春川華花

一日目——其ノ一

 澄み渡る青空。癒しの緑。体を喜ばせるきれいな空気。私、春川はるかわはるは今、自然あふれる小さな山村に来ている。可愛らしい小鳥のさえずりは私たちを歓迎してくれているようにあたたかい。季節は8月。二十一の夏。私は、三人の幼馴染と一人の幼稚園児と一緒にここ新宮あらみや村にあるコテージを一週間借り、楽しいサマーライフを満喫する予定である。

「ハルハル。どう。いい感じでしょ」

そう話しかけてきたのは小町こまち音衣ねいだった。彼女は小3までこの新宮村で過ごし小4の春に同じ学校に転校してきた。やさしく社交的なで当時から仲良くしている。また、趣味の幅が広く多種多様な事に精通している。あだ名をつけることも彼女の趣味の一つで、ハルハルとは私のことだ。

「うん。この山の雰囲気がいいよね」

「でしょ でしょ」 

音衣はどことなく得意げである。ここが彼女の生まれ故郷という事とこの集まりの幹事を務めた事とで誇らしく思っているのだろう。

「みて みて とりさんがいるよ」

そう行ってはしゃいでいるあずま乃愛のあ。5歳の女の子である。とても人懐っこく愛嬌があって可愛らしい。

「ホ~ントだ。小さくて可愛いね」

「ノアね、おおきくなったらトリさんになりたい。それでね、おほしさんまでとんでいくの。」

この無邪気さが私の母性を刺激する。子供とはどうしてこんなに可愛らしいのだろう。

「ほれ ほれ~」

そう言って私は自分の頬を乃愛ちゃんの頬に当て頬擦りしてやった。肌はマシュマロのように柔らかくすべすべしていて気持ちいい。この瞬間が至福である。私もいつか子供をたくさん産んで、毎日、こんな事をしてやりたいと思う。

「あっ、そうだ。乃愛ちゃん、チョコ食べる?」

「うん」

そう言い鞄を開けた。ついついエサをあげたくなるのだ。

「華ちゃん。あまり甘やかさないでくれる」

そう釘を刺すのは東はじめである。彼は私より三つ年上で乃愛ちゃんの父親である。いつも冷静沈着で昔から頼りがいがある。また、彼は数年前に奥さんを亡くしてから男手一つで子育てをしているしっかりものだ。

「パパ、ノアね、チョコたべたい」

「虫歯になるからダメ。乃愛、いつも歯磨きしないだろ」

「きょうはちゃんとはみがきするから。おねがい」

乃愛ちゃんは目を潤ませながら必死に懇願している。一は少し考え込んだ後「なら、ちょっとだけだぞ」と遂に許可を出した。

なんだかんだで、どこの父親も女の子に弱い。一も例外ではないみたいだ。

 私たちは駐車所から歩いてコテージへと向かった。駐車場とコテージの距離は約2キロ。不便ではあったが山道をゆっくり進むのも悪くはない。道を進むと木々の量が増えてきた。日光が遮られ辺りは時間帯を無視して薄暗くなった。さらに進むと右手に赤い鳥居が現れた。かなり年季が入っていて塗装が剥がれているところも多くみられた。

「あっ。懐かしい。神隠し神社」

「神隠し神社?」

「そう。新宮神社。別名、神隠し神社。この辺りってね、細い山道がたくさんあるの。それはもう大人でも分からなくなっちゃうくらいたくさん。それで小さい子供がその山道でたまに迷子になっちゃうわけ。そのことをこの辺りの大人たちは神隠しって呼ぶの。『この神社の神様が子供を隠してるんだ』って。それで神隠し神社」

 三十分ほどかけてようやくコテージに到着した。中へ入るとヒノキの芳香が「これでもか」と言わんばかりに鼻を通り抜けた。どうやらこの建物は全面ヒノキ張りのようだ。その香りに胸を躍らされつつ私は部屋のドアを開けた。

「遅かったじゃない。待ちくたびれたわ」

そこにいたのは雪野ゆきの静子しずこだった。クールで大人びている彼女には私も憧れてしまう。

「ごめん。待った?」

「うん。ちょっとだけ。でも気にしてないわ」

彼女のしゃべりはいつも淡々としている。

「シーズー(静子) おっひさ~」後から入ってきた音衣が静子に声をかける。

「うん。久しぶり」

そして、最後に入ってきた一と乃愛ちゃんが静子と再開のあいさつをかわした。これでメンバー全員がそろった。村の雰囲気に包まれながらこのメンバーとの一週間を想像すると気持ちが高揚する。待ちに待った田舎バカンスの始まりである。

 コテージ内には一階に四部屋、二階に一部屋、合計五部屋あり、一つは共同スペース、残りは個室となっている。二階の部屋を乃愛ちゃんがひどく気に入ったため、そこを一と乃愛ちゃん、残りをそれぞれが一部屋ずつ使うことに決めた。

 乃愛ちゃんは、階段を上ったり下りたりしてはしゃいでいた。それも無理はない。大人の私ですら今すぐ駆け出したいほど気持ちが湧き出してくるのだ。感性豊かな子供はなおさらだろう。

「七時からバーベキューするから六時にはコテージの前に集合な」

そう一が声をかけた後、みんなは各々の部屋へと入った。




                  ○

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