第11話 その男カミカゼパイロット

 日浦三佐のメモには、ある人物の名前と住所が書かれていた。もちろん、その人物との面識はない。ただ、行けと言われれば断る訳にもいかない。軍隊という組織は上意下達の性質が全てだと、小野井は思っている。

「橋本 八助…。ねぇ。なんか古臭い名前」

 それは飾りもしない若者の本音だった。

「鹿児島県鹿屋市○×△□…何だよ、只の住宅街じゃないか…。あった、この家だな。表札も橋本ってなってるし。」

 ピンポーンとそのチャイムは無機質に鳴る。

「すみません。突然ですが、八助さんはいらっしゃいますか?」

 小野井に応対したのは80overのばあ様だった。(と言っては失礼なのだが…。)

 そのばあ様は耳が悪いらしく、耳元で小野井が「ヤスケさん」と分かりやすく伝えると、まだ自己紹介もしていない若造を、家にあげた。話が通っているのだろうか?

「どうぞどうぞ。なーんにもない所ですが。」と、話を伺っていたかのように客間に通された。五分も待つと、齢90にはなろうかと見受けられるが、背筋のピンとした老紳士が海上自衛隊の制服を来ていた自分に対して、挙手の敬礼をした。小野井は確信した。この人は、帝国軍人だったのだと。制服を来て町に繰り出す事は日常茶飯事だが、道端を歩いていても普段は、敬礼を受けるなんて事はまずあり得ない。世間話もそこそこに、橋本八助は、本題に切り込んで来た。

「日浦から話は聞いています。あいつは、私の甥っ子でして、ああして海上自衛隊の立派な士官になっても、可愛いもんですな。」

「日浦三佐からはどのように聞いておりますか?」

「零戦の事を教えてやってくれ…と。伺っております。」

「なるほど…。それは知りませんでした…。」

 その瞬間に小野井は、日浦三佐が自分に対して、元帝国海軍兵士に話を聞かせる、というシナリオを構築していた事を悟った。橋本の話は、小野井にとって驚く事ばかりであった。まず、年齢に驚いた。89歳の橋本は、亡くなった祖父と同年代である。喉から手がでそうな位あれこれ聞きたかったが、質問攻めにするのではなく、語りに耳を傾けるのが、礼儀だと考えた。

「私は、終戦の三年前に徴兵で帝国海軍に入隊しました。なぜか私は、陸軍ではなく海軍の飛行機乗りになりたくて、海軍を選びました。志願兵とは異なり、赤紙や徴兵年齢に達した20才の若者達は、士気の低いものがほとんどでした。とてもとても、アメリカ、イギリスに勝とうなんていう空気もなく、末端の我々は、戦争を生き残り、早く終わることを切に願っていました。故郷に残した家族をおいて先に死にたくない。それが、徴兵で集められた兵士の本音でしょう。もちろん、それを口にすれば非国民と呼ばれた時代です。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る