一日目――其ノ二
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炭がパチパチと音を立て燃え盛っている。色とりどりに並ぶ食材たちは私の食欲を掻き立てた。午後七時になりバーベキューが始まったのである。村には小さい店がいくつかあり、そこで食材を買い揃えた。道具類は管理人さんに申し出ると無料で貸し出してくれるシステムだ。辺りは少し薄暗くなってきていた。肉が金網に投入され、じゅうじゅうと音を立てている。
「乃愛ちゃん。お姉ちゃんが何か取ってあげるよ。何がほしい?」
「おにく~~」
この可愛らしい生き物に私は相変わらず魅了されっぱなしだ。私は肉を皿によそい乃愛ちゃんに渡した。
「乃愛。お肉ばっかりじゃなくて野菜も食べろよ」
父親がテンプレ化されたセリフを口にする。
「華ちゃん。乃愛のこと見ててくれる? そうすれば俺もはめ外せるんだけど」
そう言って彼が上げた手には缶ビールを持っていた。その横には既に三本の空き缶置かれてある。酒好きの一はつぶれるまで飲む気だ。でも、それが彼なりの羽目の外し方なのだろう。
「うん。いいよ。その代り、飲み過ぎ厳禁ね」
「いやいや。既に飲み過ぎでしょ。そう思わない、シーズー」
「別にいいんじゃない。私関係ないし」
そんなどこにでもありふれた、たわいのない会話をしながら食事は進んだ。聞き飽きた思い出や輝く将来の事、まじめな話からちょっとした冗談まで。みんなで描き出した雰囲気は懐かしくもあり、新鮮でもあった。再現性のない貴重な時間は急流を下るように早く流れた。
辺りもすっかり真っ暗になりバーベキューもひと段落終えた後も、絶えることのない会話は続いた。すると突然、山道の方から人影が現れた。暗くて見えにくいがおそらく男性だと思われる。腰は大きく曲がっているため、歳は七十歳以上の年配だろう。その姿は私たちの元へと近づいてきて、やがて見知った顔に変わった。それは、このコテージの管理人さんであった。
「やぁ。やっとるかね」
声はたんが詰まっているようにかすれていた。色黒で歯はところどころ欠けていて目が大きく飛び出ている。口元にはサンタクロースのように、白い口髭を蓄えていて独特の貫禄がある。
「はい。それはもう楽しくやらさせてもらっています」と音衣が嬉しそうに問いかけに応じた。
「そりゃよかった。何か困ったことがあればいつでも呼んでくれていいからね」
「ありがとうございます。ところで、管理人さんはどちらへ」
「神社だよ。散歩がてらによく参拝するんだよ。管理人室に居ても暇だからね」
そのとき私は行きしに見た赤い鳥居を思い出した。妙に陰湿な印象を受けるものだったためその姿が頭の片隅にこびりついていたのだ。
「神社ってあの不気味な鳥居がある所ですか?」私はついそう尋ねてしまった。
「はっはっは。不気味ってキミ。確かに私が若いころはその見た目から、幽霊が出るという噂もあった。でも実際は全くそんな事ないよ。それに、ああ見えてあそこの神様は村人たちからかなり崇拝されているんだよ。ボロボロだから気味悪がる気持ちも分からなくは無いがね」
それを聞き私は安堵したが、音衣は少し残念そうにしていた。
「え~。幽霊出ないんですか? ちょっとがっかりです」
「君は、そういうのが好きなのかい?」
「いや~、そういうのと言いますか面白そうな事なら何でも好きです。もちろん心霊系も」
「なるほど。それならとっておきの話をしてあげよう。聞くかい」
そう言って私たちの返答を待たずに管理人さんの一人語りが始まった。
「これは最近になってよく聞く話なんだけどね。謎の男というのを知っているかね。ある日ある女の子達が数人でこの辺りの道を歩いてたそうだ。すると途中で急に雨が降り出したらしいのだよ。まあそれは山ではよくある事だからね、みんな折り畳みの傘を持っていたんだね。女の子たちはすぐに傘をさしてそのまま歩いていた。するとその中の一人が急に『何か聞こえる』と言うらしいのだよ。耳を澄ましてみると『ぴちゃ、ぴちゃ』と水を踏む音が聞こえる。最初は気にしていなかったそうだけど、途中でどうやら自分たちの後をついてきていることに気付いたらしい。怖くなって足を速めると音は消えたそうなんだけどね。それで安心していると次は前方からさっきと同じ音が聞こえ始めたらしいんだよ。恐怖で固まっていると雷がズッドーンと。そのとき彼女たちは見たらしい。生気が無く細身で髪の長い黒髪の男の姿を。この話はこれで終わりなんだけどね、ほかにも目撃証言が後を絶たないんだよ。男がいきなり現れて消えたとか、男の声でお経を読む声が聞こえたとか。その全てに共通しているのが男なんだよね。だから謎の男と私が勝手に言ってるんだけどね」
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