五日目――其ノ二

 軽トラに乗って連れられた先は数十タールぐらいの畑だった。

 畑にはすでに何個かゴミの山があって、そこで一人の浄衣を着た男性が作業してた。髪はやたらと長くて顔が隠れてる。細く白い筋張った手足で、いかにも普段、家の中に籠ってそうに思えた。

「彼は甥のりん太朗たろうです。ずいぶん人見知りなもので、私と妻以外には全く口を利かないんです。だから話しかけて返答が無くても悪く思わないでください」

 畑に足を踏み入れるとそれは粘土のような弾力で俺の足を吸い込んだ。乃愛はその感触が気に入ったみたいで、踏んだり蹴ったり飛び跳ねたりしてた。

「先日、収穫が終わりましてね、今は使ってないので、ゴミの焼却にはもってこいなんですよ」

 ゴミは全て彼のものでは無くて、新宮神社という神社に捨てられていたものらしい。

「何せ、ここは渓谷ですからね。ただでさえゴミの回収は月数回しかないんですよ。粗大ゴミともなれば年一回。だからそれを待ちきれない素行の悪い方々が神社にゴミを捨てていくんです。数十年前まではそんなことなかったんですけど、最近はそれが当たり前のようになってきましてね」

 月影さんは神社の関係者らしくて、その不法投棄物を放置しようにもできないらしい。

 普通は、家庭ゴミの焼却は法律で禁止されてるけど、彼はお守りとかお札とか人形とかのと一緒にして、お焚き上げという名目で燃やしてるから問題ないらしい。

 男二人がかりで、軽トラに積まれてるゴミを運んだ。小さな物もあったけど大半は大きくて重たいゴミで、腰が砕けそうになった。

 やっとの思いでゴミを運び終えて一息ついてると、畑の反対側で赤々かつ黒々とした炎が上がった。炎は興奮し荒れ狂う生き物のようにエラエラと暴れた。その前では、月影さんの甥っ子さんが大幣おおぬさを振るいながら何かぶつぶつ言ってた。

「一応、お焚き上げも兼ねてますから、ああやってはらえことばを発しながら燃やすんですよ」

 乃愛はゴミの山の一つに隠れて遊んでいる。

「パパ~。んふふ」

そう言って山の中から顔を出したり引っ込めたりしてた。

 炎はしばらくの間燃え続けて、やがて息を引き取るように消えた。

「残った灰の中には、燃えなかったゴミの部品などもあります。例えば、タンスの取っ手の部分とか。金属は燃えませんから。そう言うのは別途で処分するので、私たちはそれを拾い集めましょう」

彼は軍手を俺に差し出した。

「熱いので気を付けてください」

 甥っ子さんが燃やして俺と月影さんの二人で燃えない部品を拾った。燃えカスの中には想像以上にたくさんの燃え残りがあった。分かりやすい物は良かったけど、煤をかぶってて土と見分けのつかない物は凄く厄介だった。

 ゴミの山が残り一つになった所で、軽トラがいっぱいになったから、月影さんは

「一旦、運んできますね。すぐ戻ります」

と言ってゴミを運んで行った。

 空は茜色に色づきはじめてた。山の夕暮れはやっぱり早い。俺は周囲を見渡した。視界に入るのは自然の風景だけだった。

 いつの間にか甥っ子さんはいなくなってて、乃愛の姿も見えなかった。乃愛はどうせゴミ山の中にいるんだろうなと思ってそこを覗いてみたけど誰もいなかった。

「乃愛~」

声を上げてみるけど返事は無い。俺は彼女を探した。古い木の裏から生い茂る草の影、畑の段差の下やもう一度ゴミの中を。

「乃愛~。返事して」

でも、反応どころか気配さえ全く感じられなかった。

 目を離したのは迂闊だった。こう言う事には注意を払ってきたはずなのに。村の雰囲気に心が浮ついてた。

 簡単な事が引き金になる。過去に学んだはずなのに。あたりまえにできることをあたりまえにこなせない自分が情けない。

「乃愛~」

人一人見えない村には、ただただ自分の切羽詰まった声が無情にも響いてた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る