雪野静子
一日目——其ノ一
私は孤独な人間。一人孤独に死にゆく定め。その証拠に私は今一人で歩いている。古典に出てくる大蛇の様に長い階段を、ひたすらに、何も考えずに上っている。
私が皆と別行動で、先に一人ここへ来たのは、決して仲が悪いというようなことではない。ただ、疲れる。それだけの話。表層的には非常に仲がいい。たが、深いレベルで私を知る者はいない。その差に嘆く自分自身に疲弊する。だからこうして一人の時間を作る。世の中の多くの人間はこの時間を恐れるが、私はこれ無しに生きてはいけない。
鳥居を潜る。そこには、長方形の模様が不規則につけられた参道が、本殿へ向かって伸びている。
私は非常に難しい人間。一般の人間が私を理解することは不可能に等しい。
私の行動は他人にとって不可思議な存在。その行動の理由に辿り着けるものはいない。それでも人々は、何とか自分を納得させようとする。ある者は、私に羨望や尊敬の目を向ける。またある者は、異端者の烙印を押し侮蔑する。いずれにせよ誰もが私を、自分自身とは違う、かけ離れた存在だと認識しようとする。
賽銭箱に五円玉を投げ入れる。細々とした縄を揺すり、古風な鈴を鳴らす。二礼二拍手一礼。
私は神が大好き。だから、各地の神社を巡っている。しかし、信仰はしていない。彼は誰に対しても平等。こんな私にも、他者と同様に扱ってくれる。誰にも手を差し伸べず、ただ、概念として存在しているだけだから。
それとは反対に、私が大嫌いなのは裏切り者。彼らは味方のふりして近づいてくる。そして、耳障りのいいことを並べ、気持ちを奪い取る。奪い取られた気持ちは、彼らの手のひらの上で転がされ、いい頃合いで握りつぶされる。そう。その所業はまさに春川華花そのもの。
時は、六年前に遡る。
中学三年の春。私は当時から年齢とかけ離れた精神を持っていた。同世代の者が同種の生物だと思えないほど幼く見えた。しかし、そんな私にも想い人がいた。彼は皆に優しく、頼りがいのある人物。三つ年上なだけだったが、私と同様に大人びていて、親近感が沸いた。また、造形的に美しく人間の本能を手繰り寄せる。だから昔の私が彼に惹きつけられたのは必然と言える。
この気持ちは幼少のころから抱いていた。幼き日から毎日煮込んだこの感情は、とうとう抑えきれそうにないほど成熟していた。それにいち早く気づいたのが、あの忌まわしき春川華花。
「私は静子の味方だから」
不覚にも私はその当時、ともに長い時間を過ごしてきたという理由だけで彼女のことを信用していた。だから、この言葉を聞いた時、「もう、一人で悩む必要はないわ」「彼女がすべて解決してくれる」などと珍妙な結論に至った。
私は想いの全てを彼女に伝えた。彼女は私を応援すると言った。相談に乗ってくれた。励ましてくれた。アドバイスをくれた。場を設けてくれた。
彼女は私のあらゆる面をサポートしてくれた。その頃の私は、当然そこが彼女の手の上だとは思っていなかった。思い通りに踊らされていたとは知らなかった。
ある日、学校の放課後、夕陽差し込む教室で私は聞いた。聞こうと思ってはいなかったが、たまたま聞こえてきた。
「……くんと仲良くなりたいんだけど紹介してくれない?」
「うん。いいよ。伝えとく」
彼女が他の女子に彼を紹介する約束。
その年の九月ごろ、その女は妊娠した。相手は私の想い人。その後、その女は中学を中退、彼は高校を卒業し、二人は結婚した。
この状況を論理的に推察すると、彼女は二人の心を高みから眺めもて遊んだ。私とその女、その二人を彼に近づけて、どちらがその心を得るか、そんな悪趣味な道楽を楽しんでいた。それがあいつの裏切り行為。応援しているように見せかけて、私的好奇心を満たしていただけだった。
その後、あいつはそのことについて
「残念だったね」
などと嘲笑するような物言いをした。天使の面で心にすり寄ったあいつは、悪魔の相形で私を突き放した。
あいつのした行為は完全な悪。悪に堕ちた人間はそれに対応する報いを受けるのが定め。誰かが彼女に鉄槌を下さなければならない。それなら私がその荷を負おう。私にはその権利がある。
それ以降、あいつの姿を見ると、声を聞くと、臭いがすると、気配がすると、苛立ちが込み上げてくる。
それでも、表ではとても仲良くしている。一般人はこの行動を理解できないと言う。関わらないことが得策だと言う。それでも私はあいつに接する。なぜなら、あいつが私にしたことを、そのまま返すため。微笑みながらあいつに近づき、最も効果的なタイミングで地に落とす。この底知れぬ復讐心、いや、使命感がそうさせる。
ふと、視界に何かが入った。それは縁の上に乱雑に放置されている。私は縁に近寄った。お面。狐のお面。狐のお面が三枚。その隣に十枚のお札。私はお面とお札を一枚ずつ取り、鞄にしまった。これも一般人には理解できない。「不気味な物を持ち帰る気が知れない」と人々は言う。しかしこれは私にとってごく普通の事。先述のとおり私は神が好きだ。そして、その力が宿るお札やその使いの狐も同様。それらは私にとって不気味な物ではなく、すがる対象。それを我が身の近くに置いておくことは当然の話。
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