二日目――其ノ一

 私はハルハルと一緒に夕食の後片付けをしていました。食器を懸命に洗う彼女の姿は何とも微笑ましいものなのです。しかし、そんな彼女の表情はどこか浮かないものでしたし、口数もいつもより少なく思われました。昨日からずっとこうなのです。やはり、あのお面の出来事が引っかかっているのでしょうか? これも私が無駄に首を突っ込むことでは無いのかもしれませんが、どうしても彼女を放ってはおけなかったのです。

「ハルハル。何暗い顔してるの」

「えっ。何が?」

彼女はとても驚いているようでした。

「隠しても無駄だよ」

彼女は自身を悩ませていたことを洗いざらい話してくれました。私の予想した通りお面のことにも怯えていましたし、それ以外にもノアノアが誰もいない茂みに向かって話しかけていたことや、シーズーのトイレが長かったことといった些細なことまでも気にしているようでした。

「そっか。ハルハルそういうの苦手だもんね。やっぱ、そんなに気になる?」

「うん。不安というか、怖いというか。言葉にならない感情」

彼女は少しの疑問から自分の都合の悪い方へと想像を膨らませてしまう癖があるようなのです。それが彼女の恐怖心を増幅させるのでしょう。

「うんうん。確かに言葉にならないっていうのは一番やっかいだよね。無駄にいろいろ考えちゃうから」

「私、おかしいのかな。みんなはあまり気にしてなさそうだし」

ハルハルのいい所は、細かい所まで目が行き届く所です。どんな微々たることにも気がついてくれます。しかし、気づき過ぎてしまうからこそ無駄にいろいろと考えてしまうのでしょう。見えすぎているからこそ、思考に溺れてしまい何も見えなくなるのです。自分の考えから抜け出せなくなるのです。だから彼女はもっと広い視野を持つべきだと思います。そうすればもっと楽に生きられるはずなのです。

「全然おかしくないよ。ただ、ハルハルは見えすぎているだけ。見えすぎているからこそ何も見えてないの」

「それってどういう事」

視野を広げるためには様々な情報に触れるのがいいに決まっています。

「『いろんなものに触れましょう』ってこと」

私はさらに付け加えます。

「でもそれは今すぐできることじゃないから、今は何も考えないようにすればいいよ。それが簡易的な措置」

「考えないようにしようとすると余計に考えちゃうよ」

「忘れたい時は忘れようとしちゃダメ。こういう時は何か別のことをすればいいんだよ。もっと言えば楽しい事。そうすれば何でも忘れられるよ」

「楽しい事か……」

個人的には良いアドバイスをしたつもりでしたが、それでも彼女は何かに怯えているようなのでした。人の心を動かすのはとても難しいものだと改めて実感します。こう言う時は、気分転換するに限ります。あのホタルの絶景を見れば彼女も少しは落ち着くかと思います。

「私が後でいい所に連れて言って上げる。そうすれば気持ちも少し楽になるんじゃないかな」

「いい所?」

「そう。とっておきだよ。特にこの時期は。ノアノアとワン君は先に行ってるって言ってた。私たちも後から行こ!」

そう言って私は彼女を連れ出すのです。




                   ○

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