第2話 ここに咲く花

 小野井は、P-3C哨戒対潜水艦戦闘機の姉妹機体である電子偵察機EP-3の副操縦士を目指していた。艦艇だけでは不充分である日本の広いシーレーン防衛を補うのが、海上自衛隊航空集団の役目である。EP-3には、10人以上の隊員がいたが、小野井と密接な関係になって行くのは、その内の3人程である。一人目は、日浦強志三等海佐である。小野井の上官であり、EP-3の機長でもある。二人目は、山井蒼海曹長だ。小野井の2つ年上の26歳で、頼れる兄貴的な部下である。ただ部下とは言っても、山井は入隊から五年以上経過しており、現場経験は、防衛大学校卒業のエリートよりも遥かに多い。この短期間での海曹長は、昇進スピード的にはかなり早い。三人目は、寺田搭也一等海曹だ。31歳という年齢は、自衛隊においては中堅レベルの若手という扱いになる。こちらも頼れる部下である。そんな部隊に慣れ始めたある日。小野井と山井と寺田が三人で昼食をとっていた時の事である。

「この辺りって、なんもないですよね?娯楽的なやつ。」

「確かになんもないっすね。見ての通りドがつく田舎ですからね。」

「小野井三尉は、基地の周りにある黄色い花を見た事がありますか?」

「あー、見ましたよ?何の変鉄もないただの花にしか見えませんでしたけど。」

「あの花は実はちょっと、そんじょそこらの花とは違うんですよ。娯楽探すより、あの花について調べてみると良いですよ!。」

「自分の目と耳で調べた情報を元に、正確な判断を下す。この仕事には必要な事ですよ。」

 小野井は仕事を終えて、いつもと同じように帰ろうとした。だが、どうしても昼に山井曹長に言われた言葉が喉元に引っ掛かって仕方なかった。業務終了後ではあったが、その花について日浦三佐に聞いてみる事にした。

「何だ?珍しいな。いつもすぐ隊舎に戻る、おまえから話があるなんて。やる気でも出たか?」

「基地の周りに咲いている花の事なんですが?」

「さては、山井か寺田に何か言われたろう?」

「何故分かったのですか?」

「この部隊では、新人にあの花について調べさせる古い習慣があるんだ。」

「それは初耳です。」

「空いている時間に調べたら良いさ。基地の資料室に行けば分かる。」

 そう言って日浦は、資料室の鍵を小野井に渡した。

「じゃあ、報告書楽しみにしてるな。」

 小野井は、翌日からあの花の正体について、リサーチを開始した。資料室は案外広いものだった。さすがに帝国海軍時代から運用されてきた基地だけの事はある。小野井は、その広い資料室にある大量の資料の中から、手当り次第に目ぼしい資料を集めて、机の上でにらめっこを始めた。その右手の近くには、ノートとボールペンを用意し、ひたすら関連情報のピックアップ作業を行った。これは全く関係ない。そんな文献でも目を通した。小野井は、忙しい業務の中継続していく。以前から気になってはいたが、調べ始めると、どんどんのめり込んで行った。集中力と気合いは半端なものではない。小野井は気がつかないが、この花の正体を知る事は、鹿屋という土地柄と、歩んできた道のりを知るという事に繋がって行く。

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