第16話 たとえ、無くなったとしても

 修羅場……それは健全な男子であれば必ず憧れるであろう神シチュエーションである。(個人の見解です)


 アニメや漫画などの様々な物語の中で、ヒロインたちに奪い合われる主人公に対し、憧れを感じない者がいるだろうか。


 もちろん、俺、朝倉馨もその一人……だった。


「馨くん、この女の子は誰なの……? 馨くんが浮気なんてするわけ……ないよね?」

「やっぱり私なんて遊びだったのか? 肌と肌を合わせた仲だというのに……」


 はい。何故か現在進行形で修羅場ってます、俺。


 この状況を説明するには少し時間を戻さないといけませんね。はぁ……



 * * *



「む、六実……?」


 俺は声の方向に油を差してない機械さながら振り返った。


「これはどういうこと? 馨くん?」


 六実は俺を指差しながら不安そうに言う。


 俺はある女の子の手を引いて、今までヤンキーとの壮絶な鬼ごっこを繰り広げていた。それがひと段落ついたとき、俺の彼女、六実小春に見つかってしまった、というのが今の状況だ。


 この状況はちょっとやばいな……俺は内心に独りごちた。


 俺に浮気疑惑なんてかけられたら一貫の終わりだ。ここは無用な疑いをかけられないためにも毅然とした態度でなんでもないということを伝えなければ……


「べ、べちゅに、にゃんでもにゃいけど……」


 ……噛んだ。超噛んだ。


 なんとなく噛むってことはわかってたけど「にゃんでもにゃい」ってなんだよ。そんな噛み方できるとかある意味すごいよ。賞賛されてもいいレベル。


「なんでもない……か……」


 六実は視線を斜め下に落としながらそう言った。でも、噛んだところを指摘しないところとか六実さん素敵です。


「あぁ。私とこの少年の間にはいっさいがっさい何もないぞ。私がごろつきに絡まれていたのを助けてもらっただけだ。それ以外には何もなかったし未来永劫何も起こさないから安心してくれ」

「あの......何気なく俺に興味なんて一切ないって言ってませんか?」

「そうか? それはお前の被害妄想だろう」


 そうですよね。被害妄想ですよね。他意はないですよね。うん、大丈夫。


「あはは、楽しそうだね馨くん…… それじゃあ、末長くお幸せに……」

「いやいや、待ってくれっ! お茶、お茶していかないか? あの喫茶店で!」


 俺はしょんぼりと肩を落として帰ろうとする六実を引き止めると、美少女二人の手を引いて喫茶店へ入っていった。


 そして飲み物を頼み、色々とあった後、今に至る。


 六実は悲しげに紅茶を、凛は何故か緑茶を啜っている。


「あ、そういえば自己紹介をしていなかったな」


 凛はそう言うと、胸に手を当てて自己紹介をしだした。


「望月 凛だ。よろしく頼む。また、この少年とは長き道を共に駆け抜けた仲だ」

「いや、そこまで長くなかったよね?」

「長き道……馨くん、お幸せに……」

「違うから! ヤンキーから一緒に逃げただけだから!」


 俺は帰ろうとする六実を必死に引き止めながらこれまた必死に弁明した。


 どうやら凛は六実をからかうのが楽しいらしく、意地の悪そうな笑みを端々に見せながら、六実で遊んでいる。


「私は六実小春。この馨くんの彼女……だったつもりだったんだけど……」

「だから何もなかったって……。あ、俺は朝倉馨な」


 俺と六実は一応、凛に自己紹介を返した。しかし、昔の友達に自己紹介するというのは不思議な気分だ。


「六実さんに馨だな。よろしく頼む」

「俺は呼び捨てかよ⁉︎」

「ところで、馨に聞きたいのだが……」


 呼び捨て&スルーという、二段コンボをくらいました。まぁ、昔は呼び捨てだったし別にいいんだけどね。


「ごろつきどもから逃げる時、お前は私を凛と呼んでいたな。もしかして、私たちは過去に一度、会ったことがあるのか?」


 凛は訝しげに俺に訊いてきた。


 あ。あの時か……。俺としたことが、なんというボロを出してしまったのだろう……


「あ、あぁ。あれは……」


 凛の視線が鋭く俺に突き刺さり、それに呼応するかのように俺からは汗が吹き出している。


 ちなみに、六実は悲壮な表情をして何かぶつぶつと唱えている。大丈夫か、この子。


「や、ヤンキーどもが……そうだ! ヤンキーどもが追いかけてきながら叫んでたんだ、お前の名前を」


 俺は必死にあり得そうな冗談を絞り出してみたものの、凛はふーん?みたいな表情で俺を見ている。


 そして、俺たちの会話は沈黙を迎えた。


 聞こえるのは、カチャカチャというカップを置く音や六実の詠唱、それに俺がゴクリと唾を飲み込む音だけだ。


 凛はというもの、実に美味しそうにお茶を啜っている。


 しょうがなく俺もコーヒーのカップに手を伸ばし、指が持ち手に触れた瞬間……


 突然流れ出したスマホの着メロに俺は手を引っ込めた。


「あ、電話だー。ちょっと、外で出てくるねー。」


 俺は、とてつもないほどの棒読みでそう言うと、立ち上って右足と右手を同時に出しながら外へ向かった。



 * * *



「はぁ⁉︎ 50パーセント越え⁉︎」


 俺は思いっきりスマホに向かって叫んだ。


「はい。 小春さんの好感度は52パーセントになってます」

「いや、なんでだよ。明らかに下がってるだろうがこの状況」


 見知らぬ女子の手を引いている彼氏を見て、好感度が上がる彼女がどこにいるというのだ。まぁ実際ここにいるわけですけども。


「そう言われても、実際上がってるわけですし。もしかして小春さんは彼氏寝取られフェチとかですかね」

「寝取られとか言うな! というかそんな性的嗜好があるわけないだろ」


 まったく、女ってのは何考えてるのかわからん……って親父が言ってたけど、今ならその気持ちがわかる気がする。


「ところで馨さん、凛さんのことはもちろん覚えていますよね?」

「……あぁ。忘れるわけないだろ」


 俺の脳裏にあの白い靄が浮かび、肌を粟立たせた。


「なら、凛さんとは親交を持たない方がいいと思います。またあんな思いをしたいんですか?」

「んなわけないだろ。でも……でも俺はあいつと縁を切るなんてことできない」


 ただの幼い我儘かもしれない。突如消えた関係に対する未練かもしれない。凛に対する罪滅ぼしなのかもしれない。


 でも、そうだとしても、再び繋がれたこの関係を簡単に無くしたくない。


「馨? どうかしたのか?」


 あまりに遅い俺を心配してか、凛が喫茶店から出てきた。


「凛……。もし俺たちが過去に会ったことがって、それをお前が忘れてるとしたらどうする?」


 俺は無意識にそんなことを尋ねていた。気持ち悪いと思われるかもしれない。そんな思考もよぎったが、凛ならそんなこと思わないな、と俺は自分の中で決着をつけた。


「私が忘れてたら、か」


 凛は顎に手をあてながら真剣な表情で考える。そして、一つの答えにたどり着いたらしく、彼女はこう言った。


「無くなったものはもう戻ることはない。だが、また始めればいいんじゃないか? また初めて、また作り直せばいい。そんな難しいことじゃないだろう」


 彼女は、淡々とそう言い切り、優しい笑みを浮かべた。

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