第15話 神様もなかなか悪くない
「こっちだ!」
俺はうろたえる黒髪の彼女、おそらく望月凛だと思われる女の子の手を引いて走り出した。
「おい! まてやゴラァ!」
いかにもなヤンキーのセリフを吐きながら追いかけてくるあいつの髪は金髪で、耳には邪魔そうなピアスを得意げにさげている。
狭い路地を抜けると、比較的広めの大通りに出た。しかし、そこには別のヤンキーが待ち伏せしており、こちらへ飛びかかってきた。
「動くなやオラァ!」
そのヤンキーはそう叫びながら俺たちとの距離を詰めてきた。
俺は近くにあった赤いコーンで相手の目をくらませつつ、凛の手を引いて逆方向へ走り出す。
奥にはさっきの一味と仲間と思われるヤンキーっぽいお兄さんがいたのでもう一度別の裏路地へ。
しかし、その裏路地では3人ものヤンキーがキョロキョロしていた。
なんだよこれ。エンカウント率高すぎだろ……。
「後ろにも来ているぞ、どうするんだ……?」
「どうするもなにも……。これじゃ手詰まりじゃねぇか……」
凛が言うように俺たちの前にはヤンキーが3人。後ろにも後を追いかけてきたヤンキーが3人いる。つまり俺たちは袋の鼠ってわけか。
「さぁ、兄ちゃん。その娘を渡してもらおうか」
前にいたヤンキーの一人がニヤニヤしながら言う。お前、きっとB級映画とか好きな性質だろ。そのセリフベタ過ぎだっての。
俺はそんなヤンキーの言葉に応じるわけもなく、無言で凛の前に立った。
「はっ、見上げた根性だ」
だからベタ過ぎだっての。
「じゃあ、あの人にやってもらうか。兄貴! お願いしやす!」
ヤンキーがそう言うと、後ろから一つの人影が出てきた。
そいつは明らかに周りのヤンキーとは雰囲気が違った。服装や髪型はそこまで派手ではないものの、そいつ自体が発するオーラというか何かが、俺の肌を粟立たせた。
そいつは、下を向きながら近づいてきて、咥えていたタバコを棄てると、(そのタバコは他のヤンキーが回収してた。)俺を思いっきり睨んだ。
「おいてめぇ。俺の彼女に色目使うとはいい度胸だな。……って……!」
上から目線で体を少し反り返しながら威勢を張っていたそいつだったが、その様子は俺と目が合った瞬間一変した。
顔はみるみるうちに青ざめていき、表情は滑稽さを感じるほど畏怖に満ち満ちていった。
「このご無礼をどうかお許しください!!!!!」
そのヤンキーは瞬時に土下座の姿勢に入ると、額を地面に擦り付けながらそう叫んだ。
「「は?」」
その場にいる全員がそう声を揃えて言った。
「バカてめぇら! この方がかのシューティングフレアダンサーと呼ばれる方だぞ!」
「「こ、この方がかの、シューティングフレアダンサーなんすか⁉︎」」
いや、なんだよその、シューティングフレアなんとかって。今どきの厨二の方がもうちょっといいネーミングセンス持ってるぞ。
リーダー格のヤンキーの一言で、全てのヤンキーが俺と凛に向かって土下座した。
「え、いや突然どうしたの?」
俺がそう問いかけると、ヤンキーは、少し顔を上げながら言った。
「わからないのも無理はありません」
ヤンキーはそれを皮切りに何やら語り出した。
「私は先日のゲームセンターでの激戦、あの取り巻きに居た者です。いやぁ、あの闘いは凄かった。今でも夢に見るほどです」
ヤンキーは幼子がおとぎ話を語るような、そんな無垢な瞳で語る。
「その戦闘は私たちの中で言わば伝説となりました。そして、あなた様ともう一人のお方は私たちの神となったのです。シューティングフレアダンサーとオールゲームウィナーとして……」
いや、なんだよそれ。
俺は英雄の武勇伝よろしくゲーセンでのいざこざを語る彼を見て、思わず吹き出してしまった。
シューティングフレアダンサーって......
「ですので、私は今天にも昇るような気持ちです。まさか神様に会えるとは!」
そいつがそう言うと、なんだか周りの奴らも「おぉ神よ!」とか言い出した。
こいつら、ヤンキーと思ってたらなんだかやばい宗教の信者だったみたいです。
でも、そうなると俺が神なんだよね?ちょっと憧れるかも……
「……なんてね」
ま、神様なんてろくなもんじゃないだろうけど、折角の機会だしな。
俺は凛の手を引き、道の脇の木箱に乗った。
「我はシューティングフレアダンサーである。その者たち、ひれ伏すが良い!」
「「ははぁ〜〜」」
俺がダメ元でそう言うと、ヤンキーは完璧に揃った動きで俺にひれ伏した。
水戸黄門ってこんな気分だったんだろうな……
「凛、行くよ!」
俺は再び凛の手を引いて路地裏を走り出す。
いつかと同じように、後ろからヤンキーの叫び声が聞こえたが、構いはしないで走り続ける。
少し体勢を崩しながらもしっかりとついてきている凛の姿を確認すると、俺は前を向いた。
よく考えたらこれってあんまりよろしくないんじゃないか……?
そんな考えがふと頭に浮かんだ。
俺は状況に流された結果とはいえ、六実小春という彼女がいる。それなのに俺は、別の女の子の手を引いて走っている。
走っていることで出るものとは違う、冷たい汗が背中を伝っていったのを俺が感じたとき、その声が響いた。
「馨くん! ストップッ!!!!!」
その声の主は考えるまでもなかった。あぁ、よくあるラブコメ展開なのにどうして心はこんなに沈んでいるんだろう。
世の中の全てのラブコメ主人公に尊敬の念を送りつつ、俺は足を止めた。
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