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しえはそうとだけ。
「電柱と言っても、色々あるんだよ。送電とか配電のためだけの電力柱(でんりょくちゅう)。通信ケーブルのためだけの電信柱(でんしんばしら)。この両方の使用のための共用柱(きょうようちゅう)。ちなみにあの線を支えている棒は腕金って言うんだよ。だから電柱が何してるのかって訊かれても、用途によって違う、かな。というか、なんで電柱が動いてるのさ」
自分のことについて意外と知らなかったのか、ユーキの解説に電柱は黙り込んでしまう。
「おたくキモっ。それにあたしの許可なくみりるに近づいた、犬のしょんべん臭い身体でっ」
すぐそばのみりるがくんくん嗅いで一言。
「すごいっ、この電柱さんおしっこ臭くない」
でしょうとばかりに手を大きく広げてポーズを取る電柱。ぱちぱちと拍手を送るみりる。相手の様子を伺うしかない二人。
「それで電柱さんはどれを買いに来たの?」
「ぼくちんはのんきにショッピングをしに来たわけではないのだ。ぼくちんたちはお前たち人間の非電柱な仕打ちに怒りを抱いているのである」
まったく話が見えない。一呼吸置いて続きが始められる。
「あれはとある電柱がネットサーフィンをしていた時だ。エッチなサイ――じゃなく偶然にもとあるサイトのページを表示し、そこになんと『無電柱化プロジェクト』なるものが載ってあったのだ。たわけ! ぼくちんたちが何年も何十年も仕事をしてきたのに、景観が悪くなってるし、外国がそうだからって絶滅させようというのかファック!」
だからと言って駄菓子屋へやってきた理由がまったくわからない。マイペースに焼肉さん太郎を食べているみりるはともかく、仲が悪いはずのユーキとしえが顔を見合わせて肩をすくめる。
「おかしくなる脳なんて持ってないのに、どこがおかしくなっちゃったんだろ」
「しょんべん掛けられ過ぎて腐ってんのよ」
ぐっと拳を握り、天高く伸ばす。電柱は駄菓子屋で高々と宣言した。やはりどこにも口はないのに、ちゃんと幼めの可愛らしい声が響く。
「ぼくちんたちは貴様たちへの反乱を宣言する。天誅! 恩知らずの貴様らに対してだ! まずは手始めにここをぼくちんたちの領土とさせてもらうのだ。さっさと明け渡せゲロ人間ど――」
しえの鋭く振りぬかれた拳が電柱を確実に捉えた。コンクリートで出来ているはずなのに、打撃を受けた部分がへこんで破片が舞い、がしゃんがしゃんと店内で身体が数回弾かれて派手に退店することになった。
「しょんべんも、くそも、ゲロも、その他もろもろ汚い電柱風情が何言っちゃってくれちゃってんの」
ぽきぽきと手の指を鳴らしながら、震えて動けないようになっている電柱へわざと足音を大きくして近づく。足の方向から腹向きなのか、背向きなのかをしっかり確認し、うつ伏せであることがわかった途端。
「ははははっ、いくら電柱と言えども、てこの原理には敵うまぁい!」
馬乗りになって腕金を握り、一気に持ち上げた。キャメルクラッチだ。和光しえは人として初めて電柱にキャメルクラッチを掛けた少女としてここに名を遺したのだ。それも相手が人でないせいかまったく容赦がない。残虐超人であった頃のラーメンマンのごとく情け容赦ない。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃあっ!!」
「電柱ごときが調子に乗ってんじゃないわよ。報いに大人しく――」
ぼごおっと鈍い響きがし、とうとう電柱が上下に真っ二つに割れてしまった。手ごたえを全身で受け止め、しえは立ち上がって追い打ちに上半身を足蹴にして反転させ、見下してつばを吐きかけ真っ黒に口角を上げた。
「産廃になれば良いのよ」
「うぐぐ……悪魔め、鬼め、サイコめ。か弱いぼくちんになんて仕打ちを……」
「お前のようなやつが人間様に敵うはずないってえのぉっ。わかったら身の程知らずな事した自分を恨みながら、リサイクルされちゃいな」
「おのれぇ、おのれぇ、後悔しても遅いんだぞぉ……うげぇ!」
とうとう電柱は動かなくなり、何も言わなくなった。命あるものとしても、電柱としても果たせなくなった。あまりに運がなく哀れだった。よりにもよってにしき屋、さらにしえがいるときに侵攻してしまったのが悪かったのだ。
相手が人でないからここまでしてしまえるしえもかなり恐ろしい。前科はない、はずだ。
「ああ、電柱さんが電柱になっちゃった」
みりるが駆け寄って破片などを調べている。ほんのちょっとだけ悲しんで、声を掛けたりしていた。
「和光さん、これはあんまりにひどくないかな」
「何が? みりるに近づいてさらに占領しようとした。ならばいつものように『始末』するしかないじゃん」
「い、いつものように?」
「みりるに近づいた男たち、何か聞いたことはない?」
学校内でも怪談話として噂になっていることが一つ。このくらいの子は噂好きだから、あっという間に全校レベルで広がっていく。そしてその内容があまりに恐ろしいものであると、七不思議という代々伝えられる域へと達する。
七不思議と呼ばれるが、しれっと七つ以上ある。だけど誰もそれを指摘しようとはしない。指摘するといつの間にか転校してしまうこともまた、七不思議の一つ。くれぐれも気をつけて欲しいところ。疑念を抱くだけでも、玄関ドアがノックされることがあったという。
ユーキがしえに言われて思い出した噂は、「とある女の子に必要以上に近づいた男子がひどい目に会う」というもの。あまりに長いし、ばかばかしい内容から信じてはいなかったが、ぎらりと次の獲物候補を調べるような彼女の目にぞっとした。
雨でもないのにローションでびしょ濡れになったり、楽しみにしていた雑誌のグラビアの女の人の顔がシャイニングなジャック・ニコルソンになっていたり、家から持ってきていたはずの弁当の中身がすべてうずらの卵になっていたり、様々。
それと共に一枚のメモが挟まれていて、そこには「あの娘に近づいたな、イカ臭野郎。MHK」などと書かれているとかなんとか。あくまで噂なので、本当にあるかどうかはまた自分次第ということになるのだけれども。
「え、えへへへ……」
これ以上深入りしてもなにも良いことがないので、愛想笑いするしか彼にはなかった。合わせて不自然な笑い声を上げるしえに、額が濡れる。
本筋に戻って電柱だ。この残骸、一体どう処理すれば良いのかという話になる。こんこんと叩いてみても、やはりうんともすんとも言わないので、教えてくれない。ユーキがどこの持ち物の電柱か調べてみたが、所有権を示すプレートはない。
「けど、気になることを言ってましたね。人間に対して戦いを挑むとか」
「ユーキくん。電柱さんが言ってたのって、本当なの?」
みりるに訊かれたのだからきちんと答えるしかあるまい。ということで知っている限りのことを言葉少なめに。
「大分前から電柱失くして、ケーブルをすべて埋めるようにするなんて話は聞いたことあります」
「まったく、創造主なんだからどうしようたってこっちの勝手じゃない。それになめてくれたもんね、こんなちっこいやつを送ってくるなんて」
道の真ん中に残しておくのは邪魔になるので、手分けして端っこへと。しえは途中でひらめき、見せしめとばかりに壁へと立てかけた。
「これで良し、と」
一仕事終え、するめをくわえて一呼吸。西日が彼女の背中を照らし、一足先にみりるとユーキの二人が店内へ戻ろうとした時だった。
ずうっとしえの目の前に影が広がったのだ。自分の影だけではない、細長いものが頭を通り越して伸びている。気を抜いていた彼女もさすがにこれには気づき、ゆっくりと振り返る。
「ぬわぁっ!」
店内に入りかけていた二人に、しえの仰天声が入る。あまりに聞いたこともないようなそれには、みりるもたちまち出かけていたあくびを止め、幼馴染を心配する。一足先にユーキが現状を理解した。
ぺたりとしりもちを着いてしまっていたしえの目の前には、なんと電柱。さっきのと比べて圧倒的に大きい、建物の三階には届きそうなくらいのものにも手足が生え、ずんと仁王立ちしていた。
「でっ、電柱だぁーっ!?」
さっき自分でキャメルクラッチを掛けておいて、そう叫ぶ。威勢はくだかれていて、これは危うし、角度によっては制服のスカートの中身をお披露目してしまうかもしれない。男子生徒が必死の思いで瞳に焼き付けようとしているパンツがそこにある。
「さっきの電柱さんのお友達かな?」
「雰囲気的にお友達というか、お父さんかお母さんみたいだけど……」
圧倒的な年季、圧倒的に威圧感に近づくことが出来ない。店の前で意見を交換するのみ。みりるはともかく、ユーキにとってはサイサリスの仕返しもしたいので、命を懸けて助けに行こうなんてことはしない。
「その通り。我はあやつの父である。貴様らが電柱さんと呼んだ我が子の父である」
電柱さん(父)が答えを明かしてくれた。怒りに満ち満ちているのがよくわかるが、それを声にはあまり乗せないようにしているらしい。お口あんぐりなしえを見下ろし続けている。
「よくも我が子をぽっきんにしてくれたな、貴様……っ」
「わ、わ、我が子って、電柱にそんなのくそもあるわけないじゃない!」
自尊心を燃やしての抵抗は、怯えながらだった。
「命持つ我らが電柱、生殖活動くらいわけなくするのだ、お解りか」
「それってつまり、電柱さんたちは服を着てるってことなのかな?」
顎に指当て、みりるがフィルターを介さない純粋な質問を誰ともなく言った。
「電柱ですし、服とか着ないと思うんですけど。ほら、姿もそのままで」
「でも、服を脱がないとそういうことって出来ないんじゃないのかな。だって、何もないもん」
女の子からそういう話をされることにまったく慣れていないユーキにはかなり刺激が強かった。顔をぽっと赤くし、じいっと答えというか、肯定を待ち続けているみりるにまたたく星を頭に入れていられなかった。
「ファンタジー的なな、何かじゃないですかね。男女の電柱が念じることによって工場のおじさんたちが運んで来たりするんですよ、コウノトリみたいに。もしくはキャベツ畑からにょきっと生えるのかも」
「ふーん、するわけじゃないんだー」
納得がいかないように首を傾げながらも、それから彼女は何も増やさなかった。すごくほっとして回答者は懐ストローで喉を潤す。
けれど当然のように状況は改善していない。時間をかけて回復しつつあるしえは立ち上がり、大きな電柱へと抵抗する構えを取った。表情はないのに、電柱さん(父)はその姿ににやりと笑ったようだった。
「ただの電柱じゃないからって、あたしをなめるなよ。父親だからって出来ないことがあるのを教えてやる……っ!」
見下ろす電柱さん(父)、見上げ牙を見せるしえ。今ここに、子を失った父親対サベジズな女の子の決戦が始まるのだ。にしき星の風鈴に風がそよぎ始め、陽は面倒くさそうに瞼をこする。
戦闘勘のない女子高校生と男子高校生には到底たどり着けない場所がある。現実に動いているわけではない。精神世界とでも呼べる舞台があるように一人と一本が応酬を繰り広げているはずなのだ。
ユーキの前田のクラッカーはなくなっていた。にしき星のすべての商品、そして普段は速く走ることにしか興味がないサイサリスもがこの勝負に固唾を飲んで見守っている。
みりるの食べていた焼肉さん太郎が、あまりの空気に残っていた部分を落とす。重力に引かれて地面へと落ちていく。
それに気づいて彼女は拾いに手を伸ばす。
そして――。
「あっ、UFOぉっ!!」
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