最終章

追憶

 僕は世界から嫌われているのかもしれないです。何をしても上手くいかない。何かをしようとすると人に迷惑をかけてしまう。まるで僕を不幸にしようとするかのように、あらゆる物事が運ぶんです。

 僕には善行が向いていません。善い行いをしようとしても、それによってもたらされる結果は散々なものです。例えば、瀕死でかわいそうだったので家に連れ帰って育てていた子猪がいつの間にか鍋にされていたり、良かれと思って友達の好きな人にその好意を代わりに伝えて怒らせてしまったり、女の子の失敗をかばったつもりが逆にその女の子を泣かせてしまったり。こんな僕は呪われているのだと思います。

 だから、僕には友達があまりいませんでした。ずっと一人でした。自分と仲良くすると、必ず不利益を被るので、僕のことをよく思う人はいませんでした。

 まあ、でも、こんなことを言う自分が、ただ甘えているだけということには気がついています。全ての行いが失敗に終わったわけでは無いですし、仲良くしようとしてくれる人もゼロだったわけではありません。

 ただ、人によって許容範囲と言うものは異なります。他の人にとっては取るに足らない事実も僕にとっては非常に大きく険しいものとなり得ます。

 僕はとても弱い人間です。だからこそ、少しの苦痛でも深い傷を負ってしまうようです。

 そんな僕の人生のピークは小学校前半辺りだろうと思います。あの頃はなぜかいろいろとうまくいっていたような気がしています。生きてきた中で最も友達の多い時期だったし、人を悲しませることも少なかったように思います。なぜ、あの頃だけ調子が良かったのかは分かりません。今ではそれが世の定めと呼ばれるものなのだと考えています。

 現在の僕は人に会わない生活をしています。理由は先述の通り、自分が他人と接すると少なからず悪い目に遭わせてしまうからです。それに初めて気がついたのは愚かなことに、九歳になってからでした。

 その頃に何があったか端的に言うならば、誤って母親を殺してしまったということです。むろん、殺意は全くありませんでした。それもそれまでと同じように善意が裏目に出た結果です。事の詳細は次の通りです。

 その年の冬、僕の母親は風邪を患いました。しかし、母は優しい人なので、僕のために自分の体調を顧みず仕事やら家事やらをこなしていました。そのせいで、風邪はいつまでたっても完治せず、悪化する一方でした。だから、当時の僕はそんな母親にある提案をしました。それは、一日だけ僕が家事をして、母親にはその間十分に休んでもらうというものです。僕にも家事くらいはこなせましたし、それくらいの親孝行はしたかったのでいい機会でした。

 当日、事は順調に進んでいました。

 しかし、最後には結局やらかしてしまいました。

 その日の夕食のことです。僕は母に早く回復して欲しくて、お粥を作りました。栄養を摂取してもらいたかったので、野菜を入れようとしたんですけど、お店に行くと品切れだったので、近くで山菜を取ってそれを入れました。

 山菜はどこにでも生えていたので、小学生の僕でも調達には苦労しませんでした。それが仇となりました。

 出来上がった山菜粥を母はうれしそうに食べていました。

「凛太朗。ありがとね」

それが母の最期の言葉です。

 お粥を食べ終わった母は静かに息を引き取りました。なぜなら、僕が摘んできた山菜は毒草だったからです。

 つまり、僕は母親を毒殺してしまったのです。

 それから僕は他人を避けるようになりました。自分が人と関わると、ろくなことが無いと気がついたからです。学校にも行きませんでした。生活は叔父が毎日家に来てくれたので困りませんでした。

 自分の宿命を嘆きました。世界を恨みました。「なぜ自分ばかりがこんな目に遭わなければいけないのだろうか?」そんな事ばかり考えました。

 それでも世界は通常運転でした。僕一人が抜けても何一つ変わりません。それは、何もかもが僕を置き去りにして先へと進んで行くようでした。誰も僕のことなんて気にも留めてすらくれませんでした……。

 いや、今のは間違いです。一人だけ気にしてくれる人がいました。

 それは、村で唯一の同級生でした。名前は小町音衣。純粋な女の子で、僕にとって彼女は友達とは違う何か特別な存在だったと記憶しています。

彼女は僕が学校に通わなくなってから毎日のように家に訪ねてきてくれました。しかし、当時の自分にはそれに構うだけの精神的ゆとりが不足していて、幸せそうな 彼女を見ていると自分だけが不幸になったことが理不尽に思えて仕方ありませんでした。だから、彼女を完全に無視していましたし、むしろ疎ましくさえ思っていました。

 彼女はいつも家の外から語りかけてきて、僕はそれが嫌で全く反応もしなかったのですが、一度だけそれに応じたことがあります。

 交わした言葉は二言三言でしたが、彼女にひどいことを言ってしまったことは、はっきりと覚えています。

 今でもそのことが心残りで、会えるものならもう一度きちんと会って話をしたいと思っています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る