二日目――其ノ二

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 じめじめとした山道を抜けると、そこには異世界が広がっていた。そこは時間の流れが大変ゆったりとしていて、空間は洗浄機にかけられた後のように澄んでいた。私は息を大きく吸い込んだ。そしてゆっくりと吐き出した。なぜなら、その光景があまりにも煌びやかで自分が自分で無くなりそうな感覚に見舞われたからである。

「どう? すごいでしょ」

音衣は興奮を漏らしながらそう言った。私は言葉を返せなかった。それほどまでにそれは美しかった。それでもやっと言葉を絞り出し放った一言は

「きれい」の三文字だった。

そんな安易な言葉しか出てこないほど圧倒されてしまっていた。今、私が見ているものは数千、いや数万はあると思われる光の点だ。それらは数メートル先を流れる川の周りを取り囲むように飛んでいる。光は点滅を繰り返しながらゆっくりと飛行している。その緑がかった黄色の点はとても清く尊いものに感じられた。

「おねえちゃ~ん」

光にまみれながら乃愛ちゃんが駆け寄ってきた。

「おねえちゃん。みてみて。すごいよ。すごいよ」

その様子からは純粋な感動が伝わってくる。

「そうだね~。すごく綺麗だね。お姉ちゃん、蛍見るの初めてだからびっくりしちゃった」

「ノアも~」

そう言い彼女は私の手元から離れて辺りを駆け回った。

「華ちゃん。蛍、初めて?」

乃愛ちゃんの後ろから現れた一が質問してくる。

「うん。だって地元に蛍なんていないでしょ」

「確かに。都会にはあまりいないからな」

私たちは光点を見ながら川沿いの道を下った。足取りはのんびりと、しかし軽やかなリズムで。蛍の光を見ているとなぜか懐かしく、甘美な気持ちに包まれた。

「みんな。どう? 気に入ってくれた?」

「うん。」乃愛ちゃんと私が同時に声を発した。

「そっか。よかった。私もここ、すごく気に入ってるんだ。昔こっちに住んでた頃、夏になるとよく友達と二人で来てたんだ。だからすっごく思い入れがあるの」

音衣は満足げでもあり、どこか儚げでもあった。

 私は光を静観しながら一人、物思いに耽った。みんなの後ろをゆっくりと歩きながら。水が流れ、ぶつかり、弾ける。その工程によって生まれた振動が空気を揺らし鼓膜を揺らす。

 蛍はそれぞれが自由に振舞ったがその全体性はどこでも同じように観測された。その微視的視点と巨視的視点の見え方の違いは、私を不思議な気持ちにさせる。

また、蛍は求愛、威嚇などのために光を発するらしい。しかし私は今、その光を癒しとして用いている。このような、一つのものに対する数多のとらえ方は、まるでこの世界に絶対的な答えが存在しないことを告げているように感じる。

このような思考と景観に溺れつつ足を少しずつ進めた。移り変わる景色と共に脳内の思慮も次々に変化する。気が付くとさっきまで頭を悩ませていた悪いものは全て忘れ去られていた。ずっと着ていた重たい服を全て脱ぎ捨てたような感覚だ。胸の中にかかっていた雲はいつの間にか消えて快晴になっている。

 しかし、嵐というのは忘れたころにやってくる。それは唐突に、予兆も無く。

私がぼーっとしていた間にみんなはかなり前を歩いている。そしてそれは現れた。




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 風が私の髪を揺らす。フクロウの鳴き声が聞こえてくる。まさに夜が深まったという感じだ。川は蛇行し始めそれに沿って道もカーブを描き始めた。道を挟んで反対側には山林が広がっている。そのころ私とみんなとの距離は道の湾曲で姿が確認し合えないほどだった。それでも、声だけはなんとか聞こえるくらいの距離だ。

 少し進んだ所で私は足を止めた。と言うより止まった。前方から何かを感じる。何かは分からない。けれども私の直感がそう告げていた。

「ぱた・ぱた・ぱた」

何か聞こえた? 

それはとても小さな音だったので現実の音なのか空耳なのか判断が難しかった。私は息を殺して耳を澄ました。しかし聞こえてくるのは川を流れる水の音だけだ。「気のせいだったの?」そう思い歩き出そうとした瞬間、

「かさ・かさ」

また聞こえた? 

 やはり何かの気配がする。その気配は山へと続く左手前の枝道の方から感じられた。私は持っていたライトでそこを照らしてみた。けれど暗くて何も見えない。妙な胸騒ぎがする。

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