一日目――其ノ三
その風貌と声のせいなのか話が妙に恐怖心を煽る。
「それって幽霊なんですか?」と音衣。
「それが分からんのだよ。生きているのか死んでいるかもわからない。全てが謎なんだよ。私は会ったことないんだけどね。あともう一つ共通している事があって、目撃者が全てコテージに泊まった人達なんだよね」
背中の中心から冷たいものが広がるのを感じた。意味のない汗が皮膚を濡らした。この手の話は正直あまり得意ではない。
「君たちも気を付けることだ。はっはっ」
そういい管理人は立ち去った。
「しょうもない話ね」静子は全く信じてないように冷めた口調だ。
一はぼーっとしている。お酒が回って眠たいのだろう。話をまともに聞いていたかすら怪しい。音衣は少し笑みを浮かべ嬉しそうにしている。私と同じ恐怖心を共有できる者がいない事にやり所の無い不安を感じていたが、乃愛ちゃんが口を半開きにして固まっているのを見て少し心が和らいだ。
バーベキューの片付けが終わったころ音衣がニヤニヤしながら口を開いた。
「みなさん、夏の夜と言えば何でしょう」
「肝試し」と静子が返した。
それを聞き私は少しヒヤリとした。
「残念。肝試しもいいけどハルハルとノアノア(乃愛)が泣きそうだから今日は無し」
「別に全然平気だし」
そんな強がりを言いながらも心の中では安堵していた。肝試しにならなかった事を心底喜んだ。
「ヒントは、は・○・○」
「はなび~」
「乃愛ちゃん正解。私、花火持って来てるんだ。まだ時間あるしみんなでやらない?」
それにしても音衣はこう言う事に関しては用意周到である。少し感心する。
「私、花火取って来るね」と音衣。するとなぜか静子が
「待って。私が取って来る」と言った。
「じゃあ一緒に行こっか」
「いや。私一人で大丈夫。あなたはここにいて。花火、鞄の中?」
「うん、そう。じゃあお願いするね。シーズー」
そう言われると静子は花火を取りにコテージの中へと入っていった。
そしてそれから十分ほど経過した。静子はまだ帰ってこない。彼女は花火を取りに行っただけである。それなのに、まだ帰ってこない。周りの暗さがいっそう増したように感じる。降り注ぐ月明りが何か得体の知れないものの出現を予期させる。「謎の男」の話を聞いたせいか悪い予感が脳裏をよぎった。そのとき、コテージの中から
「ガタガタズドーン」と大きな物音がした。
「俺、見に行ってくる」
そう言い一が真っ先に中へ入って行った。私たちもそれに続いた。
コテージに入ると最初に共同スペースが現れる。共同スペースには白熱電球の赤みがかった灯りがついている。しかし、特に変わった様子は無かった。私たちはそこを通り抜け静子がいるはずの音衣の部屋へと進んだ。閑静な屋舎には私たちの足音だけが響きわたっている。
「静ちゃん。居るか? 入るぞ」
返事は無い。仕方なく私たちはドアを開けた。中は真っ暗で視界が絶たれている。
「カチ、カチ、カチ……」
しんとした空間には時計の音だけが鳴り響いている。私はとりあえず部屋の電気をつけた。ピッという電子音とともに色が浮かぶ。しかしそこに静子の姿は無かった。
「シーズーーー」音衣はベッドの下やクローゼットの中を覗いている。
「なんでいないの」
不安は焦りへと変化した。疲労を感じるほど脳は異常に働いたが、その意識は全て恐怖に集約された。
「分からない。他の部屋を探してみよう」
一の言い方が気に障る。彼はなぜこうもいつもどうりでいられるのだろうか?
「ほかの部屋ってどこよ」
「分かんないよ。でもそうするしかないだろ。というか、何で怒ってるの?」
「怒ってなんかないよ」
焦りのせいかついつい強くあたってしまう。そんな鉛のように重たい空気をある一言が断ち切った。
「何もめてるの」
その声は後方から聞こえてきた。馴染みのある声。私たちを安心させる声。その声の主は静子だった。振り返ると彼女はいつもと変わらぬ様子でそこに立っている。
「何かあったの? 大丈夫だった」と私たちは口々に聞いた。
「別に何も。ただトイレに行ってたから遅くなっただけ。早く戻りましょ」
静子はそう言い玄関へと向かった。私もそれに続いた。しかしそこで私はあるものを目にしてしまった。痛々しいその痕跡を。彼女の服の袖から見え隠れする内出血の痕を。彼女は平静を装っている。だが、「何もないはずはない」という不安が私の平常心を襲った。
「静子。その痣どうしたの?」
私は何度も何度も聞き寄った。けれども彼女はだただ平然と「何も」と答えるだけだった。
○
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