第8話 青春の疾走感ってやつ
「まずはこれだ」
件のヤンキーが、1つのゲームを叩きながら言う。
俺はなんか流れ的にこのヤンキーさんたちとゲーム対決をすることになったのだが……
ヤンキーが指したゲームは一対一の格闘ゲームだった。3試合して、2試合勝てば勝利となるよくある格ゲーである。
だがここで2つ問題が。
まず1つ目が、相手は相当な手練れだということだ。それは相手が隠しキャラを使っていることから容易に想像できる。
もう1つは……
俺が格ゲーで勝ったことは一度もないということだ。
そこらへんの野良プレイヤーに負けるのならまだわかる。だが、今年75になるばあちゃんにこの前負けた。俺どんだけ下手いんだよ……
そんな俺の葛藤など関係なくゲームはスタートした。俺のキャラは着物を着た日本の美少女だ。
選考理由:可愛いから。
レディーファイト!という、これまたありがちな掛け声でバトルが始まった。
……が、すぐ終わった。
開始してすぐ、相手に捕まれ、投げられ、踏みつけられた俺のキャラは開始5秒も経たずに敗北した。
えー、これ無理ゲーだわ……
俺が嘆いているうちにも、ラウンドツー、的な掛け声はかかり、相手がつかみ掛かってくる。
くそ、こんなところで負けてたまるか。俺の全財産と、彼女に対する威厳を簡単に失うほど俺はひ弱じゃねぇ!
俺は敵の動きをしっかりと見て、コントローラーに手を伸ばした。
「どいて!」
しかし、サイドテールを揺らす少女によって、俺の手がコントローラーに触れるのは遮られた。
その少女、六実小春は俺を払いのけると、コントローラーを握り、敵の攻撃を躱す。
その後、しなやかな動きで敵との間を詰めたキャラは、美しさまでも感じさせるような動きで敵キャラを攻撃した。
開始12秒後、敵のキャラは床に横たわっていた。
「お前、なにもんだよ……?」
ヤンキーは少し畏怖までも感じさせる声でそう言った。
そして、彼女はこう答えるのだ。
「この人の彼女です」
* * *
その後は圧倒的だった。
格ゲーの三回戦を余裕で勝ったあと、ヤンキーはありとあらゆるゲームで勝負を挑んできた。
だが、コインゲームでもスロットでもUFOキャッチャーでも、ヤンキーが六実に勝てることはなかった。
ただ1つを除いて。
その1つというのが、今まさに繰り広げられているシューティングゲームだ。
これはゾンビを倒して得点を競うゲームで、難易度の高さから、かなり有名なゲームだと言ってもいい。
また、銃を模したコントローラーを使う上に、大きなディスプレイでプレイすることから、結構な臨場感も味わえる。
そのゲームで現在六実は負けている。六実も低い得点ではないのだが、相手はありえないほどの速さでゾンビを撃ち抜き、得点を重ねている。
必死に銃型のコントローラーを画面へ向ける六実の頑張りも虚しく、着々と点は離れていく。
「これは、俺が出るしかなさそうだな」
困った時の、フラグ頼みと言うように、(言いません)俺は自分に優位になりそうなフラグを立てた。え? これ負けフラグだっけ?
「変わってみ」
「でも! 絶対私の方が……」
六実が不安げに言うのを聞き流し、俺はニコッと微笑んだ。
「安心して。ちゃんと勝つから」
俺は六実と代わると、まず銃の設定を変更した。
フルオートになっているサブマシンガンをシングルショットに切り替える。簡単にいうと、連射モードから単射モードに変えたというところか。
俺は一呼吸おいたあと、画面に向き直った。
「さっさとこいよ、腐肉ども」
俺の言葉に呼応するように、画面にたくさんのゾンビが現れる。
ゾンビの額を画面の中心に合わせ、引き金を引く。
ぐわぁ、みたいなおぞましい声をこぼしながらゾンビどもは倒れていく。
シングルショットに変えたことで、連射速度は落ちたが、そんなこと関係ない。
このサブマシンガンで、ゾンビの弱点である額を確実に打ち抜けば一発で奴らは倒れる。
自分で言うのもなんだが、相当鮮やかな戦いだとと思う。俺はまさに舞う蝶の如く鉛玉をゾンビに撃ち込んでいく。
ふらふらと近づいてくるこいつらの行動パターンは大体読める。
だから、ゾンビとの相対距離と弾の速度を考えれば、額に当てることなど造作もない。
離れていた点もどんどんと縮まる。
「馬鹿なっ! そんなの当てれるわけねぇ!」
地団駄なんか踏みながら、自ら負けフラグを立てた彼と俺の点数差は逆転し、ゲームは終了した。
「ふぅ〜勝った勝った〜」
俺は一仕事終えた満足感を全身で味わうべく、大きく背伸びした。
「馨くん! 凄いよ今の! 本当に!」
「お、おう……」
六実が大層興奮した様子で近づいてくる。その姿がかわいすぎて俺は気持ち悪い返事しかできなかった。
「あ……あ……」
そんな声が聞こえたのでその方向を見ると、例のヤンキーが俯き、肩を震わせていた。
六実はその姿に恐怖を覚えたようで、俺の裾をキュッと握っている。萌える。
そして、そのヤンキーは一つ息を吐いた。
やばい……殺られる……!
俺がそう知覚した瞬間、ヤンキーはこう言い放った。
「あなたなんですか今の! いや、神業というより鬼業でしょ!」
「……はい?」
それを皮切りに、周りのヤンキーたちも俺に「やべぇ!」とか、「ありえねぇ!」とか言いながら寄ってきた。
そして、リーダー格がそれを鎮めると、ヤンキーは一列に整列し、アイコンタクトをとると……
「「弟子にしてください!」」
と、完璧なまでに揃った声で言った。
……あの〜、俺はどうすればいいんでしょうか?
俺が人生の中でトップ3に入るくらいの謎シチュエーションに対して悩んでいると、ヤンキーは続けた。
「俺たち、あなたみたいなプレイヤーの下で、腕を磨きたいんです!どうか……」
「「お願いします!!」」
はぁ、ここまで言われるとこうするしかないよね……
俺は自身の頭の中で決着をつけると、俺の裾を握っている六実の手を掴んだ。
「逃げるぞ! 六実!!」
「えぇ!?」
俺は瞬時に踵を返すと、ゲーセンの外、このショッピングモールの外を目指して走り出した。
後ろからヤンキーたちの絶叫が聞こえるが、構いはしないで走り続ける。
何?青春の疾走感ってやつ?
俺は久々に味わったこの感覚に思わず高揚してしまう。
六実も、それを感じ取ったのか、俺に微笑みながらこう言った。
「なんだか、楽しいね」
とても、短くて、幼稚園児でも言えそうな台詞だが、俺の胸にその言葉は深く響いた。
俺が長く忘れていたこの感覚。
掴んだ手のひらから流れ込んでくるこの熱。
この、人とふれあい、時間を共有するということの素晴らしさ。
「久しぶり、だな」
俺はそう呟き、悲しくなるのを感じた。
いつも、この先に待つのは虚空なのだ。だから踏み込んではいけないし、踏み込ませてもいけない。
でも、そうだとしても、俺はこいつと一緒にいたい。
後ろを見ると、全力で走る六実が俺に微笑みかけてくれた。
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