五日目――其ノ一
昨日の夜は騒々しかった。音衣は帰ってこないし、帰ってきたと思ったら今度は静ちゃんがいなくなるし、みんなで探しても見つからないし。一応、表ではみんなの動揺を誘わないように平常を取り繕ってたけど、心の中はものすごく不安だった。また大事なものを失うのではないかっていう極度のトラウマに縛られてたんだと思う。
でも、今朝には全てが丸く収まったからよかった。穏やかな朝だった。それは嵐の後の静かな時間だった。世界は脆いんだけども、ある程度丈夫な面も存在する。それは俺なんかでは計り知れないものなんだろう。
そんな一騒動に一安心した俺はその日の午後、乃愛と一緒にまた村へと散歩に出かけた。
知らない土地を歩き回るのはすごく楽しい。人間の本能の奥にある冒険心をくすぐられているみたいで新鮮に感じる。
弱々しく伸びる電柱が道に沿って点々と建ち並んでる。右手には青々とした畑、左手には実り多き水田。たまに民家が顔を見せる。視界の一番奥には見渡す限り山。どこからともなく鳥の鳴き声が聞こえている。
「ピヨピヨ……ピヨピヨ……」
乃愛は小さな手を折りたたんで細かく羽ばたかせながらそう呟く。
「上手上手」
そう言って彼女を褒めてやる。何てことない、他愛ない親子のやり取り。
「パパ。トリさんってなんでいつもかくれてるの? おこえはきこえるのにぜんぜんみえないよ」
彼女は首にしたネックレスを頻りに触ってる。このネックレスは妻の形見。どこから引っ張り出してきたのかは分からないけど、最近はいつもこれをつけてる。
「鳥さんは恥ずかしがり屋なんだよ。だからいつも木の陰で見つからないようにしてる。でも本当はみんなと遊びたいから鳴いてるんだよ。ピーピー『一緒に遊ぼうよぉ』って」
「でもね、のあがね、おいかけたらね、みんなにげちゃうの。それじゃあ、あそんであげられないよぉ」
残念そうな顔でこっちを見上げてる。繋がれた小さな手には少し力が入ってた。
「それは乃愛がヒトさんだからビックリしてるんだよ」
「じゃあ、のあがトリさんならあそんでくれるかなぁ」
彼女の発言からは混じりっ気のない透き通った白のようなイメージが感じられる。
「そうだな。それならトリさんも喜ぶと思う。でも乃愛はヒトさんだからトリさんにはなれないよ」
「だいじょうぶだよ。のあはね、いまはね、ヒトさんだけどね、おっきくなったらね、トリさんになるの。だからだいじょうぶ」
彼女は得意そうにそう言う。
「トリさんになるの? それはパパ、初耳だなぁ。乃愛走るの好きじゃん。でもトリさんになったら走れなくなっちゃうよ。トリさんは足細いから。それでもいいの?」
「いいの。のあはね、はしるのもすきだけどね、それよりもママのほうがすきなの。だから、はしれなくても、ママのいるおほしさんまでとんでいけたら、それでいいの」
彼女は母親が亡くなったとき、全く泣かなかった。今でも、何も無かったかのように依然と全く変わらない様子でいる。むしろ俺の方が引きずってて、後悔ばっかしてる。彼女は母親の死をどう受け止めてるんだろう。今、何を思って母親の話をしてるんだろう。
「乃愛、大きくなったらママのとこに行っちゃうの? それはパパさみしいな」
「ときどきかえってきてあげるから、だいじょうぶだよ」
「え~。でも乃愛が大人になった時にはパパはもうおっちゃんだから、乃愛が毎日面倒見てくれないと、パパ大変だなぁ」
「だいじょうぶだよ。パパはくさってもパパだからなんとかやっていけるよ」
そんな言い回しどこで覚えたんだろうとか思いながら、俺は彼女の頭を軽く撫でた。
「なれるといいな」
彼女はこくりと頷いて「シシシッ」と喜んた。
いびつな形の大木を横切ろうとしたとき三日前に出会った村の男性に遭遇した。
男性はジャージ姿に軍手をしてて、頭を覆うようにタオルを巻いてた。
「こんにちは」
「ああこないだの。こんにちは。今日も村までいらっしゃったんですね」
彼の隣には白い軽トラが一台止まってる。荷台には縄で縛りつけられた大量の荷物が、こぼれ落ちそうなほど積まれてた。
彼の名は
月影さんは粗大ゴミを燃やしに行くところらしく、その作業はすごく重労働らしかったから俺たちはそれを手伝うことにした。
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