第12話 あの頃は…

 時期が悪かったのか、運が悪かったのか。「あの頃は、それはそれは酷い状態でしたよ。終戦も近付いて来ると、資源も熟練パイロットも、飛ばす飛行機すらなくなっていました。今いる航空兵は私のような赤紙や徴兵できた者や、学徒出陣組、予科練を出て二年にも満たない新人ばかり。かき集められては、即席ラーメンのように叩きこまれました。もちろん、誰一人として特攻に本気で行きたいはずもありません。また一人、また一人。私の隣から戦死者が出ました。ショックでしたよ。今朝まで同じ釜の飯を食べていた者が、夕食時にはいないのですから。戦果もろくに分からず、死体も戻らない。いくらなんでもそれは酷いなと感じました。ただ、私の階級は一番最低ランクの兵です。一応そのランクでは上位にあたる上等飛行兵でしたが…。まぁ、軍隊という所にあっては、何か物申せるような権限のあるランクではありません。体当たりさえ出来れば、他には何もいらない。余計な戦闘テクニックはいらない。ぐだぐだ言わず死ねと。戦後に見た体当たりの映像を見て思いました。こんなものやってもやらなくても、結果は同じではないかと。それでも当時の事は、当時を生きた者にしかわかりません。生き残る為に、日本を守る為に、皆死にもの狂いでしたから。大義名分として、日本を守るというのはありましたが、実際に戦場に出てしまえば、目の前の戦いに必死になる、ただそれだけです。ピンからキリまでいますが、ゼロファイターの一員になれたのは、素直に喜ばしい事でした。結局、私は体当たりせずに終戦を迎えました。待ちに待ったはずの終戦でしたが、想い画いていたものとは、かなりかけ離れていました。そんな理不尽を飲み込んで、長過ぎる戦後を生きてきました。今になって、歴史学者と自称する人やジャーナリストが、こぞってああすれば良かったとか、もし?とかそういう議論をします。でも、そういう振り返り方は絶対に違います。そんな善悪をはっきりさせて、今の時代に何か関係があるのでしょうか?先人がいたから今があるわけでしょう?私は長く生きすぎて疲れました…。」

 そう言うと橋本は一息ついて、こう小野井に伝えた。

「君のような若者がいてくれる事を、私は誇りに思います。ありがとうございます。私はこんな話をしたのは初めてです。戦争の記憶は、思い出したくないし、人に話すものでもないと思っていました。でも、私の話が何かの役に立つなら、それは嬉しい事です。」

「私には何かを言う資格はありませんが、何と言えば良いか…大変な苦労をされましたね。」

「君のような若い世代には昔話過ぎたかもしれんな…。そうだ!私の元部下で、安岡剛士という男がいる。その男にも話を聞くと良い。連絡はしておくよ。ほれ、これがその男の住所だ。」

 小野井は手書きの地図を受け取った。溢れそうになる涙を堪えて、小野井は、橋本八助の家を後にした。梅雨空の激しい雨が、やけに心に染みた…。

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