一日目――其ノ二

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コテージは全体的に木を基調とした造り。天井は吹き抜けていて開放的。

 共同スペースの中心には、コテージの雰囲気に合わせた木製のテーブルが一つ。その周りに木製の椅子が六つ並べてある。私は椅子に腰かけ、本を読む。静かな時が過ぎる。

 外から声が聞こえてきた。若者の生き生きとした笑い声。やがて、声は近づき屋舎内を震わせる。ドアが開く。私は上辺を取り繕い、本を閉じる。

「遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」

「ごめん。待った?」

黒板をひっかくかのような聞き苦しい騒音。あの日私を突き落としたこいつは、何事もなかったかのように振舞う。

「うん。ちょっとだけ。でも気にしてないわ」

意思の無い対処的な返事を返す。外と中の大きな気温差。宿願を果たすまでの苦しい気温差。




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 薄白い煙が立ち込める。豚や牛の焼けた匂いが鼻に入る。薄暗くなった周囲は、ランタンの灯りを際立たせる。

「乃愛ちゃん。お姉ちゃんが何か取ってあげるよ。何がほしい?」

あの時の笑顔。獲物を引き寄せるための甘いエサ。優しく誘って、無残に突き落とす。それがあいつのやり口。極悪非道なあいつは、相手が小さな子供だろうと関係ない。この優し気な振る舞い。私の時と同じ。あいつの次の獲物は東乃愛。

「華ちゃん。乃愛のこと見ててくれる? そうすれば俺もはめ外せるんだけど」

「うん。いいよ。その代り、飲み過ぎ厳禁ね」

ああ。なぜこれほどまでに憤懣の念が込み上げてくるのか。あいつの言動の一つ一つが非常なまでに私の心を搔きむしる。あいつの存在がただただ気持ち悪く写る。むしゃくしゃしたこの感情は行き場を失う。

「いやいや。既に飲み過ぎでしょ。そう思わない、シーズー」

音衣。あなたは人を見る目を備えた人物。幼少時代、私の心の機微を言い当てた唯一の人物。そんなあなたがそいつの醜悪さを見抜いていないはずはないでしょう。なぜあなたはそいつとそんなに仲良くできるの?

 日が完全に沈んだ頃、管理人の老人が姿を現した。彼は私たちの前で、「謎の男」という噂話をしていった。それは、とてつもなくバカげた子供だまし。私でも作れそうな安易なお話。そんなもので怖がるのは小学生くらい。そう思っていた。

 しかし、私の視界に想像していなかったものが入ってきた。私は驚嘆すると同時に小さく喜んだ。あいつの弱点を知ることができたのだから。

 管理人の話を聞いたあいつの顔は引きつっていた。それは短い時間だったが私は見逃さなかった。あいつの最も敏感な感情は恐怖。

 そして私はとあることを思いついた。あいつに少しだけ報復できる考えを。




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 靴を脱ぎ廊下へと上がる。花火を取りに部屋へと向かう。

 音衣の部屋の扉を開く。月明りの刺しこむ薄暗い部屋。正方形の空間の隅には一つの影。それは大きな鞄。私はその鞄を開ける。一番上には花火の詰め合わせ。それを手に取り鞄を閉める。

 私の目的は花火を取りに来る事ではない。音衣に代わってここへ来たのは、彼女への気遣いなどでもない。私の目的はあいつへの仕返し。あいつに恐怖を与えるため。信じている人間に裏切られる苦悩を与えるため。

 私は窓から外を覗いた。皆は会話に夢中でこちらへ来る様子は無い。それを確認できたため、安心して行動へ移る。

 私は自分の部屋へ入る。そこで昼間に見つけた狐のお面とお札、そして絆創膏を取り出す。その後、もう一度窓から外を覗き最終確認を行い、あいつの部屋へと向かう。

 さっきの二部屋と同様、電気はつけない。それはリスクを伴う。私はとりあえずあいつのキャリーバックに一蹴り入れた。

 私の持ち物の中で他人が恐怖を抱きそうなものは、お面とお札だけ。だからこの二つを使用する。また、突然、物が現れるという現象は、その不可解さゆえに恐怖を与える。さらに、見下ろされることは人に威圧感を与える。これらのことを考慮すると、このお面をあいつの部屋の天井に接着しておくことが、今私にできるあいつへの最も効果的な攻撃。


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