一日目
車を降りた瞬間、「帰って来たなぁ」という何とも懐かしい気持ちにさせられました。歩いてコテージに向かう途中も、見慣れた景色に心は自然と弾みました。豊かな自然、動植物の多様な音、草や土の香り、どれを取ってもここは列記とした新宮村そのものなのです。
半年前、耳に入った訃報。私はワン君に何の言葉もかけてあげることができませんでした。何も知らない私が彼に話してあげられることなど何もないのです。でも、少しでも彼の傷が癒えるならと思い今回の宿泊を企画しました。
場所を新宮村に決めたのは「ここなら、もしかすると何かの拍子でムン君と会うことができるかもしれない」というとても個人的な淡い期待によるものです。皆さん本当に申し訳ありません。
それでも、みんな喜んでくれているようで何よりです。これから一週間、とても有意義な時間を過ごせればと思います。
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バーベキューは大いに盛り上がりました。五人で集まるのは久々だったので、少しだけ照れくさいような感じがしました。ハルハル、ワン君、シーズーの三人は何だかちょっぴり大人になったような雰囲気を醸し出していました。ノアノアは前回会った時よりも数段と大きくなっていて、子供の成長の速さに驚かされるばかりでした。
途中、コテージの管理人さんがやって来て「謎の男」と言う噂話をしていきました。私が幼い頃はそんな噂は無かったので、村の変化に置いて行かれた気がして少し寂しかったです。
バーベキューの後は花火をしました。花火は私が持参しました。多種多様な物を揃えておいたのでみんな楽しんでくれたはずです。この辺は抜かりありません。レクレーションなら任せて下さい。
花火が終わってコテージに戻った時にはみんなぐったりとしていました。長旅の疲れでしょうか? 唯一元気だったのはノアノアで、建物内をうろうろしていました。なんと底無しな体力なのでしょう。
私はリビングのテーブルの前のソファに浅く腰掛けて紅茶をいただきました。紅茶はいいものです。今日みたいに疲弊した日には、その疲労回復効果で大活躍間違いないのです。私はその紅茶を口に含むと同時に、背もたれにぐっともたれかかりました。
「はぁ~~~」
思わず声が漏れてしまうようなそんな心地よさなのです。
そんな時でした。
「パパ。あれなぁに」
それはノアノアの声でした。彼女はハルハルの部屋に居るようです。
「なぁにあれ。なぁにあれ」
彼女は不思議そうに何度もそう問います。何か珍しいものでも見つけたのでしょう。私は彼女の元へと一番に駆けつけました。
「なぁにあれ」
不安そうに指差す先に目線をやると、そこには狐のお面が張り付いていました。
「うゎ」
お面が天井に張り付いているという奇妙な状況に私は少し声を上げてしまいました。一体あれは何なのでしょう? 装飾でしょうか?
理由はどうであれ、それはとても異質でした。
私たちはあれやこれやと議論をしました。議論は進展して、それが前宿泊者のいたずらと言う流れになりました。しかし、私には少し引っかかることがあります。それは、ハルハルが言ったこの一言です。
「で、でも、私が夕食前にこの部屋に入ったときは何もなかったよ」
私が知る限り彼女はとても細かい所に気がつく人なのです。きっと彼女のこの言葉も間違いでは無いのだろうと思いました。それに彼女は非現実的な現象に対してこの上ない恐怖心を持っているのです。なので、この不可解な事態に恐怖で震えている事でしょう。案の定、彼女の表情はひどく歪んでいました。
私は彼女を落ち着けるために
「そうだよぉ。ハルハル怖がり過ぎだって」と投げかけました。
これで少しは気を楽にしてくれると幸いです。
「で、でも」
しかし、そううまくはいかないものです。彼女の顔は怯えたままでした。
ハルハルの震える声と共にシーズーがなぜか「ふっ」と吹き出しました。面白い要素など無かったはずです。嫌な懸念がチラつきました。
以前から、ハルハルとシーズーの仲がこじれ始めていることは知っています。
シーズーが幼い頃からとある男性に恋をしていたのは明白でした。本人は隠していたつもりだったのかもしれませんが、その行動を見ていれば一目瞭然でした。
六年前、ハルハルはそんなシーズーの恋愛をなんとか実らせようといろいろサポートをしていたようでした。二人でいつもこそこそしているようでしたし、その男性から聞く話からもそれは容易に予想できました。私にも一言くれれば協力できたのですが、ハルハルはそのことを誰にも話さなかったようです。おそらく、シーズーのことを思っての行動だと思います。
その年の秋頃のことです。その男性は別の女性との間に子供を作りました。その噂は学校中に広まっていたのでそれを知るのは難しく無かったです。
この噂の教える所はシーズーの恋の不成就です。
この頃からでしょうか。ハルハルとシーズーがギクシャクし始めたのは。
ハルハルはそれまでと変わらない様子だったのですが、大変なのはシーズーの方でした。彼女はハルハルに対して強い敵意を向けているようなのでした。詳しい事情は分かりませんが、おそらくその男性がらみで何かしらの食い違いがあったのでしょう。私自身、その関係を何とかしてあげたかったのですが、シーズーがハルハルに何かをすると言ったことは無かったですし、部外者が二人の間に入ってあれこれ言うのは野暮なのだと思いましたので、何もしてあげることはできませんでした。
今の笑いもそのことが関係しているのかもしれません。確信はありませんが、今回の彼女の笑いからは、人をバカにして面白がるような一抹の醜さを感じたのです。
何も起こらなければ良いのですが。
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