四日目――其ノ一

 昨日のハルハルの話でもう一つ気になった話があります。それは、彼女が神社で遭遇した「謎の男」のことです。彼女は「謎の男」に襲われそうになったと言います。その風貌は細身で長髪だったそうですが、長髪の男なら私も昨日出会っています。

 そうです。そうなのです。彼女の語る「謎の男」の特徴は、私が昨日見かけたムン君っぽい人とよく重なるのです。村人の数は数百人です。そんな限られた人数の中に、そのような変わった特徴の男性が何人もいるでしょうか? いいえいるはずありません。彼女が言う「謎の男」と私の見たムン君らしき人は、たぶん同一人物でしょう。

 ムン君は昔から間の悪い人でした。悪気は全くなくても、なぜか人に迷惑をかけてしまうかわいそうな人なのです。彼の行動一つ一つが不思議と悪い方へ向かっていきます。

 今回もそのようなことが起こったのではないかと考えます。「謎の男」つまりムン君は普通にしていただけなのかもしれませんが、その結果、ハルハルを大いに怖がらせてしまったのかもしれません。

 私はそんな不器用な彼をいつも助けてあげていました。彼の行いが悪行になってしまわないように私がうまく立ち振る舞うのです。

 行動の結果は紙一重です。ですので、それはあまり難しいことではありませんでした。私が少し手を貸すだけで彼は悪人にならずに済みました。一例を出すのであれば、お金を拾ってしまったせいで、泥棒と勘違いされてしまった彼。そんな時に私が一言「私、見ましたよ。彼が落ちていたお金を拾う所。彼は盗んでなんていません。」と言うだけで、その場は収まります。といった具合でしょうか。

 だから、彼には私が必要なのです。私がいなければ彼はうまくこの世界と噛み合うことができないのです。

 私は彼に会いに行くことに決めました。




                   ○




                   ○




 村へと下り彼の実家を訪れました。久しぶりなのでなんだか緊張します。

 私はとりあえずインターホンを鳴らしました。

 建物内でチャイムが鳴り響いているのが分かります。私はそれを外で聞きながら目の前の扉が開かれる時を今か今かと待ち侘びているのです。どうしようもなく落ち着かないこの感じは、あの頃と同じようです。

「ムンく~ん。いますか?」

そしてあの頃と同じように、返って来るのは、面白いほど洗練された静寂だけでした。

 私の声は彼に届いているでしょうか? 届いているとしたらどうして何も答えてくれないのでしょうか? それとも、もう私と話すことなど何もないと言う事なのでしょうか?                 私はどんどんと玄関を叩きながら彼の名前を連呼しました。とても迷惑なことです。基本的にはあまり悩まない方なのですが、彼のことになると、なんだか不安で仕方無いのです。申し訳ありません。

「そこにゃあ、誰も住んじょらんよ。」

そう背後から声をかけてきたのは腰の大きく曲がったご老婦でした。

「それってどういうことですか?」

「そこにゃあ誰も住んじょらん。今はもう空っぽじゃよ。」

「じゃあ、ここに住んでいた人たちはどこへ行っちゃったんですか?」

「そなことば知らねぇ。でも、なげぇことここにはだれもいねえべよ。」

 私は意気消沈して、村内をぶらつきました。彼があそこにいないとなると、もうどうしようも無いのです。一体どこに行ってしまったのでしょう?

 昨日見たあの男性はムン君では無かったのでしょうか? いえ、そんなはずはありません。あれは、寸分の狂いもなく彼でした。私が彼を見間違うはず無いのです。と思いたかったのですが、正直自信はありませんでした。

 それにしても、この辺りは以前と全く変わりありません。見渡す限り畑ですし、人気ひとけは微塵も無いですし。都会では新しいものがどんどんできると言うのに、ここはまんま昔のままなのです。諸行無常という言葉を無視した、異端な場所なのかもしれません。

 私はその特異性にうれしくなって、

「新宮村さいっこ~う。」とちょっとだけ大きな声で口ずさみました。

すると、

「音衣? 音衣だよね?」と誰かが私の名前を呼ぶのです。

私が振り返るとそこには、私と近しい年齢だと思われる、きれいな女性が立っていました。ただでさえ人の少ないこの村で、その中でも少ない若者に出会うとは、クリスマスに煙突を覗いたらたまたまサンタさんに出くわしてしまうくらいに奇跡的なことなのです。

「音衣。久しぶり。覚えてる?」

 彼女は私のことを知っているようでしたが、私は彼女に見覚えがありませんでした。でも、彼女は私に対してとても親しそうにしているので、何となく話を合わせることにしました。

「うっ……うん。久しぶり。」

しかし、そんな足掻きは何の意味も成しませんでした。

「あっ、その顔は覚えてないって顔だなぁ。」

「そっ……そんなことないですよ。」

「私の目はごまかせないぞ。」

彼女は疑い深いジト目で私の目を真っ直ぐに見つめてきたので、私は降伏せざる負えませんでした。

「すいません。覚えてないです。」

「そうだよね。十年以上も経ってるもんねぇ。そりゃ忘れるわな。音衣の愛しの大先輩って言えば思い出すかな。」

彼女の顔を見ていると、見覚えのあるような無いような、そんな感じがするのです。

「山田よ、山田久美子。」

その名前には聞き覚えがありました。よくよく、彼女の顔を見ると、なんだか記憶にある造りをしています。

「山ちゃん?」

「そうよ。やっと思い出した?」

それは、幼い頃にお世話になった、小学校の一つ上の先輩でした。

「山ちゃん、こんなところで何してるの?」

「それは、こっちのセリフ。まさか、音衣がいるなんて思ってなかったわよ。」

 私たちは少しの間、立ち話をしました。少しの間と言っても四時間くらいですけど。

 旧友と雑談を交わすのはとても楽しいことです。思わず時間を忘れてしまっていて、気がついた時にはもう夕暮れ時でした。

 彼女はとても寂しがっていました。なぜなら、村にいた同世代の方たちは、職にありつくために皆、街に出て行ってしまったからだそうです。

「私の知る限り村に残ってるのは、私と月影ぐらい。ほんと、暇だわ。」

「ムン君は残ってるんだ。」

「そういや音衣、月影と仲良かったっけ? あいつん家、神主の一族だから神社の管理とかしてるっぽいよ。まあ、結局あいつ、途中から学校に来なくなったから、もう何年も会ってないんだけどね。」

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