二日目――其ノ四
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声が聞こえる。優しい声だ。とても焦っているようにも聞こえる。声は次第に大きくなっていく。
「ハルハル」
私はふと我に返った。目を開け最初に飛び込んできたのは音衣の心配そうな表情だった。
「ハルハル。大丈夫?」
「音衣……。なんでここに?」
「ハルハルがあまりにも遅いから心配になって。それで引き返してきたの。」
体の中が暖かい。しかしそれはさっきまでの変な暑さではなく満たされるようなぬくもりだ。恐怖のどん底を味わった私には彼女が聖母の様に神々しく尊い存在に思えた。意識がはっきりとしてくる。いろいろな感情が戻ってくる。私は頭を彼女の胸に埋めた。彼女はその気持ちを察したかのように頭に手をまわし優しく抱擁してくれた。
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私は音衣と共にコテージへと戻った。帰る途中に先ほどの様な怪奇現象が起こることはなかった。コテージに着くとみんなが安否を気遣ってくれたが、せっかくの旅行なので心配はかけまいと恐怖体験のことは話さなかった。
「ハルハルはここに座って。」
そう促され静かに椅子に座った。
「はい。どうぞ」
そう言って音衣は紅茶を注いで持って来てくれた。
「ありがとう」
「いえいえ。どういたしまして」
私は二本の指でカップを掴み口へと運んだ。
「華ちゃん。ごめん。ついてきてない事気づかないで先行っちゃって」
一が申し訳なさそうに謝罪する。
「ううん。別にいいの。私がぼーっとしてただけだから」
ミルクの香りが一面に漂っている。
「やっぱり、何かあった?」
「何もないよ。」
「本当に? でも、顔色悪いよ」
「えっ。気のせいだよ。ほら」
私は彼に向って渾身の変顔を見せつけてやった。
「ははっ。何だよそれ」
私の顔をにやけながら見つめる一。
「嘘。華ちゃん、分かりやす過ぎ。そんな顔してもばれてるよ」
「そんなことないよ」
私は左手で髪を耳に掛けた。
「ほら。やっぱり。華ちゃん嘘つくとき髪を耳に掛けるよね」
「えっ。うそっ? そうなの?」
彼の表情が少し変わった。
「さぁ。どうだろう。でも華ちゃんが嘘ついてることは分かった」
「もしかしてはめた?」
「別に。で、何があったの?」
「そ、それは……
一の巧みな尋問に私は言葉を詰まらせた。
「はい。そこまで。ワン君しつこいよ。何もないって言ってるんだからそれでいいじゃん。女の子には隠し事がたくさんあるものなの」
音衣はとても気が利く。
「じゃあ音衣は何があったか知ってるの?」
「さぁ、どうでしょう。でもだめだよ。ワン君はこれ以上聞いちゃ。そんな無粋なことするのは女の敵だよ」
「分かった分かった。ならもう終わりにするよ。これ以上聞かない」
一はうろたえる様にそう言った。
乃愛ちゃんがチワワの様にテケテケと近づいてきた。そして私の方を指差し
「おねえちゃんついてる」
そして次に音衣の方を指差し
「おねえちゃんもついてる」と言った。
私はその言葉の意味を訪ねようとした。しかしそれより一歩先に一が
「はいはい。乃愛。今日はもう遅いから寝るよ」
と言って乃愛ちゃんを部屋まで連れて行ってしまったのでその真意は聞き出せなかった。
「ハルハル。私この辺でいいお店知ってるんだけど明日みんなで行かない?」
「行きたい。何のお店?」
「和食。個人経営の小さなお店なんだけどすごくおいしいの。明日ならシーズーも行けるだろうし」
「そういえば静子は何で今日蛍見に行かなかったの」
「体調が悪いらしいよ」
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