四日目――其ノ二

 山ちゃんと別れた後、私は神社へと向かいました。理由は言うまでもありません。彼に会える可能性が少しでもあるのなら、行ってみる価値は十二分にあります。

 周囲の明るさからして、今はおそらく午後六時前後ではないかと推測します。本来であれば、コテージへ戻る予定でしたが、もう少しだけ捜索を続行したいと思います。

 一応、みんなに連絡を入れておこうと思いましたが、私の持ち合わせている電子機器の充電はもれなく切れていましたので、そうすることは叶いませんでした。でも、ちょっとだけですので、いいですよね。

 神社に着くとそこには、おいおいと茂った巨木がたくさん立ち並んでいて、それらは本当に神様がいるのではないか思わせるほど神秘的に私たちを見下ろしていました。

 それにしても、ここ新宮神社の老朽化はひどいものです。壁にはいくつも穴が開いていますし、木材は黒ずみ腐食しています。おまけに鈴はいくら振っても、鳴る気配は全くしません。そろそろここも建て替えでしょうか?

 私は賽銭箱に五円玉を投げ入れ、目を閉じ静かに手を合わせました。ご縁があらんことを。そう祈り本殿前の短い石段を足元に気を付けながら下りました。

 そんな時です。私の目の前には二本の細い足が姿を現しました。そのまま目線を上げていくと、その先には見た事あるような、でも以前見たものとは違う、そんな顔が付いていました。

「ムン君?」私は思わずそう呟きます。

そこにいたのは大人になったムン君なのです。確かに記憶の中の彼とは異なるのですが、昔の面影はしっかりと残っています。

 しばらくの間、両者は見つめ合ったまま硬直していましたが、彼はすぐに私から目を切り、奥の山道の方へと走って行きました。そうです。彼は逃走したのです。

 私は彼を追いかけました。

「ムン君。待って」

しかし、そんな声も彼には届いていないのでしょう。その足を止める気配はありません。草木を上手に掻き分け闇の奥へ奥へと入って行きます。小学生の頃にこうやって追いかけっこをしたような記憶もあるのですが、今の彼の動きはそんな生易しいものではありません。それはまさに大人の本気なのです。そのため私は簡単に彼を見失ってしまいました。

 私は山道の中を探し回りました。山道内はとても入り組んでいて、迷路のように分かりづらい構造なのですが、意外にも幼少の頃の記憶が残っていて、どの道がどこへ繋がているかは手に取るように分かりました。

 彼が向かった方向、その方向に存在する道、そしてその道が繋がっている場所。それらを計算しながら彼を探しました。しかし、一向に彼は見つかりません。

 少し時間がたって、ふと我に返りました。私は時間を忘れて彼の捜索をしていました。あれから何時間たったでしょうか? こう言った所が私の欠点なのです。つい目の前が見えなくなってしまうのです。

 みんなに心配をかけてはいけないので、早くコテージに戻らなくてはいけません。でも、どうしても彼のことが心残りです。なので、最後にもう一度だけ神社に行ってみることにしました。彼が神社に来たということは、そこに何かしらの用事があったはずですので、もしかするとそこに彼がいるかもしれません。

 私は山道を引き返しました。

 彼はもしかすると私に会いたくないのかもしれません。あの時の一件で嫌われてしまったのでしょう。それはそうですよね。私は悲しみに沈んでいた彼の心を無理やりこじ開けようとした野蛮な女です。嫌われてしかるべきです。

 しかし、それでもいいのです。私は気にしません。きっと、もう一度仲良くやっていける日が戻って来るに違いありません。いいえ、そうして見せます。以前のような仲に戻れる抜け道はきっとあるはずなのです。

 神社に到着すると、私は思わずにやけてしまいました。それもそのはずです。半ば半信半疑で向かった神社に本当に彼がいるなんて、笑ってしまうのも無理はありません。

 彼は本堂の鍵を閉めているようで、私の存在には全く気がついていません。ですので、私は背後から忍び足で近づいて、彼の目を両手でそっと塞ぎました。

「だぁれだ」

彼は驚いたように振り返り、私の顔を見て一瞬だけ微笑んだのですが、その次の瞬間、化物でも見たかのように私の手を振りほどき、走り去っていきました。ちょっとだけショックです。私はその後を必死で追いかけます。これは、先ほどと全く同じ展開です。

「ムン君。待って。」

そう叫ぶのですが、やはり彼には届きません。そして、またまたあっという間に彼を見失ってしまいました。

 どうせ探しても、またさっきのように見つからないでしょう。ですので、私は精一杯彼の名を呼びました。

「ムンく~ん」

声は山中に響き渡ります。きっと彼にも聞こえているはずです。

 私は何度も何度も、我を忘れ呼び続けました。しかし、案の定彼は出てきてくれません。

「ムンく~ん」

何の変化もありません。でも、今私にできることはこれくらいしか無いのです。

 夜の山は突き抜けるように声が通ります。

「ムンく~ん」

「ムンく~ん」

「ムンく~ん」

それでも、結局収穫はゼロでした。

 私は仕方なくコテージに帰るのでした。

 山道にいる時に一つだけ気になった事があったのですが、それはシーズーに名前を呼ばれたような気がしたことです。おそらく、気のせいでしょうが。

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