一日目

 外に出ると周囲は暗く、薄っすらと月明りが差し込んでいました。いつもと変わらない見慣れた光景です。僕は手に持っていた鍵をくるくる回しながら足を進めました。

 十二年前、僕が母親を亡くしてから数か月は、実家にずっと籠っていました。父親も僕が物心ついた時には亡くなっていたので家ではずっと一人でした。

 親戚たちは僕を誰が引き取るかということでかなりもめていたそうです。僕を欲するもの好きなんているはずもないので、そうなるのも仕方ありません。

 結局、僕の行き先が決まるまでに半年ほどの月日を要しました。僕を引き取ってくれたのは母親の弟でした。彼は僕が一人だった半年間の間、毎日家に来て世話をしてくれた人でした。彼は親戚たちの中で唯一新宮村に住んでいるので、議論がそこに帰着するのは必然だったのかもしれません。

 僕自身、彼のことをとても優しい人だと思っていたんですが、半年間僕を引き取ると名乗り出なかった辺りは、何か裏があるのではないかと思えてしまって、当時とても怖いと感じました。

 叔父に引き取られてからも僕が学校へ通うことはありませんでした。環境が変わった所で自分の心が変わるかと言うとそうもいかないようです。叔父も特に何も言わなかったので、それには何の支障もありませんでした。そうして、最近までずっと家に引き籠っていました。

 最近になってから、僕は新宮神社の管理の一部を任されるようになりました。さすがの叔父も僕を外に出さなければいけないという危機感が芽生えたのでしょう。

 神社は先祖代々月影家が神主として受け継いできた、歴史あるものです。父も神主で、ずっと神社を守ってきたようですが、父が死んでからは親族に神職に就ける者がおらず、叔父が代わりにその管理だけを果たしていたようです。

 僕の任されている仕事は主に二つで、一つは本殿の開閉。もう一つはお賽銭の回収です。

 仕事を任されたのは良いのですが、僕自身やはり他人との接触はしたくなかったので、外に出るのは、誰もいない早朝か日が暮れてからにすることにしています。今日も家を出たのは午後八時を回った頃でした。

 いつも通り、元自宅を通り過ぎ、いびつな巨木を左に折れ、神社への近道となる山道へと入ろうとしたんですが、ふと少しだけ寄り道をしてみたくなり、遠回りをすることにしました。

 こうやって、普段と違う場所を訪れると、幼少時代の探検なんかを思い出して、純粋な楽しさを覚えます。

 夜の山には誰もいません。だからこそ、この広大な自然を独り占めしているように感じられて、自分が物凄い存在になったように錯覚してしまいます。僕は自然と駆け出していました。

 坂を上り、坂を下り、そしてまた坂を上り、気がついた時には呼吸が荒れていました。

 そうやって、一人勝手に無意味な充実感を味わっていた時でした。僕は咄嗟に茂みに隠れることになりました。理由は人に見つかったからです。

 僕を見つけたのは小さな女の子でした。女の子は数十メートル先から僕を指差しました。近くでは二十代くらいの若者が花火をしているようでした。

「なぜこんなところに人が?」と一瞬当惑しましたが、そこは村唯一の宿泊施設であるコテージで、この時期は遠方からの旅行者が多いことに気がついて平静に戻りました。

 僕は人に関わってはいけない生き物です。僕はよく研がれた、鋭利な刃物のごとく人を傷つけてしまいます。だから、ほんの少しでも触れることは許されません。なので、人に見つかるという行為すらも躊躇われることでした。まして、幼い女の子など尚更です。

 僕は茂みの間から目を凝らしました。以前もこんな状況があったような気がしますが、詳しいことはあまり思い出せません。

 女の子はこちらを指差しながら近づいて来ていました。隠れている所を見つかるのはとても恥ずかしいので、彼女が足を踏み出すたびにひやひやしていましたが、集団の中の一人の男性が少女を引き留めたので、何とか難は逃れることができました。

 その男性は去り際に、鋭く睨み付けるようにこちらに視線を向けてきました。僕の存在に気がついていてそんなことをしてくるのか、それともまた別の何かが理由なのか、僕には分かりかねますが、心は自然と沈みました。

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