのか脚なのか、とにかくそういうものでしえ顔宇宙人が指す。
「これが我々の予約印だ。間違いなく、『とぅきょりるるとぅるわあ』である」
「いや、東京タワーは人が建てたものですよ。ねえ?」
ユーキがたまらず二人に同意を求める。かなりの一般常識だ、すぐに首を縦に振った。
「うん。私もそれくらいは知ってるよ」
「電柱代表として断言しよう」
ぐぬぬと唸るしえ顔宇宙人に対し、ダメ押しに携帯端末で情報を提示する。そこにはどこにもかしこにも宇宙人がという記述がなかった。
「じゃあ、もし宇宙人さんたちが作ったとしても、それはどうやっていつなんです?」
「ぬぬっ、ぬぬぬぅ……」
かなり苦しそうな声を上げている。こうしてユーキはほぼ確かなものを掴んだ。
「はったりですね。そういう風に言えば無条件で降伏してくれるとか考えたんでしょう」
「うるさいうるさい、やかましいぞ地球人! とにもかくにも我々が征服に来たことに変わりないのだ。それになんだお前は!」
指されたのは、電柱さん(父)だった。
「電柱のくせになぜ生きておるのだ!」
彼らの星にも電柱というものが存在しているらしい。埋めるという発想なく、そのまま地面に立って仕事をしている。しかし目の前で動いたり喋ったりするものはどこにもいないと文句を言う。引けなくなったクレーマーのように。
(よく言ってくれた!)
心の中で突っ込めなかったもやもやが解消し、拳が握られる。しかしあらゆる感覚が現実感をぶつけてくるので、それだけに頭の痛くなることではあったが。
生きている電柱、宇宙人、和光しえの死亡。短い間にダムが決壊してどうしようもなくなる川の流れが日常を襲っていた。
「電柱が生きていてなにが悪いのか!?」
「悪いっ。じいつとその場に文句も言わずに立ちつづけ仕事をするのが本分の存在が、そんなにごろごろとあちらこちらに移動されてはおかしいのだ。というか、正直キモい」
しえの顔で言ってしまったものだから、いら立ちが一気に跳ね上がる。言いあいが始まる。人類は黙って入っていけず見守り続けるしかないように見えたが、みりるだけはお菓子を食べながら観戦することにしていた。ユーキは謎ストローでの給水が間に合わないくらいに汗をかいている。
「そんなことを言えば貴様だって、まるでたこではないか。少なくともここではたこは喋ったりはしないし、征服活動なんかもせん。というか、うねうね動いて正直キモい」
「電柱のほうがキモい!」
「いいや、宇宙人のほうがキモい!」
「お前の母ちゃん唐変木!」
「貴様の親父は刺身だ!」
険悪な雰囲気がどんどんとあのあの町を覆っていく。にしき星のお菓子はがたがたと震え、サイサリスは逃げようとしてこける。
「みりるさん、逃げましょう!」
「逃げるって?」
今度は酢こんぶを食べ、のんびりとそう尋ねる。にしき星の店先に置かれている長椅子に腰かけ、事の流れを見続けていた。店は騒がしいが、店番はあくまでマイペース、能天気。
「だってここ、戦いの場になっちゃいますよ。早くしないと巻き込まれちゃって」
「ええ、でもせっかくお店の近くに来てもらったんだから、お菓子を買っていってもらいたいんだけど。電柱さんにも宇宙人さんにも食べて欲しいんだけど」
ここでユーキがはっと自分の言ってしまったことを後悔した。みりるにとってにしき星は大切なお店だ。それを簡単に見捨てて逃げることなんて到底できないはず。相手が電柱と宇宙人であってもだ。
勇気だ。勇気を振り絞るのだ。
己のすべての勇気を集め、増幅し、みりるとにしき星を守るのだ。
どんな奇妙が相手だとしても立ち向かわなければいけないのだ。
「ふぁー」っとみりるがあくびを一つ。そこでユーキのスイッチが入ったような気がする音がした。
気張れ少年。恋する男の子の力があらゆる出来事を超越することを見せてやるのだ。
「あーれー」
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